第2話・答えのない悩み
これは共鳴というやつだろうか。犬の双子の時のように、シュエンの過去が脳に映像として現れた。
映像が終わると、突如として眼前に海が広がった。シュエンが船を破壊している。いつの間にやって来たのか、幽霊島からでも目視できるヨツノウミの姿は僕にとって救いであった。
『こっちだ!!』
そう腹の底から叫ぶと、船の残骸を見つめていたヨツノウミが方向を変える。隣でタカラがごくりと唾を飲み込んだ。
「あれが……本体か……」
「なんだ、知っているのか」
「鱗だけね」
体の半分以上を地上に覗かせるヨツノウミ。
『今日は焼き魚ないんだね。残念』
『タカラからもらっていたのか?』
『ううん、ミツル。海に投げてくれるんだ』
気持ちは逃げたいのに、体がいうことをきかない。そんな姿勢でいるタカラの瞳はヨツノウミに釘付けだった。
「焼き魚はないのかって言っている」
「す、すまないが、今日の夕飯はまだなんだ……」
「ミツルはわかって投げ込んでいたのか?」
「砂浜に打ち上げられないから、誰かが食べているんじゃないかって、そんなもんさ」
敵意はないとわかると、タカラは姿勢を元に戻した。
「ったく……。最近のガキはやっぱ変だね。さっきの大猿といい、あんたといい、あの子といい。まるで世界が狂ったみたいだ」
とにかく、海賊とシュエンとミツルの救助をヨツノウミに頼む。シュエンは最後にしてくれとのことも忘れないように。暴れられたら面倒だ。その間にタカラの疑心に付き合うことにした。
「ナオトが人を殺したから恐れているのか? それとも、ナオトの能力?」
「どちらともだよ」
「後者を先に片付けよう。ナオトの名字は走流野だ。これで納得したか?」
やはり、走流野家は有名のようだ。一瞬、驚愕したタカラは自分の頭の中で整理し始めて、それから納得したようにこくこくと頷いた。
「なるほどね。あの子はセメルさんの息子か。闇影隊にいた頃に噂はたくさん聞いたけど、あんな能力だとはね」
「次に前者だ。聞きたいんだが、もし死んだのが人間ではなく、ハンターだったらどうした? あるいは、あの猿のような生き物だったら? お前はナオトに怯えたか?」
「何が言いたいんだ」
「人間は、脅威的な生き物ではないのか?」
「――っ……」
「あくまで個人的見解だ。聞き流してくれても構わない」
人間も動物も、互いになんらかの感情がうまれていない限りは、同じ姿をした生き物、あるいは同種の死にだけある特定の感情を抱く。
僕が特定というのには訳がある。
そのほとんどが、別の情が介入できないくらいに真っ直ぐな感情であること。様々な感情が混ざっているのは、死の対象が家族、恋人、親友、ペットなどの条件がある場合がほとんどだ。
例えば、テレビで殺人犯が逮捕されたとの報道があったとしよう。関係する家族であれば、深い悲しみの中に、罰が与えられることへの僅かながらの希望と期待を抱く。しかし、第三者はどうだろうか。まったく知らない家族の誰かが殺されて、共に悲しむだろうか。
自分の家族に置き換えて同情することはあっても、本来、自分が持っている本当の悲しみは出てこないはずだ。
つまり、ここでいう特定の感情とは、同情の中から生まれた感情のことだ。
「お前は人間が死んだのを目の辺りにして、もしこれがミツルだったらと考えたんじゃないのか? そうでなければ、お前は死んだ同種を思い、怒りと悲しみに満ち溢れていたはずだ。だが、そうじゃない。死んだ同種への同情が結果として恐怖という形を生み出しただけだ」
少し難しい話しになってしまったけれど、これはあくまで僕の見解だ。
僕の話しに終わりが近づいてきた頃、続々と海賊たちが浜辺に上がってきた。
「そもそも、死んだ男の素性を黙っていた海賊も、それを知ってもいまだに島に引きこもっているお前も僕は気に食わない。確かにナオトは間違いを犯したが、それでも礼を言うべきだろう。お前たちは犯罪者の手から救われたんだからな」
「偽善ばかり並べてもあの子が犯した出来事は何も変わらない」
「かもしれん。でも、僕はそっち側にいくくらいなら偽善者と呼ばれる道を選ぶ。それが正しい道ならば何も迷うことはない。あいつが嫌いだから、ムカつくからといって悪事に手を染めるような子どもではないからな」
最後に上がってきたシュエンは大人しく立っていた。視線は海へ向けられている。
「ユズキ、行こうぜ」
「ああ」
シュエンと手を繋いでさざ波を踏む。
「ナオトは戦闘服を着ていた。ならば、僕は闇影隊として罰を下したと考える。あとは話し合ってくれ」
こうして、僕とシュエンはマヤの住んでいた孤島に向かったのだった。
遺体はそのままになっていて、シュエンは気づくなり手で口を押さえた。
「ひでぇ……」
「地下牢に行く前に埋葬しよう。ナオトが時間がなかったと話していた。代わりに終わらせる」
「了解」
穴を掘りながら、シュエンが先程の話を持ち出した。
「お前の話って難しすぎて頭が痛くなる時もあるけど、最後のはわかったぜ。悪事に手を染めるような子どもじゃないってやつ」
いつものように強がっている訳でもなく、ふざけている訳でもない。シュエンは神妙な面持ちで言葉を紡いだ。
「ある人間に言われたんだ。居場所が必要ってだけで、一緒に悪さをしろって言ってるわけじゃないって。多分、ユズキが言ってたことと同じ意味だ」
そう言って土を外へ放り出す。
「いくら人間が憎くても、やっちゃいけなかった。なんで俺らばっかりって思ってたけど、そう思えていた方が被害者でいられた……。なんとでも言えたのにな」
「不可抗力だが、双子の時みたいに過去が見えてしまった」
穴を掘り終えると、シュエンが先に這い出て僕に手を差し伸べてくれた。
「……ユズキ」
「ん?」
「俺が重度じゃなかったら、人間はもっと優しくしてくれたのかな? こんな目に遭わずにすんだし、悩むこともなかったのかな?」
砂浜に立って、眉を下げるシュエンに向く。
「それは人間同士でも解決しない問題だし、動物もそうだろう」
強く、しっかりとシュエンの土だらけの手を握る。
「まずは、お前がお前自身を受け入れることから始めろ。お前が誰かと比べている限り、それは一生付きまとう悩みになる。そんなの疲れないか?」
「そうだけどよ……」
「それに、優しい人間ならいただろう。一緒に悪さをするなと言ってくれた人間は、お前という存在を受け入れてくれたんだ。そういう人は大切にするべきだ」
キトが僕と友達になってくれたように、救われたのならば、その人と生きる世界でどう過ごすかを考えるのも一つの手ではないだろうか。
「例えその人以外の人間を滅亡させたとしても、その人は生きていけなくなるぞ。想像するまでもなく、理由はわかるだろう?」
「だな。人間の居場所には人間がいなきゃ」
「わかり合える生き物は必要だ」
こうして、マヤを埋葬し、僕とシュエンは地下牢へ向かった。ナオトの話していた通り、死臭を放つ変異体の遺体が牢屋の中に転がっている。
それに、ナオトは全ての書類に目を通したわけではないようだ。
「これは聞いていないな……」
紙の上半分には文字が、下半分にはおおまかな世界地図が書かれている。大国のうち、北闇・西猛・東昇には×印がされている。
「家族を取り戻すためには、ある程度の世界の浄化は必須になる。多種存在するなかでもグリードは最優先事項となるだろう……」
家族とは、神霊湖付近でナオトが襲われた時に話されたことだろう。しかし、あの場にマヤはいなかったのだから、マヤの事情を知る誰かが発言したものになるが。
シュエンが地図を指でなぞる。
「これ、海流じゃねえか? 南光に繋がってる」
そう言って、今度は牢屋を破壊し、中に足を踏み入れた。こんなことにも慣れているのかと、なんだか胸が痛めつけられる。
「ここに何かあるぜ」
足で遺体を転がす。
「タ す ケ て……。助けて?」
そこには文字が彫られていて、〝て〟の書き終え部分には変異体の割れた爪が刺さっている。まるで、何度も、何度も、繰り返し彫ったみたいに爪はバキバキだ。
「……マヤの書類には、変異体の見せた反応が人間に酷似しているとあった」
「おいおい、不気味なこと言うなって。これのどこが人間なんだよ」
「人間ではないと……信じたい……」
なにせ、海流から線が引かれている大国は南光なのだ。嫌な予感がした。




