第4話・バコクの傷跡
バコクには木壁の外で待機してもらい、僕は執務室へ向かった。タイミング悪く、赤坂班と青島班が報告をしている最中で、扉を開けたものの声をかけられずにいる。
タモンと目が合うと、あからさまに嫌そうな顔をされた。おそらく、ここにイツキがいるからだろう。僕自身も想定外のメンバーであった。というのは、イツキは精鋭部隊だ。彼に暇などないはずなのだが――。
とにかく、鍛錬場へ移動し、これまでの情報を全て渡したわけだ。少々タモンには酷な内容もあったけれど、彼が兎愛隊でいる限りは、仲間になってくれたタカラやビゼンのためにも意を決してもらわなきゃ困る。
この事については、鍛錬場を先に出て行ったタモンを追いかけて、改めて執務室にて報告した。深く腰掛けているタモンは精神的に疲れているようだ。
「つまり、威支のように自由に動ける、と?」
「そうだ。問題はないだろう?」
「口が硬けりゃな」
「何年もの間を王家に見捨てられたんだ。今さら誰が従うというんだ」
「恨みでいっぱいか。ま、ジジイの考える事だ。目先の命より先の未来だろうな」
「時間は稼ぐと言っていた。彼らも命懸けだ。こちらも迅速に行動しよう」
「一先ずはネネに動いてもらっている。俺は北闇の改造とでもいくか」
肘をついたタモンは再度確認してきた。
「上級試験は北闇にて開催する。これでいいんだな?」
「ああ。必ず参加させてほしい者がいる」
「推薦状を出すことはできるが、誰だ?」
「西猛のライマルと南光のリン、そして北闇のイツキだ」
名前だけで何に関係する人物であるかを即座に察したようだ。
「……光の柱をどうするつもりだ」
「彼らに、これまでの日常を取り戻してもらう。皆と変わらない平穏な日々をな」
ラヅキの言葉通りなら、きっとこれで上手くいくはずだ。
「東昇の柱はいまだわかっていないが、心当たりはあるのか?」
「威支のメンバーだ。トウヤが保護している。彼はこちらから参加させるつもりだ」
「どうりで見つからないわけだ。んで、お前は俺の国で何をしでかすつもりだ。今の顔、北闇を出る前と同じ顔をしている」
「威支は重度で構成された悪の組織だ。今は良い方向に進んでいるとしても、もう取り返せない。だから、彼らには……僕も含めてだが、完全なる悪になってもらう。言っておくが、これは兎愛隊のためだ」
「光ある所には影があるってか。……世界中を敵に回すことになるぞ」
「それでも味方はいるんだ。僕にとっては痛くも痒くもない。だが、お前は違う。国帝という立場を維持しなければ戦争が起きる」
「物わかりの良いガキは嫌いじゃないが、お前はまた別だ。俺はたまにお前を恐ろしく思う。たまには子どもらしくいたらどうだ?」
「余計なお世話だ」
これで話しは終わったわけだが、本部を出ると数年前の悪夢が待ち構えていた。赤坂からの逃走だ。世の中は変化しつつあるのに、この男は何も変わっていない。
木壁を飛び越えても、赤坂は両腕を広げたまま追いかけてきた。これはもうバコクの脚力に頼る他ないだろう。
サッとまたがり、赤坂から逃げるよう腹の底から叫んだ。振り返ったバコクが地面を削るほどの一歩を踏み出す。と、ここで止まってしまった。赤坂も同様に立ち止まっている。
急にバコクが獣化を解いてしまったせいで僕は派手に転げた。いつもなら文句の羅列を並べているところだが、どうも様子がおかしい。赤坂の緩んでいた顔も闇影隊らしい顔つきに変わっている。
「ユズキ、離れていて」
そう言ってバコクが僕を後ろへ追いやる。
「俺の足を噛んだ男を捜しているって話したの、覚えてる?」
「え? あ、ああ……。自己紹介してくれた時だろう?」
「うん。こいつがそう。俺の能力を奪った男だ」
俯きがちな姿勢が真っ直ぐになり、睨みつける鋭い眼光が赤坂を捕らえる。
「奪った? なーに勘違いしてんのよ。あれはただ、俺が殺し損ねたってだけでしょ。お前は俺が初めて人を殺した過去に関与する唯一の生き物だってこと、忘れた?」
赤坂の目が据わり、声のトーンが低くなる。
「忘れるわけがないよな。医療隊隊長、大崎カネヨ。お前は俺の大切な恩師を……瀕死の状態にしたんだからな」
ついさっきまで僕を追いかけてきた赤坂の眼中に、僕はもう映されていなかった。
赤坂が半獣化する。両足が馬と同じ形態へと変化し、それは通常の馬の何十倍も筋肉が膨れあがっている。
バコクはというと、獣化しても他のメンバーに比べればとても小さい。通常の馬よりも何周りか大きく、赤坂と同じように四肢の筋肉が膨張するってだけだ。つまり、赤坂の両足はバコクの四肢と変わらない大きさになっているということ。
(これが……重度の血に選ばれた人間の姿なのか……)
いつだったか、タモンがナオトに説明していた現象が目の前で起きている。
「バコク、帰るぞ!!」
「無駄だよ。逃げたってあの男は追いかけてくる。……永遠にね」
この言い方だと、重度なのにも関わらず、バコクの方が赤坂から身を隠していたことになる。
「赤坂、やめろ」
「ごめんね、ユズキちゃん。普段は温厚な俺でも、こいつだけは赦せないんだ。こいつはわかっているはずだよ」
じりじりと互いに距離を詰め合って、互いの殺気が瞬く間にぶつかった。その瞬間、僕はありえない風圧により少し離れた所まで吹き飛ばされた。
赤坂の怒りも、バコクの覚悟も、僕の気持ちの遙か上に及んでいる。
そんな中で、バコクがぽつりと呟いた。
「重度の体質は本当に時間間隔が狂うよ。まだ子どもだと思ってた俺が間違いだった。カネヨさんからの伝言をもっと早めに伝えるべきだった……」
赤坂の巨大な蹄をバコクの口が捕らえた。直後、目視できないほどの光が一帯を包み込む。
これは、共鳴だ――。




