【逸話】ハルイチ、蒼帝の執務室に忍び込む
【北闇・会議室】
秘密裏に執り行われた国帝会議。南光を除いた各国の国帝が北闇に集結した。国帝である証拠に刺繍の施された白い羽織を肩に掛けて座っている。
とはいえ、これはハルイチに時間を与えるために急遽設定された会議だ。白帝・コモクだけは、前もってタモンから〝内容〟を知らされている。故に、机の上になまめかしい生足を組みながら乗せて、背もたれに全体重を預けていた。
蒼帝・ジコクの瞳が忙しなく動く。彼も男だ。ちらちらと盗み見るあたり、興味がないわけではなさそうだ。
「見るなら金を出しな。ニセモノさん」
王家から多額の資金が提供されている東昇。ジコクの体は国の裕福さを語っている。
「こ、この礼儀知らずめ。足を下ろさんか!!」
「あんたと違って長いんだ。机の下に収まりゃしない。悪かったね」
細い眉をキッと吊り上げて、紅色の唇に妖艶な笑みを浮かべる。それでいて、彼岸花が散る着物に覗く豊満な胸元がさらにジコクの心をくすぐった。
コモクの遊びが終わったところで、タモンは2人に書類を配った。上記には【上級試験について】との文字がある。
「3年前の試験で多くの死者を出し、次いで西猛の襲撃で死者は右肩上がりとなった。王家も行き詰まる事件だ。今年は開催場所を変更したいと思う。コモク、お前の意見は?」
「私は賛成だよ。近いからって理由だけどね。あんたはどうだい?」
ジコクの眉間にシワが寄る。
「確かに距離的には問題ないが、いくらオウガ様がお前の父親だとはいえ、頷くとは思えん。それに、襲撃でいうなら北闇も同じではないか。だとしたら、我が国か、これまで通り南光で開催する方が安全といえる」
足を下ろして、胸元の前で手を組んだコモク。肉に埋もれたジコクの瞳をジッと見つめた。
「なんだい。あんた男のくせにビビっちまったのかい?」
「違う!! 俺が注視しているのは重度の動きだ。ここ最近はやけに大人しい。まるで嵐の前の静けさではないか」
「その重度なんだが……」
書類を置き、タモンはジコクに向いた。
「精鋭部隊の調査によると、どうやら別の組織が大元になって指示をだしていたらしい。そこと手を切ったから襲撃を止めたんだそうだ」
「私の国を襲ったときなんて、まるで作戦通りに動いているって感じだったよ」
「証拠も何もないではないか」
「その短い足で私の国へ来な。自分の目で確かめてみればいいさ。それに、タモンは大元に会っているんだ。月夜の民の惨殺、グリードや重度に命令を出した犯人とね」
ジコクの心臓はノミのように小さい。背を丸めて書類に顔を近づける姿は、タモンとコモクの話しをシャットダウンしているかのようだった。
タモンとコモクは互いの名を呼び合うも、2人は〝ジコク〟との名を口にしなかった。本物は生きている――。リュウシンがユズキに伝えた言葉を信じているからだ。
「全員の答えが一致するまで会議は続ける。取り除ける不安は根こそぎ取り除いてやろうじゃないか。なあ、コモク」
「異議なし」
ハルイチが来るまで時間を稼ぐ。彼が探すのは、ナオトの手によって命を絶たれた男が、南光から盗み所持していたとされる機密文書だ。
❖
【東昇・執務室】
よほど現蒼帝に信頼はないのだろう。本部の門に立つたった1人の門番は壁にもたれてうたた寝をしてるし、受付嬢は化粧品の話しで盛り上がっている。各部隊長部屋には人の気配もなく、執務室までの廊下を颯爽と歩くハルイチとネネの存在を気に掛ける者は誰もいない。唯一、壁を張るクモが動きを止めたくらいだ。
「あら、クモには私たちが見えているのかしら」
執務室の前に着くと、ネネが言霊を解いた。
「無駄な体力を消耗した気分ですわ」
「蒼帝殿がいない国は平和そのものだ。気が緩むのも仕方ない」
見るにも無残な一室に足を踏み入れる。整理されていない山積みとなった書類に、片付けられていない本の数々。窓から差し込む陽の光は舞い散るホコリを照らしている。
「こやつらはハルイチ様の喉を痛めつける気ですわ。このネネが一つ一つ除去してくれるっ」
「それこそ無駄な体力ではないかい? 目的は極秘文書だ」
ホコリをつまもうとしていた指を片方の手で包み込む。胸元に戻して手を握りしめたまま、ネネは頬を赤く染めた。
「なんとお優しい!! ネネは一生をハルイチ様に捧げますわっ!!」
「俺にはタモン様の代用は務まらないよ。さあ、早く見つけよう」
赤い頬に冷や汗を流しながら、おぼつかない足取りで探し始める。ハルイチの言葉に驚かされたようだ。
時間が過ぎていくにつれて、ネネの心は落ち着きを取り戻していった。しかし、肝心の文書がどこにも見当たらない。
「あの能なしはどこに隠したんだろうね」
「あの短足に隠すなんて秘術があるとは思えませんわ。そもそも、脱走兵が逃げ込んだのは地震が起きる数日前のことです」
「保管したのは本物の〝ジコク様〟、と言いたいのかい?」
「おそらく。きっと、執務室にはありません」
「となると、探す場所は限られてくるね。ネネ、ジコク様ならどうする?」
前蒼帝がいたのはハルイチが幼い頃だ。ネネの記憶に頼る。
「ジコク様とカネツグ様は、時折、本部に2人っきりで籠もることがありました。大切な会議をしているとは露ほども知らず、愚かにも私は執務室を訪れたことがあります。けれど、ここには誰も居ませんでした」
「父上が……。では、外か?」
「いえ、本部で間違いありませんし、会議が行われていたのは執務室です。声が漏れていましたもの。ただ、扉を開ける前に聞こえなくなったのです。つまり……」
「ほお、それは面白い!!」
ネネの頭の中が覗き見えたハルイチは、扇子で手の平を叩いた。
「小説で読んだことがある。隠し部屋といえば、カラクリが付きものだ」
言いながら、訓練校の図書室で読み漁った推理物を思い起こす。しかし、ハルイチの記憶が映し出しているのは中身ではない。本の裏に貼りつけられていた貸し出しカードだ。
「財宝を我が物に……。まったく心を惹かれない題だが、注目すべきは借りた人物だ。そこにはジコクと書かれていた。これを書いたのが能なしではなく本物なら、答えは限られてくる」
手始めに、本棚に並べられている書物を片っ端から床へ落としていく。なんの変化もなく、念のために本棚の裏まで確かめて、次に足を伸ばす。床をくまなく踏んでいくが、ここでも変化は得られない。
「あの本に書かれていたカラクリは残り2つ。だけど、この部屋に額縁はないから……」
ハルイチが天井を仰ぐ。四角形のタイルが並べられたような模様の天井だ。
「……見つけた。あそこだ」
扇子で場所を示すと、ネネがその下に立った。
「なぜですの?」
「そこのタイルだけ、一箇所が薄らと黒ずんでいるだろう?」
「確かに……」
「何度も、何度も、押した証拠だ。ジコク様はかなり警戒心が強い方のようだね」
「……ええ、そのようですわね」
椅子を真下につけて、ハルイチが上に乗る。その後ろ姿をネネは黙って見つめていた。
隠し部屋が存在するとは思いもしなかったものの、前蒼帝とカネツグが兎愛隊について話し合うときは必ず2人になるとのことはタモンから聞かされていた。
急遽、あたかも自分の目で確かめたように作り話をしてしまったが、こうする他ない。
ハルイチを残して、他は皆が各々の目標のために動いている。敵も味方もだ。だから、こうしてハルイチの心にカネツグが背負った使命を認知してもらうのだ。
早まる気持ちを抑えて、まずはここからだとネネは決心する。
「押すけど、いいかい?」
「え、ええ!! 勿論ですわ!!」
タイルが浮いたのと同時にハルイチが椅子から飛び降りた。着地すると、散らばる書類に足を取られ、ハルイチの体が傾く。咄嗟にネネが支え、毒虫を踏みつけるかの如く書類をつま先で踏み捻った。
「何人たりとも、ハルイチ様の行く手を拒む物は、このネネが赦しませんわ」
体勢を整えている最中、天井のカラクリが作動し始めた。
「ですが、ハルイチ様。振り返りながら歩いても、真っ直ぐ進むことはできないのです」
螺旋状の階段がハルイチの背後に降りてくる。
「ハルイチ様が走流野ナオトに未来を託した時点で、彼は貴方のずっと前を歩いているのだと認めた。そうでしょう?」
「ああ……」
「でしたら、前を向き続けて下さいまし。そして、ナオトの背中だけを追い続けて下さい。貴方に絡みつく過去の処分は、ネネにお任せ下さい」
ハルイチの瞼がゆっくりと開いていく。
「必ずや貴方を新時代へとお連れいたします」
ガコン……、と鈍い音を立てて螺旋階段の動きは止まった。天井裏に隠された秘密の部屋が頭上で待ち構えている。
最初の一段に片足を乗せて、ハルイチは深く呼吸をした。人間と混血者、王家と歴史、走流野家と重度。渦を巻く階段は現状とそっくりだ。けれど、見上げればそこには終わりがある。
「ナオトに追いつくには身軽にならないといけないね」
「その通りですわ」
一歩、また一歩と階段を上がるハルイチ。その後ろをネネは着いていくのだった。




