第9話・ゼロ
先に隠れ家へ戻り、事情を説明してメンバーには外へ出てもらった。タモンが、誰に、どこまで話しているのかまだ確認を取っていないからだ。それに、もしハルイチが何も知らされていないとなると、僕はまだテロ組織の一員のままだ。
物音一つしなくなった洞窟内。今まで無視されていた、風の通る音や昆虫の会話が耳を撫でる。
「ここかい?」
「ああ、案内する」
蝋燭が灯る室内は、どこか神聖な雰囲気が漂っている。その中心にある台の上で横たわるヘタロウは、つい最近発見されたミイラそのものだ。
弱々しい呼吸音と、骨と皮の肉体にハルイチの目が釘付けとなる。心臓が鼓動する様が見留められるその姿は異様で、ハルイチは今、生きていることの奇妙さに直面していることだろう。
「僕たちが保護して正解だったと思わないか?」
「…………」
ハルイチの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
「私の孫を守ってくれと、ヘタロウに頼まれたんだ。あの時はまだ、ナオトとヒロトを狙う者の正体がはっきりとしていなかったから、何から守ればいいのかと悩みっぱなしの毎日だった」
「それで威支のメンバーに?」
ネネの質問に頷いて返す。
「僕とナオトは、闇影隊に入隊した直後に重度の1人に目をつけられた。それからすぐに起きた事件は大猿との一戦だ。僕は迷わず重度に狙いを定めたわけだが、そこから先は入り組んだ迷路で方向を見失ったみたいに答えがわからなくなった」
「それがどうしてヘタロウさんに繋がったんですの?」
「そもそも、重度が走流野家を狙っていたのは、彼らが皆ある記憶に苦しめられていたからだ。彼らの記憶には共通点がある。どの年代にも必ず現れる男がいるんだ。そいつがナオトにそっくりらしい。次第に恐れるようになっていった結果があれだ。なにはともあれ、走流野家の一代目であるヘタロウに聞けば原因がわかるかもしれない、そう説得して救出を手助けしてくれたはいい。しかし……」
視線をヘタロウに戻す。
ここまでして、王家は何かを隠そうとしている。治癒能力が追いつかないよう、徹底的に痛めつけたのだ。何もしない――、実にシンプルだが、残酷なやり方だ。
「かろうじて生きている。そんな状態だ」
きっと、僕の声に反応してくれた時に力を使い切ってしまったのだろう。己の命に代えてでも守りたい孫。必ず、ナオトとヒロトには何かあるはずだ。
だけど、こんな姿では会わせてあげることが出来ない。
理解したようで、ようやくハルイチが口を開く。その間も涙は止めどなく流れていて、それでもハルイチは瞬き一つせず、ヘタロウの姿を目に焼き付けている。
「重度が西猛を襲った理由はなんだい?」
「ナオトを浚う手助けをしてくれた、その礼だ。そいつの名はテンリ。こいつこそが、走流野家を狙う真犯人だ」
「なぜ王家の名前が挙がったのか、その訳は?」
「単純な答えだ。ナオトの父親、セメルがヘタロウを王家に引き渡したからだ。情報が欲しかったのか、それとも別に理由があったのか。なんにせよ、こんな状態に追い込むくらいに痛めつけたかったのは確かだろう」
「十分だ……」
ふう――、と息を吐き出して、茶封筒を取り出した。中から書類を取りだして一枚を僕に見せる。ネネが言うには、これは前蒼帝とカネツグが残していった物らしい。
「父上の調べでは、王家はこの世の始まりとされる時代から歴史を隠蔽している。徹底された情報操作のせいで、もはや答えを見つけ出すのは不可能に近い。そんななかで、2人が目をつけたのは昔話だった」
「オウスイとトアか」
「その通り。この話を伝承していったのは王家であることが判明した。唯一の希望だ。父上は世界中を走り回って、各家庭に残る絵本や書物を回収した。その紙は、年代別に伝えられていた昔話の内容が書かれている」
読め、ということだろう。ハルイチが口を閉じたので、書類に目を通してみた。読み終える度に新たな書類を一枚手渡される。少しずつ変わっていく内容に、体内をぞわぞわとした物が蠢いた。
読み終えると、ハルイチは言葉を紡いだ。
「変だろう? 最初の内容は俺たちが知っている昔話だ。それがある事をきっかけに、一部分ずつ〝改正〟されていく。そうして、あたかも昔話のように見せかけた」
そのきっかけとは、王位継承だ。そして、ハルイチが改正という言葉を使ったのは、これがただの昔話ではなかったからだ。
「もともとは法律だったのか……」
「ご名答。堅苦しい言葉を除けば、人間と妖は協力し合い、獣を罰せなければならない。鬼は関与してはいけない……。けれど、これはまだ全てではない。父上は、最も重要である正式な法律が記された文書は王家に隠されていると確信を得た。何度か潜入したみたいだけど、見つからずに終わっている」
そして、最後の一枚を僕に渡す。
「これは?」
「南光の脱走兵が残した置き土産、というところかな。……ナオトが殺した海賊、彼のおかげで、1はまだ見つからずとも、0を発見出来た」
どういう意味だろうか。書類に目を落としながらその理由を探る。
「……………………――っ!?」
「君の気持ちはよーくわかる。俺も初めは言葉を失った」
「ちょっと待ってくれ。一代目はヘタロウのはずだ」
「ここにはそう書かれていない。薄紫色の瞳を持つ人間、その一代目はカンム。……カンム皇帝だ」
「つまり、走流野家は……」
「王家の血筋……ということになる」
ぼやーっと、目の前の景色が歪んでいく。蝋燭がぐにゃぐにゃと捻れて、上と下はひっくり返りそうになっている。それくらい、僕は混乱している。
混乱の中で、オウガが時間をかけて作戦を実行した理由を一つだけ発見してしまった。
(奴は……兎愛隊の存在に気づいている……)
僕はタモンからこの件について一言も聞かされていないし、こんなにも重要なことを黙っているとは思えない。オウガは知っててなお放っておいたのだ。
だってそうだろう? 地震のせいでカネツグは死に、ジコクは行方知れずとなった。多分、死んだ事にされているんだろうけど、ジコクは行方を眩ませて正解だったわけだ。それでいて、カネツグを見殺しにしたのは――。
「昔話について調査していると、王家は把握していたんだな」
「出るべきところで出ないとは、恐ろしい戦法。敵は相当賢い」
だけど、それでも。
(あいつだけは、奪われたくなかったようだな)
洞窟の奥で眠る、いうならば重度の変異体。精鋭部隊が追ってきたところから察するに、桜色の髪の毛をしたあいつは貴重な存在のようだ。




