第15話・最弱の新たな決意
「ガキのくせに、やつれてんじゃないよ、まったく。うちらにも、あの男にも、海賊にも謝る必要はないんだ」
「――っ、でも……」
「あんたの気持ちは痛いほどわかる。しつこい油汚れみたいに瞼の裏にこびりついてるんだろう? だが、それは今は忘れてくれ。うちらが北闇に来たのは、あの男について情報を得たからだ。あいつはとんでもない奴で、そもそも東昇の国民ではなかった」
俺に代わって、赤坂隊長が話す。
「青島さんからも報告は受けていますが、ただの海賊ではなかったということですか?」
「ああ。あんたらが帰った後、ビゼンからこんな話を聞かされた。ミツルを殺そうとしたあの男は、東昇に住む前は南光に住んでいて、混血者を相手に拷問を職としていた男だったそうだ。その残虐さに王家も黙ってはいられなかった。男は罰を受ける前に、何やら書類を持ち出して東昇へ逃亡したらしい」
「しかし、住むには国帝の許可が必要になります。身元を調べ上げられたはずですが……」
「ずる賢い男でね。門番に大金を払って国の南側に身を潜めていたそうだ。そこは本部からもっとも遠い場所で、農家が一軒と畑や牧場があるだけの広大な土地だ。闇影隊の目もほとんど届かない」
「なるほど、それが裏目にでたわけですか」
「大地震で土地ごといかれるとは誰も思わないさ。うちもその1人だ。当時、不法入国者がいるとのことで捜索任務に就いたうちは南側を請け負っていた。一度は蒼帝に差し出したんだけどね。混血者を相手にしていただけあって、抵抗は想像以上に激しかった。あいつはまた逃走を図ったが、そこにあの大地震がきたとういうわけさ」
「捜索対象は、死んだ男ですか?」
「そうだ」
それから、タカラはこう続けた。
「大地震の後、救出はないと悟ったのか、南光での行いを武勇伝のごとく話されたそうだ。その内容に恐れたビゼンは聞き流す他なかった。最近になって真実を打ち明けてくれたが、今でも恐ろしく思うそうだ」
赤坂隊長からこちらに視線を移したタカラに、背筋を伸ばして手に握る汗をさらに強く握る。
「あんたがやった事を見て初めは混乱したが、今思えば、あれは天罰だろう。正しい事をしたとは言えないが、王家が手を下したところで結果は同じだったはずだ」
「そうでしょうか……。俺にはわかりません」
「あんたがどう思おうと、うちは礼を言いたい。王家云々の前に、あの場にあんたらがいなくとも、事情を知ればうちが殺していた。忘れないでくれ、あんただけじゃないんだ」
テーブルに幾つもの涙が溢れ落ちた。肩の荷がおりたように緊張が解け、いつの間にか胸からはもやもやしていた雲が消えていた。
レンと同じことを口にしたタカラだが、レンの場合、人間に対する憎しみからのものだった。しかし、タカラは違う。あの男に俺が抱いた感情を自分も抱いたと、そう言ってくれたのだ。
何度も感謝の言葉を呟く俺に、タカラは手を伸ばして優しく頭を撫でてくれた。
「さっきも言ったが、あんたの気持ちは痛いほどわかる。だけど、その戦闘服は絶対に脱ぐんじゃないよ。うちはもう闇影隊じゃないが、代わりにあんたが人を救うんだ。うちとミツルが救われたようにね」
「はいっ……」
その後、赤坂隊長と共に正門までタカラとミツルを見送った。護衛はいらないと言っていたが、そもそも幽霊島に住んでいて、大蛇のせいで島から出られないと話していたはずが、いったいどうやって北闇まで来たのだろうか。
正門に向きながらそんな疑問を抱いていると、場の空気にそぐわない、無邪気さふがわりと散るような屈託のない笑みを浮かべている赤坂隊長に顔を覗かれた。
「な、なんですか?」
「ユズキちゃんのことなんだけどさ」
民家が並ぶ方へ歩みを進めながら赤坂隊長の隣を歩き、そういえば変態だったと思い出す。
「あれってどういう訳なのよ」
「意味がわからないんですけど……」
「家族だったら……って話し。ユズキちゃんから聞かされた時の俺の気持ち、知りたい?」
本人いわく、ユズキは照れ屋さんで、妹として接すれば接するほどに毒舌を吐かれたが、俺との会話を聞かされた時は毒舌を吐いたどころか「嬉しかった」と話していたそうだ。
「この差はなんなのよ」
「年の差……ですかね?」
俺の言葉にあからさまに落ち込む赤坂隊長の足取りは重くなり、まるで絶望に引きずり込まれているかのようだった。
それよりも気になるのは、幽霊島の件になぜ赤坂隊長が出てきたのか、そこだ。察したのか、赤坂隊長は口元に笑みを浮かべた。
「俺が家に来た時から色々と疑問に思っているようだけど、答えを知りたい?」
「教えてください」
「セメルさんに引き取られるまで護衛するのが任務だったから。つまり、青島隊長よりも俺の方が詳しいってことかな。ナオト、お前の成長は俺の喜びでもある。お前がどこまで伸びるのか、ちゃんとこの目で見届けてやるから」
「え……?」
「じゃ、俺は帰るよ」
手を振って去って行く赤坂隊長の背中に、俺は慌てて大きな声で言葉をぶつけた。上級試験に参加すると伝え、深く頭を下げる。
記憶を掘り返すも、本部で暮らしていた頃、近くに赤坂隊長がいたことは全く思い出せなかった。転生や、その直後の大地震、復興作業。どれも気移りすることばかりで気がつかなかった可能性もあるが、とにかく驚きを隠せずにいる。
父さんは言っていた。
ヒロトは誘拐されたが、3歳まで本部で育った俺は、タモン様や闇影隊が近くにいたから身に危険が及ぶことはなかった、と。闇影隊とは、きっと赤坂隊長のことだ。
家について、大きく息を吐き出し、何をするわけでもなくただリビングに立つ。全身から力を抜いて、俺はこの戦闘服に初めて手を通した夜を思い出していた。
あの時、俺は何の決意もなく真新しい戦闘服に身を包んだ。上着に手を通し、腰にポーチを装着して、ブーツを履く。ただ一連の動作を鏡の前で行っただけだった。
それでいて、国民を守りたくないと思っていた。何かあれば見殺しにすると、最悪な選択肢を用意するほどだ。
けれど、今は心の底から願う。俺は――。
(みんなを守りたい)
その日から、やがて行われる上級試験に向けて日々鍛錬に励み、もう二度と同じ過ちは繰り返さないと自分に誓ったのであった。




