【逸話】バコク・1
内気な俺によく話しかけてくれたのは、新入りのシュエンだった。なかなか上手いこと話せなくて、何度もシュエンに怒られたっけ。
その度に思い出すことがあった。昔の自分だ。その頃は今よりももっと明るい性格で、外を走り回るのが好きで、獣化できる自分を誇らしく思っていた。けど、こんな話しは赤坂にはどうでもいいね。
大崎カネヨ――、僕を生んだ母親がどうして死んだのか、君に伝えなきゃいけない日がきたみたい。
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赤坂の言葉にもあった通り、母さんは医療隊の隊長だった。少しくらい厳しくなれば? とこっちが心配になるくらい優しさの塊みたいな人で、それでいて芯の強い女の人だった。
当時は人間と混血者の争いが絶えなくて、母さんは世界中で治療して回っていた。その時、北闇へ帰国する途中で発見されたのが父さん――、俺の先代だった。
医療隊はほとんどが人間だ。母さんは部下に先に帰るように伝えて、大きな体を必死に隠そうとする父さんの元へ向かった。
父さんは両者の争いに巻き込まれてしまい、混血者に成り済ましてその場を逃れた後だったそうだ。傷は深く、時間がたっていたせいで、母さんはすぐに助からないと悟った。
だけど、それでも治療した。傷を洗い、消毒し、縫合。傷が開くとまた繰り返して、そうやって少しでも父さんを痛みから救おうとした。
どんな生き物にも安楽は必要なのだと、母さんに口酸っぱく言われたっけ。
いつしか、父さんと母さんは互いに心を開くようになり、恋に落ちた。そうして俺を身籠もったのだ。
重度の成長は凄まじく、個人差はあるけど、一定の年齢を迎えるとそこで成長は止まる。そう聞かされたのは威支にメンバー入りしてからだった。母さんは俺の体質に気づいていたと思う。俺の成長は10歳くらいから急に遅くなり始めた。
それから数年後、感染症により父さんが死んだ。泣きじゃくる俺と違って、母さんは涙一つ流さなかった。
「よく頑張ったね」
そう言って、父さんの体を優しく撫でた。
2人の生活が始まった。とはいえ、家があるわけでもなく、買い物にいけるわけでもない。野宿生活で、食料もその場調達の生活だった。ちょうどその頃、母さんの捜索人員が増員された時で、中には訓練校を首席で卒業した赤坂もいた。
実は、俺は赤坂をよく知っていた。名前はわからなかったけど、存在だけは母さんから聞かされていたのだ。
オウスイ派だった教え子の両親が、子どもの目の前で殺されたという悲しい事件が起きた。子どもは恨みを晴らすべく訓練校に入校し、母さんは教師として、医療隊として、彼の心を癒やそうと何度も試みた、と。けれど、子どもの心は大人よりも純粋で真っ白だ。恨みはすでに白い心を黒く染め上げていたとも話していた。
この事があって、母さんは自分のしていることが正しいのか、父さんの治療をしながら深く考えたそうだ。戦いに送り出すべく教えを説いて、そのくせ怪我をした負傷者を救って。完治した者はまた争いに参戦する。
母さんは泣いた。父さんに何度も謝った。
「俺に謝る必要はない。そもそも、まともに暮らせない体なんだ。遅かれ早かれこうなっていたさ」
「それでもあなたを救ってみせるわ!!」
「ウジが湧くほどに腐りかけた体だぞ? 医療に携わっている人間ならば結果くらいわかっているだろう。俺はもう助からない」
「救いたいのよっ……」
「ならば、俺の子を身籠もれ。見ての通り俺は混血者ではない。俺のような生き物は混血者にはない力を持って生まれる」
「どういう意味?」
「記憶の共有だ。俺の子は子孫となり、俺は先代になる。いいか、カネヨ。俺の魂は永遠に子どもの記憶の中で生き続けるのだ。本当に俺を救いたいと思ってくれているのなら、どうか命の引き続き役を担ってくれ」
俺の蹄のせいで、母さんは通常の出産よりも痛みを伴うことになった。母さんが医療隊じゃなかったら死んでいたかもしれない。それくらい想像を絶する出産だったと、俺は記憶で知っている。だから、母さんの側に居続けて、母さんの足となり、母さんを守っていくと心に誓った。
俺が人間に発見されたのは、そう自分に強く誓ったときだった。
この頃はまだ重度の存在は伝説みたいなもので、妖と同じラインだったと思う。それを壊してしまったのは俺だ。最初に人間に発見されたのは、俺なんだ。




