【SIDE】ユズキ
月夜の国から帰還して間もなく、赤坂班には別の任務が言い渡された。青島班を見事にスルーして伝令隊は次なる伝達のため去って行く。またナオトが拗ねるのではないかと懸念していると、珍しい事に手を振って見送っていた。作り笑顔もなく涼しい顔つきでだ。
すると、青島が目で帰るように訴えかけてきた。小さく頷いて、「お疲れ様。じゃあ、またな」と声だけかけて、僕は帰路につく。
ナオトにはウイヒメの捜索と同時進行で任務を言い渡したと言っていた。多分、その報告を聞くのだろう。
家に帰ると、家主が夕ご飯の準備に取りかかっていた。中性的な顔立ちだからかエプロンがとてもよく似合う。
「イツキ、ただいま」
「お帰りー! お茶をついでくるから、とりあえず着替えておいでよ」
「ありがとう」
着替えてリビングへ行くと、テーブルにはお茶が置いてあった。イツキはフライパンを振っている。イツキの背中を見つめているとナオトについて問われた。
「んで、どうだった? ナオトの言霊は見られたの?」
「まあな。運悪く二種と交戦するはめになってしまったが。怪我はしたものの無事だ」
国を出発してから帰国するまでの経緯を説明している内に、手際よく夕ご飯が出来上がっていく。味噌汁に野菜炒め、焼き魚とご飯。素晴らしい夕食だ。
「いただきます」
「いただきまーす!」
食べ終えたところで、僕は皿を洗い、イツキが皿を拭き上げながら会話の続きにはいった。
「そういえば、ナオトの心境に変化があったみたいだ」
「へえ、あのナオトの心を動かせる人がいたんだ。誰なの?」
「ウイヒメだ」
何をそんなに驚いたのか、イツキが皿を落としかける。
「8歳の女の子だよね?」
「年齢は関係ない。月夜までの帰り道なんて、心配かけまいと無理をして自力で歩くほどに気に入ったようだ。これには青島も目を見張っていたな」
「お姉さんの方は?」
「アレはない。ツキヒメが勝手に外に出る前の日、建設現場で一悶着あったんだ。ナオトを馬鹿にするもんだから釘を刺したけど、意味は無かった」
「ユズキの言葉で心が折れないだなんて、ある意味強い子だね」
「良くいえばそうなるな」
思い出すだけで腹が立つ。初対面で、しかもたいした会話も無しに、よくもまあ人を見下せたものだ。とにかく、色々とあった。
「でもさ、ユズキも意地悪だよ。だって隠れて見てたんでしょ? ナオトと二種の戦闘をさ。ツキヒメの後を追っていたら……ってのはわかったけど、助けてあげればよかったのに」
「最後には助けた」
「それは、青島隊長がナオトを捜索しているところに鉢合わせたからじゃん。なんですぐに助けなかったの? 言霊があるから?」
「それは関係ない。せっかく他者と関わりをもったのに、それを邪魔したくなかったからだ」
だからといって、危うく見殺しにするところであった。いくらナオトのためだとはいえ、少々やりすぎたと反省している。
というのも、僕は焦っているのだ。フードの男と出会った時から警戒心が頂点に達したまま一向に薄まらない。
不安要素が二つあるからだ。一つは、僕とナオトの繋がりだ。僕達の共通点といえば体質と友達関係しかない。この繋がりに、あの男は何を感じたのだろうか。
二つ目はナオトの性格だ。これが一番の悩みの種だ。
あいつは今、まさに壊れかけている。自分の殻に閉じこもり、前髪を伸ばして、世間と境界線を引きながら過ごしている。その境界線の上に、己の家族が立たされている状態だ。何が引き金になってもおかしくはない。このままでは、向こう側に押しやってしまうだろう。
仮に、家族との間に溝が生まれたとしよう。僕があの男の立場なら、そこを狙って再び目の前に現れる。そして、弱った者の前に、その者が欲している餌を撒くだろう。
そうすれば、あの男の思惑通りナオトが手に入る。このシナリオだけは、どうにかしてでも避けなければならない。
だから、ナオトには強くなってほしいのだ。もっと人と関わりをもって、強固な精神力を養わせたい。
「僕の行動は横に置いておくとして、ウイヒメはナオトに良い影響を与えてくれた。自ら自分の側にいるよう頼んだくらいだ。一晩一緒に居ても不快にならなかったのだろう」
「それは良いことだね。俺もナオトに会ってみたいな」
「友達を作る気になったのか?」
「うん。ユズキが友達に選んだ子なら、俺も友達になりたい。それで仲良くなったら協力してあげたいんだ」
「なにをだ?」
「ナオトの家族捜し。いつかきっと追い求めると思うから。俺みたいに、ね」
「そうだな……。だけど、いつ本当の自分を見せてくれるかはわからんぞ?」
「ユズキも時間がかかったの?」
「いや、僕の場合はそうではなかった。なんだか、あいつとは以前から知り合いのような気がするんだ。向こうも同じ感覚らしい。そのおかげで打ち解けるのは早かった」
「まあ、そこら辺は自分でどうにかするよ。それはともかく、ユズキもいつか打ち明けなきゃね。入隊したんだし、いつまでも隠し通せるものじゃないよ?」
狼尖刀を手入れする僕にイツキはそう言って寝室に消えた。実は、僕は自分の能力をナオトに教えていない。
寝る前のやるべき事を終わらせて、僕は公園に向かった。ベンチに横になってナオトを待つ。今夜は天気がいい。人気の無いおかげで満天の星を独り占めしている気分だ。
片腕を視界の前にすると、せっかくの景色を狼尖刀が覆い隠した。そうして、イツキの言葉を思い起こす。
「いつまでも隠し通せるものじゃない、か……」
つい最近、似たような言葉をナオトに言った。仮面はいずれ剥がれる、と。こういう状況下に置かれると、悪い事が起こると相場は決まっている。
僕の隣で静かに立ち止まったのは、ナオトではなく青島だ。横目に見ると、悪事でも働いたのか青島は後味の悪そうな面立ちでいた。
青島が僕に沈黙する理由は一つしかない。
「ナオトにバレたんだな」
「すまん。話しの流れでタモン様が教えてしまった。お前達はいつも行動を共にしているから、知っているとばかり思っていたのだ」
「そうか……」
「詳細を求められて、私も拒否は出来なかった。酷く落ち込んでいた」
「やはり、受け入れがたいか」
言いながら狼尖刀を撫でる。
「そう決めつけるな。ナオトの心情を聞いたわけではない。今夜も会うんだろう? 話してあげたらいいじゃないか」
「きっと来ない。そんな予感がするんだ」
僕はあまり他人に感情をみせない。一緒に住んでいるイツキにですら、ほとんど無表情に近いだろう。北闇で僕をよく知るのはナオトだけだ。ナオトの事情を知る前から心を許した相手なのだ。
苦しい。知られた恐怖が、友達を失うかもしれないという不安が、息すら出来ないほどに胸を締め上げる。狼尖刀が僕に現実を突きつける。
「……少し1人になりたいんだが、いいか?」
「あまり考え込むんじゃないぞ」
青島が公園を出て暗闇に消えていったのと同時に、狼尖刀を引っ込めて生身の両腕で視界を覆った。
どうして周りと同じように生きていけないのだろうか。僕はナオトと任務に行きたいわけじゃない。公園で遊んだり、家にお邪魔したり、季節の行事を楽しんだり、そういった日常を共に過ごしたいのだ。
入隊さえしなければ叶った夢かもしれない。
ヒロトが止めてくれるとばかり思っていた。あいつなら、ナオトを絶対に入隊させないだろうと安心しきっていた。だけど、ナオトは卒業試験に合格してしまった。能力に気づかれぬよう人目を避け、ひっそりと後を追い僕も一緒に合格した。結果、この様だ。
フードの男に出会ってからナオトの精神はさらにおかしくなった。力に執着し、余計に家族と己を比較し始め、おまけにタモンにまで素がでそうになる始末。とはいえ、精神的な面は僕も同じだ。タモンや青島もそうだろう。皆が警戒し、見えない存在に圧力をかけられているような感覚に陥っている。
ただでさえ異常な日常を、あの男が狂わせたのだ。
僕の意志に反して時間は刻々とすぎていく。ずっと夜であればいいのにとそう思った。
薄らとかかった高い雲に朝日があたった。辺りは虹色の光景へと変わっていく。
無情にも星はその姿を隠したのだった。




