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【逸話】シュエン・1

 どいつもこいつも――。


 なんで俺らばっかこんな目に遭うんだ。どうして生まれた瞬間から不幸ばかりなんだよ。




「母さんが心配してるから、戻りたいんだけど、ダメかな?」

「うぜぇ。黙ってろ」

「でも、母さんが」「うぜぇっつってんだろーが!!!!」




 母さん、母さん、母さん――。なんだよ、母親って。そんなもの知らねえよ。俺が覚えているのは気の狂った父親が人を殺しまくってたってことだけだ。ましてや、その犯人を俺ってことにしやがった。


 理由はわかってる。俺が重度だからだ。見た目からしてやりそうだもんな。




「っていうか、お前とあの女、ぜんっぜん似てねえし。本当に母親なのか? それとも逃げるための口実? だとしたら、とんでもねえお馬鹿さんだな」

「……似てないからなに? 育ててくれたんだ。それだけでも十分母親だよ」

「血が繋がってねえじゃん」

「そんなものにしがみついていたら、自分がどれだけ愛されているか気づけない」

「…………マジでうぜぇ。お前も、あの女も、この大砲もな!!」




 接近してくる船から放たれる大砲の玉。目の前に斑点を描いていくつも飛んでくる。




「いっちょ派手に暴れてやるか」




 ユズキを守るためにも、死人は出さない。もし手違いで死人を出した時は――。




(全員、死んでもらう)







 北闇の東、東昇との国境近くにある山奥で俺はひっそりと暮らしていた。トウヤから聞かされて知ったけど、生まれたその時から記憶があるのは異常らしい。人間はそうではないと、威支のメンバーになって初めて知った驚きの体質だった。


 だから、俺は母親と親父の会話をよく覚えている。




「お願いっ、国に帰してっ」

「お前は俺の女だ。俺の側にいて当然だろうが」

「誘拐しておいて、何を言ってるのよ! それでも闇影隊なの!?」

「人を斬りすぎちまって、だーれも近寄っちゃこねえよ。じゃあ、俺の存在意義はなんだ? 都合の良いときだけ国民を守る操り人形か? ふざけんじゃねーぞ!!」




 親父の怒鳴り声に、母親は俺を抱いて背を向けた。




「やめて! この子の前で大声をださないで!」

「そんなガキ、捨てちまえよ」

「馬鹿を言わないでちょうだい……。誰がなんて言おうと私の子よ。嫌なんでしょう? じゃあ、私から離れなさいよ」




 親父は顎に手をあてがいながらしばらく考えていた。そして、答えを出した。母親の人生を変えてしまう、恐ろしい答えを。




「ガキが条件か。ガキがいれば、女は強くいられるってわけだな?」

「だったら何よ……」

「別にお前じゃなくてもいいってことだ」




 母親の瞳に刀が映し出された。そして、俺の小さな体は真っ赤に染まった。


 これが俺が初めて経験した〝死〟だった。まだ食欲と睡眠欲以外に何の感情も育っていない頃だ。死に対してなんの感情も生まれず、おかげでそれが免疫になってしまった。




「ガキは使えるな。お前は生かしてやる。有り難く思えよ、化け物」




 親父は尻尾を掴んで俺を持ち上げ、洞窟の隅へ転がした。


 死んだ母親の開かれた目から涙が零れている。なぜか、俺は目が離せなくて、横になりながらジッと目を合わせていた。


 それからというもの、親父は女を浚い続けた。最初の女は俺にシュエンという名を与え、次の女は勉学を、次の女は遊びを。全員が逃げようとした。その度に親父に殺されて、そうしてまた新しい女を浚ってくる。




「シュエン、こいつもいつもの場所に捨ててこい。そんでもって、アレを回収してこい」

「わかった」




 死体の両手を引っ張りながら洞窟を出て、指定された場所に置く。まだ肉の付いた死体もあるけれど、数日すればハンターが綺麗にしてくれるだろう。




「これはもう骨だな」




 骨を回収して洞窟に戻る。親父に手渡すと適当な所に捨てた。


 親父は母性や恐怖心を上手いこと利用していたように思う。気に入った女に俺の世話をさせ、時間をかけて愛情を抱かせたり、あるいは親父の圧からの逃げ場所としてあえて俺の側にいるように仕向けたり。


 どの女も俺を連れて逃げようとした。女は決まって俺に同じ説明をした。




「あなたは混血者っていうの。けれど、あの男……。人間でしょう? あなたの父親じゃないのよ。きっと誘拐されたんだわ。お父さんとお母さんを捜してあげるから一緒に逃げましょう」




 ってな。


 怯えきった瞳には俺だけが映されていて、女が嘘をついていると明かにしていた。もちろん、親父のことが怖かったのかもしれない。だけど、何よりも恐れていたのは、骨だらけの洞窟で平然と暮らしている俺のことだ。


 ここを離れたらどうなるんだ? 全ての母親を置き去りにしていくことになるだろ。




「……一緒にいてよ。独りにしないで」




 迷うことなく俺は親父に告げ口した。そうして今日もまた母親が殺される。


 あの頃の俺には死の概念がない。目の前で起こった惨劇をちっとも理解していなかった。

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