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第8話・ハルイチの闇

 まさか、早々にこの日が訪れようとは――。


 長い髪を頭頂で一つに束ねた、着物を着こなす青年。彼は、ヘタロウ奪還作戦の時に鉢合わせた東昇の闇影隊、そして東昇の当主である。


 五桐ハルイチ。彼から惜しみなく伝わってくる、僕への嫌悪感。友人との約束を阻止された挙げ句、仲間を1人殺されているのだ。当然の態度だろう。


 そんなハルイチと偶然会ったのは、向かう先が同じだったからだ。僕も彼もタモンに用がある。


 大きな茶封筒の端を着物の隙間から覗かせて、ハルイチは上目遣いに僕を睨みつけていた。その隣でネネが必死になだめているが、効果はないようだ。




「こんなにも機嫌の悪い日に限って、会いたくない者に会ってしまうとはね。なぜナオトがいまだに友達でいるのか、俺には少しも理解できない」

「どのみち、僕はお前に会いに行く予定だった。早まってしまったがな」




 ネネは兎愛隊のメンバーだ。僕とタモンが繋がっていることは知っているだろう。以前のように臨戦態勢をとらず、どうにかして切り抜けようとしているのが見て取れる。


 ハルイチは封筒をネネに渡し、扇子を帯の間に挟んだ。――やはり、こうなるか。彼の怒りは凄まじい。


 目でネネに合図を送る。同時に、ハルイチがネネに下がるよう言った。




「俺はね、任務で失敗したことは一度たりともないんだよ。たーだーし、あの日を除いてだけどね。俺にとって、ヘタロウさんの奪還任務は、これまでのどの任務よりも重大なものだった。この俺が、初めて自分の意思で動いたんだ。わかるかい?」

「言わんとしていることは十分に伝わっている」

「俺は言ったはずだ」




 着物から上半身だけを脱いで見せる。鎖帷子がジャラっと音を立てたのは、彼が構えを取ったからだ。




「奪い返す……」




 両手を上げたかと思いきや、勢いよく振り下ろした。直後、肩から先に細かい鱗が走って、鎖帷子よりも頑丈そうな鱗を形成した。10本の指は細い蛇に変貌し、そして――。




「蛇華・蛇葬縛(じゃそうばく)




 10体の蛇を自由自在に操る。口を広げながら僕に向かって伸びてくる。一歩、二歩と後ろへ飛躍しながら限界を測っていると、僕の思惑に気づいたハルイチが動き出した。




「頭は悪くないようだ」




 蛇の顔が近づいてくる。頭が同じ高さに揃ったところで、僕は右腕を一文字に振った。首根っこを捕まえて地面に伏せ、足で頭を踏みつける。




「残念。見逃している」




 そんなはずはない――。瞬時に頭数を数える。10体いるではないか。




「本体が俺だということを忘れちゃいけない。この場合、10体ではなく、11体と数えるべきだった」

「――っ!?」

「蛇華・千蛇山乱(せんじゃさんらん)




 ハルイチが目の前に差し迫った瞬間、産卵するかのように、両腕の皮膚から蛇が生まれたではないか。細かい鱗にも能力が備わっているらしい。




「おっと、11体どころではなくなってしまったね」




――楽しんでいる。


 幽霊島へ行った際に、後ろの方で話す海賊たちの会話が教えてくれた。東昇を支え続けてきた旧家・五桐家。カネツグという男性のことを気に掛けていたのを覚えている。


 混血者なのに、人間にもとても良くしてくれる人だと話していた。彼が力になってくれないだろうか、と頼られるほどに素晴らしい人なのだろう。


 その時、波の音にかき消されるくらい小さな声でシュエンはぽつりと漏らした。本当に何も知らないんだな、と。きっと、カネツグは――。


 ハルイチの性格はタモンから聞かされている。自分勝手で、常に一番じゃないと気が済まなくて、プライドが高く、他人の気持ちを考えない奴だと話していた。この場合、他人とは人間に限定されている。無能だと罵るくらいに嫌いなんだそうだ。




「やる気がないのかい? 避けるばっかりだ」

「戦う理由がない」




 ハルイチの眉がぴくりと動く。




「だけど、お前のプライドくらいは折ってやろう。話しはそれからだ」

「何を言って……」




 狼尖刀を発動させると、蛇を残してハルイチが後退した。


 頭の回転が速く、判断力もある。とっておきだと言いながらも、まだ隠し技を持っているに違いない。闇影隊としては優秀な兵士だ。相手が僕じゃなければ、の話しだが。




「僕にもお前のような言霊があれば、少しは格好良く決められたのかもしれんが……。どうも荒くなる。すまない」




 狼尖刀の背に手の平をかざし、先端に向かって撫でるように滑らせる。すると、紫炎が点火した。


 ハルイチを守ろうと大量の蛇が壁を成す。丁度いい、集まってくれた。


 ×印を描くように切りつけ、最後に横一直線に引き裂く。瞬く間に紫炎が燃え広がり、ぼろぼろと落ちて地べたをのたうち回る蛇の群れ。次第に黒い塵と化し、絶命すると紫炎は勝手に消えた。




「お前は当主にむいていない。国帝が闇影隊の任務を振り分けている以上、当主は、国民の精神的避難所でなければいけないからだ。確かに両立は難しいだろう。しかし、その道を選んだのなら、覚悟するべきだった。人間が無能だから、だと? 違うだろう。無能なのはお前の方だ」

「――っ、貴様っ……」




 半妖化を解いたのを見て、僕も狼尖刀を解いた。




「噂には聞いている。お前の父親は混血者からも国民からも信頼を寄せられる人物だった、と。だが、お前はどうだ?」

「黙れ!! 奴らは地震で瀕死の重傷を負った父上の体を跨いで逃げた!! 何が信頼だ……。都合良く頼っていただけじゃないか!! 奴らが最後にすがったのは、俺たちではなく王家だ。王家が見捨てると判断した者の命は、簡単にない物にされた!! そんな奴らの命まで俺に背負えと言うのか!?」

「当たり前だ。それが闇影隊だろう」

「そんな理屈が通ってたまるかっ……」

「混血者の大半がお前の意見に賛成するだろう。だが、父親にも同じ葛藤があったと考えたことはないのか? 父親が選択した道はどうだった。両方を救おうと戦場を駆け抜けた、立派な兵士じゃないか」




 それでいて、立派な父親だ。大海原に見捨てられた海賊が、唯一名前を挙げたのが五桐カネツグ。彼は五桐家の名誉を守り、国民を守り、仲間を守り抜いてきた。




「お前が五桐ハルイチでいられるのは、それくらい父親が素晴らしい混血者だったからだろう。そうでなければ、国民が当主に選んだのは人間のはずだ。……お前は父親の気持ちを裏切ったんだ」




 そこまで父親を思うのなら、もう少し視点を変えて見るべきだった。恨みに飲み込まれては心を破壊されていくだけだし、何よりも精神の崩壊は混血者にとって致命傷となる。




「話しは変わるが、そんなお前でも僕はナオトの友達になってくれて本当に嬉しいんだ。あいつはどこか冷めている奴だけど、お前のように明確な判断を下せない時がある。初対面の相手に対しては特にそう言えるだろう。あいつの精神は危うい。歯止めが利かなくなるからな」




 だけど、ナオトはハルイチにないものを持っている。それは葛藤だ。ナオトは葛藤に葛藤を重ねて、ゆっくりではあるけれど、進むべき方向をきちんと決めている。最近になっては人間にも優しく接するようになったそうだ。




「互いにない物を補える良い友人関係じゃないか」

「俺に悩めと言っているのかい?」

「悩まずに選択すれば確実に自滅するぞ。少しは父親を見習ったらどうだ」




 さて、プライドを折ったはいいが、ハルイチは道を空けてくれそうにもない。理由はただ一つ。ヘタロウを返していないからだ。




「…………いいだろう。ヘタロウに会わせてやる。条件付きだがな」

「というと?」

「何を見てもナオトに話すな。僕はあいつに、ヘタロウは元気だと嘘をついた。後は察してくれ」




 会う度に敵意を剥き出しにされては困る。


 これで諦めてくれるならと、僕はハルイチとネネを連れて来た道を引き返した。

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