第10話・涙の理由
何はともあれ、ハルイチとネネのおかげで行き詰まっていた調査が展開した。
深く頭を下げる。
「本当にありがとう。これで、ナオト達を守る手段をもっと発見できそうだ」
「ここまでして、なぜナオト君を守ろうとするんだい?」
頭を上げ、真っ直ぐハルイチの瞳に答える。
「別にナオトだけを守っている訳ではないが……。友達だからだ。あいつの過去など僕には関係ないし、一緒にいることで敵が増えようとも構わない。それくらい大切なんだ。失いたくない」
「こっちが赤面しそうな告白だね。好きなのかい?」
「ああ、勿論だ。友達だけど、それ以上に感じる。ただ、お前が想像しているような恋心なんてものではないだろう。上手く説明できないけど……」
「ふむ……。まあ、いいでしょう。気持ちは十分に伝わりました」
「僕からも聞きたいことがある。威支のメンバーである僕に、どうしてこの書類を見せたんだ」
ハルイチは、ヘタロウの骨張った肩に自身の手を置いた。乾きかけていた瞳がまた潤う。
「王家に見捨てられた人はごまんといる。ざっくりと言うならば、混血者がそうでしょう。昔に比べれば今はまともな時代なのかもしれないが、それでも心の何処かで憎しみの炎に薪をくべてきた」
両膝をついてヘタロウの手を握る。
「人間が憎い、人間のために仲間の命を差し出したくはない。人間を滅ぼしたい。俺たちは我慢の連続だった。きっと、重度と同じ気持ちでいたのかもしれない。しかし、混血者にも個々に安定剤なるものがある。暴走しなかったのは、安定剤のおかげ……。その安定剤の中に共通するものがあるとしたら、それは紛れもなく走流野家だ」
ハルイチも思うところがあったのだろう。彼の涙の意味を語ってくれた。
「父上の代から、混血者に向けられていた人間の視線が、徐々にその方向を変えていった。走流野ヘタロウ。この人が闇影隊に入隊し活躍したからだ。人々は揃って走流野家の噂に夢中になり、俺の代になってもそれは変わらなかった。気がつけば、俺たちも彼らの噂ばかりしていた」
人間なのに、混血者と同等の力を得た者がいる。混血者を襲ったのではないか。オウガの息子であるタモンが、王家と同じように極秘に実験をしていたのではないか。出来損ないだ。混血者よりは劣る。
「実に勝手な物言いだと思わないかい?」
「最悪だ」
「そうだね。俺たちは、この姿ではちょっとだけ人より強いってだけだ。もしかすると、人間と同じ姿のままでいられて、なおかつ混血者と同等の力を秘める彼らに嫉妬していたのかもしれない。けれど、俺はその嫉妬心に気づくことが出来た。憎き王家のおかげでね」
東昇の猪狩りが行われたあと、オウガは東昇よりも先に北闇を訪問している。タモンへ警告するためだ。その場面に僕とナオトも居合わせたわけだが、この事はオウガ本人の口から、遅れた理由の一つとして報告を受けたらしい。
「王家が人間のためにより良い世界を築こうとしているのは、父上の死で身をもって理解している。だから、あの日の言葉は、二股の道で立ち止まっていた俺の背を押してくれるものとなった」
ハルイチは、自身が討伐した猪が重度ではないと疑っていた。対象はまだ森の中に潜んでいるのではないか――。もう一度調査に向かうとして、誰を連れて行けばいいのか頭を悩ませたらしい。
というのは、討伐した森の主だけで甚大なる被害を出したからだ。軍隊で調査に向かったとして、もし対象が現れたら? 被害は更に深刻なものとなる。
「オウガ様の意見を仰いだ。念のために調査へ出るとして、闇影隊を連れて行ってもいいのか……。オウガ様は、我が国の闇影隊は追いていけと言った。そして、出した答えは、走流野家の誰かを連れて行け、だった。この時、確信した」
オウガは平気で走流野家を地獄へ送り出す。誰よりも貢献した彼らの命を重宝する気は微塵もない。
「嫉妬など抱いていないければ、使ってやろうとは思わない。不覚にも俺はオウガ様の提案に頷くところだった。それは、同時に俺たちの命についてどう考えているんだろう? と疑問を抱かせた。まあ、聞くまでもない。答えは知っている」
ハルイチは、この事を警告するために3年前の上級試験に参加した。グリードの出現により現場は混乱と化してしまったため、実際に伝えることが出来たのはコウマを捕獲してからだ。
「試験に参加してよかった。おかげでナオトという人物がどういった者なのかを知る事ができたからね。君は知っているかい? 上級試験の時、彼が混血者になんて言ったか」
「いや……」
「誰かが動かない限り、人と混血者の溝は埋まらない。そう言ったんだ。俺は彼の意見に感動したけど、否定もした。そんな易々と混血者の気持ちは変わらない。そう思ってね。だけど……」
折れてしまはないように、加減を考えながら、今よりも少しだけ強くヘタロウの手を握りしめる。
「誰よりも早く変わるべきは、人間ではない。俺たちの方だった。父上がそうしたように俺もそうするべきだった。結局、混血者は、走流野家に救われながら彼らを追い込んだだけだ。こんな姿になっても……、世界を、家族を守ろうとした老人をっ……、誰1人として救えなかったっ……。噂までして、彼らの存在を認知していたのにだ!!」
涙の他に、噛み締めた唇から血が滴り落ちる。ぽた、ぽた、と地べたへ散っていく。
「君が俺を一喝し、ヘタロウさんに会わせてくれたおかげで、いかに自分が抱えてきた物がちっぽけだったかを思い知った。一度は自分が進むべき方向を見出したのに、立ち止まったままだった」
涙を拭って僕に向く。
「俺は、ナオト君を皇帝にする気でいる。そのためなら誰だって敵に回すし、何だって利用する。後者で君と意見が合致した。だから書類を見せた」
「僕はそこまで考えていなかったんだが……」
「一方的な片思いだよ。とまあ、ここからは俺の考察になる。オウスイとトアの派閥があったように、大昔の王家内にも似たようなものがあったのかもしれない」
「オウガの先祖と、カンム皇帝との間でだな?」
「そうだ。薄紫色の瞳を持っていたのがカンム皇帝なら、オウガが走流野家を見捨てたのに納得がいくと思わないかい?」
「なるほど……、そういうことか」
消えろ――。これが王家が出した答え。立ち向かったのは、たった1人の老人。ヘタロウがどこでカンム皇帝の情報を得たのか気になるところではある。もし知っているとすれば――。
(セメルと母親だろうな……)
ヒロトが1歳の時、2人は何かが原因で大喧嘩になったと聞いている。そして、母親はヘタロウ側につき行方不明となった。つまりは、王家に立ち向かう覚悟を決めたわけだ。
「すぐ北闇へ行こう。お前はこの事をタモンに報告してくれ」
「君はどうするんだい?」
「ネネを借りたい。会いたい人がいる」
牢獄に暮らすセメルを問い詰めるしかないだろう。




