最終話・【逸話】昔話
足の遅いイッセイをキトが背中に抱え、ユズキの腕の中には地面につきそうなくらい長い桜色の毛だまりが抱かれている。
その後ろからは、蛍と、蛍率いる精鋭部隊が追いかけてきていた。行く手を重度に塞がれてしまい、精鋭部隊は急ブレーキをかけて、すぐに距離を置く。
蛍が叫んだ。
「貴様ら、オウガ様を裏切ったな!?」
半獣化したイザナが答える。
「……男なら、一度くらい英雄に憧れるものだ」
「ソレを奪ったところで何も変わらんぞ!!」
「かもしれん。しかし、彼女が手にした時点でアレはもう威支のものだ。去れ、愚かなる混血者よ。神の裁きを受けたくはないだろう?」
「何を言っているのだ……」
「オウガに聞くがいい。あやつなら知っているだろう」
ぞろぞろと集まる重度に、蛍一行は王家へ引き返す他なくなった。
「王に伝えろ。歴史は動き出した、と」
「――っ、許さんぞっ……」
❖
桜色の毛だまりが、隠れ家の洞窟にある岩場で小さく左右に揺れている。そうして、興味津々で観察するコウマとハクマへ静かに言葉を紡いでいた。
「誰も知らぬ、とある時代の物語じゃ」
獣がいて、妖がいて、人間がいる。そんな世界があった。この世界では、これらすべてをまとめ〝獣妖人〟と呼んでいた。
ある時、獣は言った。
『リーダーの素質とは強さではない、寛大さだ』
妖は言った。
「強さがすべてだ。どんな者でも従える強さがあってこそ、リーダーと呼べる」
人間は言った。
「平等であるべきだ」
そんな話を隣で聞いていた鬼は、鼻で笑い、静かな声でこう言った。
「興味がない」
それぞれの生き方があり、その分だけの物語を生んだ彼らは、のちに争い始めた。
そして、獣は言った。
『裏切り者め』
妖は言った。
「人間の長は化け物だ」
人は言った。
「今こそ団結するときだ」
鬼は言った。
「興味がない」
この戦に参戦なかったのは鬼だけだった。
妖と人は言った。
「この世に平和を……」
多くの命が死に絶えたが、純粋な涙を流したのは1人の女だけである。
そして、その者は英雄となり、世界の秩序は乱れた。
「神は嘆き苦しんだ。そして、人間を恨み、仲間を恨んだ。憎悪にまみれた神は、自身の憎悪で身を滅ぼした、とな」
「それで、神様代行にラヅキが選ばれたってこと?」
ハクマの問いかけに毛だまりの揺れが止まる。
「…………お主、ラヅキを知っておるのか?」
「うん、ユズキのお父さんなんだ」
「ユズキ……?」
毛だまりが縦に伸びる。その動きは生き物が立ち上がったようにも見える。1メートルないほどの大きさだ。
「お主、今ユズキと申したのか?」
「そうだけど」
毛だまりを掻き分けて、隙間から顔を見せた生き物に、コウマとハクマの肩がびくりと跳ね上がる。
顔は猫なのに、毛を掻き分けた手は別の生き物ではないか。
「ユズキが帰ってきた……。大変じゃ……大変じゃ、大変じゃぞ!!!! ユズキはどこにおるのだ!?」
何をそんなに慌てふためいているのか、生き物は自分の毛に躓いて岩場を転げ落ちていった。
「彼女との約束を果たさねばっ……」
「誰のことだよ」
「オウスイじゃ!!」
「オウスイって……。昔話の人じゃん。それに、ユズキなら畑にいると思うけど、今は話しかけない方がいいと思うぜ? タマオに怒られないように静かにやらせてくれって追い払われるのがおちだ。キレたら口うるさいんだよなぁ、ユズキって」
「この馬鹿もん、なにを無礼を申すか!! ユズキが何者なのかわかっておらんようじゃな」
毛だまりを引きずりながら外へ向かう生き物は、最後にハクマへ告げた。
「後に、世界中の生き物はユズキに跪くことになるぞ」
「なんで?」
「ユズキはオウスイの愛娘だからじゃ」
隠れ家にぴりっとした空気が蔓延る。各々自由に動いていた他の重度の手や足が止まり、全員の腕に鳥肌がたっていた。
そこへキトが現れた。毛だまりを掴み上げる。
「余計なことを口走るな」
「お主はっ……。鬼はとうの昔に滅びたはずじゃぞ!?」
「いるさ。俺を含め、三体だけだがな。お前は鬼がどういう生き物か知っているようだ。ならば、忠告は一度しかしない」
キトが毛だまり――、生き物の髪の毛を掻き上げて黄色の瞳を自身の赤目で捕らえた。
「ユズキに〝真実〟を語るな。今はまだその時期ではない」
そして、重度を見渡す。
「お前達もだ。死ぬ気で口を閉じていろ。言っておくが、ナオトに話すのもダメだ。心の奥に封じ込めておけ」
生き物へ視線を戻す。
「わかったな?」
「しょ、承知した……」
その頃、ユズキはというと、タマオの指示のもと野菜を丁寧に優しく、尚且つ慎重に引っこ抜いていた。あまりの雑さ加減にタマオの監視下におかれているのだ。
「いつになったら覚えるんですか?」
「お前が几帳面すぎるだけだ」
「皆さんの貴重な食料なんです。心を込めて接して下さい」
「……野菜にか?」
「ええ」
にっこりと口に三日月を描くも、タマオの目は笑っていない。
何も知らないユズキは、ただ一生懸命に野菜と向き合うのであった。




