第5話・手遅れ
「母さんの遺言を守ってると、皆には見えない物が見えてくる。世界の流れがおかしい事に気づくんだ」
幼い赤坂を投げたのを最後に、バコクは争いという名がつくものから身を引いて暮らしていた。今回もまた、赤坂の動きを止め、答えを聞くと獣化を解いている。
「殺戮に破壊行動、これは重度だけに限ったことじゃない。人間も混血者も何らかの形で同じ事をしているんだ。だから、気づかない。俺と見てる物が違うんだから」
確かにそうかもしれない。僕の場合、土地神・重度・王家・走流野家ばかりに全神経を注いでいた。赤坂のような闇影隊に至っては、現状でいうとハンターとグリードに集中しているし、タモンは王家の動きを監視している。
この中に、誰1人として全体の流れを注視している者はいない。
「人ってさ、大きな石には気づくのに、小さな石ころには躓いたりするでしょ? あれと同じ原理だよ。これで例えるなら、王家は爆弾草という小さな石を上手いこと隠したってことかな」
イッセイがボウキャク草の話しをするまでは、自分の頭がおかしくなったんだと思っていたそうだ。ナオトが隠れ家に来てくれなかったらどうなっていただろうか。
とはいえ、大混乱だ。今まで己の目で確認してきたことが他者の手によって狂わされているのなら、王家が僕を追わなかった理由にも頷ける。最初からその必要がなかったんだ。しかし、いったいどこから情報を操作されていたのだろうか。
置かれている立場を理解した赤坂が半獣化を解いた。
「ボウキャク草を対象の身近に置くことで起こる作用は、対象から特定の記憶を消去すること。燃やした煙を吸わせることで起こる作用は、幻覚症状や記憶障害……。記憶が消されているなら前回みたいなことになっているはずだから、つまり、国の何処かで燃やされているってことか」
「煙ならすぐに気づきそうだが……」
「問題はそこなんだよねぇ」
「少し時間をくれ。考えてみる」
「俺も一緒にやるよ?」
「その前にバコクと話せ。お前は恩師が行方知れずの間の時間を取り戻したかもしれないけど、バコクはその後を知らないんだぞ」
「そうだね……」
2人と距離を置いて、木々の隙間から覗ける空を仰ぎながら思考を巡らせる。
まずは、大崎カネヨという女性についてまとめておく。
カネヨとバコクの先代が出会ったのは、少なくとも40年ほど前の話し。当時のカネヨの年齢は25~30歳であり、バコクを身籠もったのはそれからすぐのことだ。
この時、すでに教え子で赤坂が存在していた。訓練校を卒業したのは13歳。まあ、単純な計算だ。若く見積もっても赤坂の年齢は58歳前後のはずだ。となると、怪しい者は他にも存在する。タモンだ。
バコクが原因で生み出された兵器、それがタモン。対重度用兵器として王家が創ったとされている。タモンは自身の体質が重度と同じだと吐露していたが、あいつの能力は、名付けるなら〝鬼化〟だ。重度とは異なる生き物というわけだ。
赤坂の場合、成長が止まっているように見受けられる。バコク達のように幼くないのは、食ったのが一欠片の肉だからだろう。では、どうしてタモンに重度と同じ記憶能力が備わっているのか。王家が脳みそを弄くるとしたら、この件についてだと推測する。
(それにしても……)
ふと、ヨウヒの姿が脳裏を過ぎった。
おそらく、カネヨが死ねなかったのはバコクを身籠もったせいだ。重度の血が体内を巡り、変に治癒能力が働いたんだと思う。ヨウヒの母親も似たような状態にあったのだろう。
重度の力を手に入れるには、赤坂のように肉片を食わなければいけない。けれど、母体と胎児の関係性だけは例外なのかもしれない。
重度の血を体内に宿している人間は他にもいる。
話し終わった2人のもとへ戻り、本題に入った。
「オウガと蛍の年齢も一致しない。共鳴で見た限りでは30半ばくらいのように感じたが、それだと今の年齢は100歳を超えていることになる。それに、蛍の声は若かった」
「だとしたら、王家そのものを騙しているか、王家もグルか……だね」
「そもそもタモンはどうやって出生したんだ? なぜあんな力を持てるんだ」
「本人に直接聞いてみますか。ま、今回のことを知ったら激怒しちゃうだろうけど」
赤坂の予想通り、執務室の窓ガラスが振動するくらいの暴言をぶちまけたタモン。叩いた勢いで机は壊れ、書類がひらひらと舞っている。ちなみに、出生については覚えていないそうだ。これもまた情報操作だろう。
赤坂から借りた服を着ているバコクはせっせと書類を集めている。
「で、どうするつもりだ? 国民に知らせるのか?」
「この件に関しては、俺は早めに手を打った方がいいと思いますけど」
「いや……」
腕を組んで、タモンは首を横に振り、公表をしないどころか爆弾草の捜索もしないと言葉を紡いだ。全国民が真実を知った時の暴走、これを懸念しているのだ。
オウガは全てを見通した上で長期にわたる作戦を実行したのかもしれない。こちらが手遅れだと気づいたときには、今のように為す術がないというわけだ。国民を盾に水面下で着々と物事を進めている。
皇帝はただのでくの坊ではなかった。巧みに国民を騙し、汚いやり方で均衡を保たせている。とんでもない策士じゃないか。
「とはいえ、大掛かりな捜索はしないというだけで、自然に見せかけながら未然に防ぐことはできる。多分、あれだろう」
そう言って、タモンは窓から国の中心部を見据えた。そこには木を積み重ねた塔のような物があって、イメージで例えるならキャンプファイヤーの時に使うアレだ。お焚き上げというやつだろう。
「上級試験に送り出す前の前夜祭や、追悼式の知らせの際に使用されている。特に、追悼式の知らせを伝令隊に頼むのは不謹慎極まりないということで、王家が全国に徹底した気遣いの一つだった」
「いつからあるんだ?」
「俺が玄帝に就任した時にはすでに置かれていた。あれはよく燃えやがる……」
ハンターとグリードの犠牲者は後を絶たない。つまり、煙も後を絶たないというわけだ。
こうして、タモンは古いからという理由でお焚き上げを取り壊し、一から作り直すよう指示を出した。いつしか国民やタモンの記憶に変化が訪れる日がやって来る。その時までに少しずつ国民の頭に現実を馴染ませていかなければならない。
「まあ、意味はないだろうがな。ただの時間稼ぎにすぎん」
僕は何も答えることが出来なかった。いつだったかチョウゴが漏らした、物事が悪い方向に進んでいるという言葉を噛み締めるだけであった。
それにだ。
(数十年前に発見されたと濁されていた重度がバコクだとして、タモンからは捕獲には失敗していると聞かされていたんだが……)
バコクの記憶を見た限り、嘘だ。
王家は、捕獲してから組織を回収していた。




