【逸話】再出発
「一度解き放った殺意を再び飲み込むことはできん。とにかく、今はナオトに会ってこい。ここは俺に任せろ」
「え……? ナオトに会ってこいだと?」
「ああ、そう言ったんだ。ちなみに、あいつは今国外を彷徨いている。この機を逃すな」
これは、ユズキが紫炎を解放した後の話である。
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キトが保有する技の1つ、獄道帝王飢――。通称、テイオウと呼ばれるのは、錆びた王冠を握りしめる巨大な黒鬼。朽ちた王の姿だ。
キトから発生する黒霧が具現化したもので、効力は言霊に似た性質をもっている。テイオウは王であるが故に攻撃をしない。ただ一言、命令を下すのだ。
「ヒザマズケ」
膝を折られた重度のもとにキトが歩む。そして、トウヤの目の前で立ち止まり、喰い滅ぼそうとでも言わんばかりに燃える紫炎を逆に食べた。人の何倍も開かれた裂けた口。歯茎に並ぶ鋭利な歯はコウマとハクマに恐怖を植えた。
「美味いな。これほどまでにラヅキを慕うか」
一方で、長い年月を生きている数人の重度は、弱肉強食の配列が変わったことを心身に感じていた。
人であろうと、混血者であろうと、絶対的権力を持つ王家であろうと関係がない。獣化・妖化した自分達の前では、王家ですら弱肉強食の底辺に位置する。頂点に君臨する現時点での生き物は重度だとそう信じていたのだ。
しかし、そのピラミッドはどこからともなく現れた鬼のせいで、その配列を物の一瞬で変えられてしまった。頂点に君臨するのは重度ではない。――鬼だ。
トウヤは品定めするような瞳でこちらを観察するキトへ歴史を投げた。
「遙か昔、先代の王家は獣妖人と蔑んだ生き物を血眼になって捜していた。戦争で植え付けられた根深い闇を払拭するために、人間こそが最強の生物だと証明する必要があったからだ。長い時間を費やしてついに発見した王家は討伐隊を向かわせた」
「それが闇影隊の始まり……だろう?」
「そうだ。そして、生き物が身を潜めていたのは、あの謎多き神霊湖だ。討伐されたのは……鬼。鬼こそが、獣妖人と名付けた生き物だった」
トウヤの髪を掴み、垂れている頭を上向きにする。
「思い出したぞ。貴様は、あの時のガキだな?」
「やはりそうか。シュテンとイバラの息子であり、八鬼衆のリーダーに君臨した男。後に再び戦争を勃発させた張本人がなぜここにいる……。鬼は王家との戦いで滅びたはずだぞ」
「らしいな。だが、俺は生きている。ちょっとした小旅行に出かけていた」
髪から手を離すと、トウヤの頭は地に垂れた。
「滅びてなどいない。俺の仲間が……いや、もと仲間が正しいか。裏切り者が王家に情報を与えたようだ。俺の帰還を快く思っていないらしい」
「八鬼衆はまだ存在するのか?」
「ああ。もう1人、神霊湖に暮らしている奴がいる。旅行に出かけている間に世界は大きく動いたようだな。貴様らがつけあがるほどに……」
直後、全員の身体が地面へうつ伏せに伏せられた。まるで、誰かが抑えつけてるような圧力と、キトから放たれる殺気がそうさせる。
「とはいえ、使える兵士に代わりはない。ユズキを他所へ行かせたのは、貴様らの記憶に感化されないようにするためであり、尚且つラヅキを遠ざけるためだ」
「何をするつもりだ……」
「なに、脳をいじるだけだ。喉から手が出るほどに答えが欲しかったんだろう? 俺が記憶を繋げてやる」
キトが指を鳴らした。テイオウが消え、黒霧だけが残る。黒霧は始めにトウヤを持ち上げて、キトの前に連れてきた。
「まずは威支のリーダーである貴様からだ。自分が何者なのか、ラヅキが何者なのか、その真実を知るがいい。そして、誰に従うべきか、もう一度よく考えろ」
人差し指がトウヤの額に吸い込まれていく。すると、トウヤの背中が弓のように反り返り、白目を剥いた。さらには激しい痙攣まで起こしている。
トウヤの頭の中では、これまで断片的に見えていた先代の過去が、パズルを完成させるみたいに繋ぎ合わさっていた。この時、トウヤは気づいた。
今まで、先代の目線で過去を見てきたが、キトの能力は第三者目線で過去を映し出している。そこには監視者もいた。
全てが繋がると、黒霧がトウヤを解放した。トウヤは肩で息をしながらキトを見上げた。
「監視者は……敵だったのか……。俺たちはずっと戦ってきた……」
「そうだ。0(ぜろ)の時代、鬼はそう呼んでいる」
「ラヅキはこの戦いを終わらせた……。これは、彼女の……ユズキのおかげなんだな?」
「ご名答。お前が何者で、誰の仲間だったのか、その答えは?」
土を握りしめたのは、これまでの常識が全て覆されたからだろう。トウヤは、自分の意思で地に視線を落とした。
「俺は…………」
回答に満足したキトは、次々と重度の記憶を繋げていった。終わった頃には、誰1人としてテイオウを必要とするまでもなく安定した精神を取り戻していた。
トウヤが仲間に向く。
「先代の意思に誓い、従う。ユズキを守るぞ。彼女こそが俺たちのリーダーだ」
皆が頷いたのを確認してキトに向き直る。
「タマオはいいのか?」
「そもそも、あいつは別種族だ。奴に断片的な記憶などない」
「それで、今後どうするつもりなんだ? お前がいればユズキは安全だろう」
「…………やることがある」
トウヤは薄々勘づいていた。キトがここまで動くのはユズキのためであり、おそらくキトは――。
「……大切なんだな」
「俺の命よりも重い。ちなみにだが、ユズキには鬼のことを黙っていろ。あいつは何も知らない」
こうして、再出発を果たした威支。その頃、ユズキはナオトと再会していたのだった。




