第12話・ヘタロウの謎
壁を凍らせているせいで、セメルの吐き出す息が白い。手をつけていない食事もキンキンに凍っている。
セメルは表情のない顔で壁を見つめていた。壁には、ナオトとヒロトの名前がぎっしりと彫られている。右手をよく見ると石が握られている。あれで彫ったんだろう。
姿を消したまま、セメルに声をかけた。
「重度と接触した。お前の息子、ナオトを殺す気でいたようだから、止めておいたぞ」
無感情の顔に色が蘇る。ふらつく足つきで扉の前までくると、腰を落として外を確認する。セメルには見えていないが、僕とセメルの瞳は至近距離だ。
「誰だ……?」
「どうでもいい。時間がないから早めに答えてくれ。カンム皇帝を知っているな?」
「知らないな……」
「嘘をつくな。ヘタロウも知っているはずだ。しかし、今の彼は答えられる状況にない」
「――っ、出したのか!?」
「ああ。孫を守ってくれと頼まれた。僕もそうしたい」
「馬鹿なことをっ……。息子を守るために王家と取引をしたのに、どうして出したんだ!!」
「その息子たちは、お前が黙秘しているせいで危険な目に遭っている。特にナオトは何度も殺されかけた」
「威支がいるはずだ」
「お前が逮捕された時点で、彼らは契約を破棄した。だから止めたんだ。だが、本当の敵は威支ではない。もっと最悪な者がグリードを従えて息子の命を狙っている。頼む、答えてくれ。なぜお前はヘタロウを王家に引き渡したんだ? そして、カンム皇帝とは何者だ」
セメルが目を伏せた。すると、あろうことか、内側から扉を開けたではないか。
「タモン様からは話す気になったら出てこいと言われている。気にしないでくれ」
長い話になる――。そう言って、中へ招き入れる。戸惑ったけど、ここに居ても精鋭部隊が来るだけだ。渋々足を踏み入れた。
「先に言っておく。親父を出したのは間違いだ」
僕たちがどこにいるのかわからないので、セメルは元居た場所に腰を下ろしてそう告げた。
「俺が幼い頃、あの人はただの農民だった。闇影隊に入隊したのは、お袋が亡くなってからだ。あの時の親父は見たことがないくらいに怯えていた。奴に気づかれたと、意味の分からない言葉を呟くほどにだ。それから親父は狂ったみたいに任務へ出るようになった。バカみたいな力を身につけてな」
その力はセメルにも遺伝している。ヘタロウのおかげで褒めちぎられたセメルの生活は明るくなり、有頂天となった挙げ句、訓練校へ入学した。そして、最速で卒業を果たすこととなる。11歳で卒業したとのことは噂で耳にしているが、驚愕したのは通った年数だ。セメルはたった1年しか通学していない。
「卒業して、親父は俺にある事を教えてくれた。昔話のような内容だった。走流野家は王家の血筋だとか、弟の嫁に裏切られたとか、薄紫色の瞳を持つ者は必ず命を狙われるとか……。あまり話しを聞いていなかったからよく覚えていないけど、とにかくそんな話しをするようになった。ただ、これだけは覚えていた。耳にたこができるくらいに聞かされた、名前……」
立ち上がり、乱雑に彫られた名前を手で撫でる。
「ナオト……。その子が王家の未来を担う唯一の希望だったと、親父はそう言っていた。だからかな、いるはずのない赤子が生まれたとき、神秘的ともいえる現象に俺は無意識にナオトという名前を与えた。だが、状況は一変する……」
ヒロトが1歳で誘拐された時、セメルは父親の話しが昔話ではないと思い知ることとなる。命を狙われるとはどういう意味なのか、トウヤから奪い返した後に喧嘩になった内容はこれだった。なぜなら、まだ言葉を話せないはずのヒロトが、「今度こそナオトを守らなきゃいけない。それは、誰にも務まらない俺の義務だ」と発言したからだ。
セメルは息子に恐れを抱いた。ナオトという名前が赤子の口からも出てきたせいだ。ナオトとはいったい誰なのか、希望とはなんなのか、ヘタロウを問いただした。しかし――。
「思い出せない。カンム皇帝のことも、全部聞いたはずなのに、思い出せないんだ……」
「大丈夫だ、原因はわかっている。タモンが手を打ってくれたからそのうち回復するだろう。話しをまとめると、ヘタロウが何かを話したことが原因で、王家に引き渡すしか方法がないと判断したわけだな?」
「そうだ。息子を守るにはこれしかなかった。親父を家族から引き離す以外に解決策が思い浮かばなかった」
「じゃあ、母親はなぜ北闇を出たんだ?」
壁を撫でていた手を下ろす。
「すまない。それは家族の問題だ。一つだけ言えるとするなら、母親についてはナオトを守るためだ。あの子を傷つけないために、彼女は北闇を出た」
「そうか……」
家族の問題と言われてはこれ以上深入りはできない。ここは素直に諦める。
「ともかく、内容を思い出せないにしても、親父を王家に引き渡したのは作り話ではなかったからだ。〝彼女〟が現れるまでは、心の何処かでまだ否定している自分がいたし、親父を突き放すこともなかったが、現実なんだと思い知らされた……」
「彼女とは誰だ?」
巡回の足音が近づいてきたので、セメルは一度口を閉じた。精鋭部隊が通路を出て行く前に僕たちも脱出しなければいけない。もう時間がない。
小窓が開き、中を確かめると、もと来た道を戻っていく。足音が遠ざかってセメルは答えた。
「耳にたこができるくらいに聞かされた名前があると言っただろう? もう1人、親父は繰り返し口にしする子がいた。ナオトの友達、ユズキ。彼女だよ。同名であれば良かったものの、容姿に一寸の狂いもない。親父は〝神の子〟だと話していた。彼女が戻ってきたとき、世界は崩壊すると……」
喉が渇いていくのと同時に、室内の温度以下に体温が冷え切っていくのを感じる。
「親父が告げた名前同士が親しくなり、友達になるだなんて……。運命とは残酷でしかない」
「……ありがとう。タモンへ報告して指示を仰ぐ。思い出したら話してもらえないか?」
「親父を出してしまったなら、そうするしかないだろう。親父の居場所を知っているなら必ず伝えてくれ。俺の息子は絶対に渡さない……と」
「約束する」
こうして、僕とネネは急いで精鋭部隊の後を追いかけた。何往復かするみたいで、しばらく出入り口の前で待機し、地下を出て行くのと同時に休憩所へと戻った。そうして、甘味屋の外に出てから言霊を解く。
「あなた、何者なの?」
手伝ってくれたのに、僕はネネに何も答えてやる事が出来なかった。
なぜヘタロウが僕とラヅキの関係性を知っているのだろうか。




