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第13話・最弱、病の正体に突っ伏す

 後日、俺はツキヒメの家を訪ねた。玄関の前まで来たものの、何を話せばいいのかと悩んでいる最中である。かれこれ数時間も無駄にしたせいで夕方を迎えてしまった。


 ツキヒメと話すのは3年ぶりだ。緊張で手が震える。


 大きく息を吸って覚悟を決めた。ノックしようと折り曲げられた中指が扉に触れる寸前で、俺の額に扉の角が直撃した。




「いつっ……」

「ナ、ナオト!?」




 顔を出したのは、スウェット姿のツキヒメだ。一直線に切られていた前髪も、今では伸びていて耳に掛けられている。




「部屋着のまま出かけるつもりだったのか?」

「そ、そうよ。おかしいかしら?」

「着物じゃないんだって思っただけ。新鮮だな」

「あ、ありがとう……」




 重苦しい沈黙が続く。




「でっ、出かけるんだろ?」

「商店街に買い出しに行くだけよ」

「よし、荷物持ちは任せろ」

「えっ!? わわわわかったわ。着替えてくる!!」

「なんでだよ。そのままでいいじゃん。行こう」




 この空気から抜け出したくて、ツキヒメの腕を引っ張りながら足早に商店街を目指した。手が汗ばんで冷え切っている。ツキヒメに気づかれてなければいいけど。




「ナオト!! 通り過ぎたわ!!」

「あ、ごめん」




 慌てて腕を離す。急ぎすぎたみたいで彼女は肩で息をしていた。ふと、頭部に目がいった。俺が買ってあげた髪飾りがない。




「試験の時にね、壊れちゃったの。切り倒した木が当たっちゃって……」

「怪我は!?」

「平気よ。拾う暇もなくアマヨメが現れて、お仕置きだって怒っちゃって、後は見たまんまよ」

「それって……、閉じ込められていたやつ?」

「ええ。山を荒らした罰だって言ってた。それに、ハンターが近くに隠れていたみたいで、守ってくれたのよ。とはいっても、こればかりは私の勝手な思い込みかもしれないけど」




 アマヨメにとっては大きな出来事だったとしても、想像していた予想を遙かに下回った俺にとっては、それだけで――と全身から力が抜けるほどに小さい。


 尻を浮かせたままの体勢で座り込み、盛大に息を吐き出した。おかげで緊張も吹き飛んでいる。




「お仕置きにも限度があるだろ……。俺はてっきり、ツキヒメが殺されるんじゃないかって……。それくらいアマヨメを怒らせる何かがあったとばかり……」

「そのことなんだけど」




 人通りの多い商店街で座り込む俺とツキヒメ。周囲の目が注がれる。




「あなたたち双子を捜しているみたいだったわ」




 ツキヒメの声よりもさらに小さな声で尋ねる。




「瞳を狙っているのか?」

「わからない。だけど、ナオトは生きてる。タモン様にはもう報告しているわ」

「ありがとう。今度タモン様と話してみる。にしてもさ……」




 なんだか笑いが込みあげてきた。




「なんでこんなところで座り込んで話してるんだろうな、俺たち」

「ご、ごめんね!! 病み上がりなのに、私ったらまた……」

「いいんじゃない。俺は楽しいよ」




 うん、すごく楽しい。任務を忘れるくらいに俺はこの雰囲気に浸っている。




「買っておいでよ。ここで待ってるから」

「ナオト……?」

「ん?」

「何かあったの?」

「特になにもないけど……」

「どうしてそんなに優しく笑うのよ」

「え?」

「突き放さないの?」

「俺が?」

「な、なんでもないわ!! 行ってくる!!」




 ツキヒメが店に入っていくのを見送りながら、これまでのことを思い起こす。


 そうして頭を抱えて、髪の毛をこれでもかと掻き乱した。




(最低だな、俺……)




 ツキヒメの口の悪さは天野家の長女という、いわばブランド名を背負う身だからこそのものだ。今だからこそ彼女を理解できるけど、これまでの俺はきっとたくさんツキヒメを傷つけた。




(突き放さないの、か……)




 ツキヒメの買い物は長い。その間に、自分の用事を済ませるため商店街を急ぎ足で歩く。


 本気で守ると決めたから、あの日、俺はツキヒメにそう告げた。だけど、態度はどうだっただろうか。結局俺はツキヒメに不安を抱かせただけじゃないか。


 用事を終わらせて店の前で待った。ツキヒメの両手にはいくつもの袋がぶら下がっている。




「買いダメ?」

「うん。この服、前にナオトと商店街に来た時に買った物なんだけど、選んで正解だったわ」

「みたいだね。俺が持つよ」




 空を仰ぐと、薄らと三日月が滲んで見えている。玄関の前で無駄にした時間を、なぜだか俺は後悔しながら三日月を眺めていた。


 ツキヒメの家にお邪魔して荷物を片付ける。あっという間に冷蔵庫はいっぱいになった。




「これでよし、と」

「助かったわ」

「俺の弁当の分もあるんだろ? ごめんな」

「や、やめてよね。私が勝手にやってるんだから」




 女の子の家に長居するわけにはいかない。一言お礼を伝えて俺は帰ることにした。




「あ、これ。ツキヒメに」




 壊れた髪飾りと同じ物をポケットから取り出す。




「どうして……?」

「これくらい、何度でも買ってあげる。じゃあ、また」

「待って」




 去り際に髪飾りを手渡そうとした俺の腕をツキヒメが掴んだ。その瞬間、鼓膜を突き破りそうな勢いでどくんと心臓が高鳴った。それも一回だけじゃない。ずっと、ずっと、自分の心臓の音が聞こえている。


 腕を掴んだ動作で、落ちてきた髪の毛を耳に引っかけ直すツキヒメ。その仕草を見ていると、今度は頬が熱くなっていくのを感じた。同時に、掴まれている腕が痺れているような感覚に陥り、それどころか俺は「帰りたくない」と無意識にそう思っていた。




「私を守る必要なんてないから、仲間の心配をして。敵はいつ動き出すかわからないわ。その時、ナオトの背中を守ってくれるのは、私じゃなくて仲間なの」

「…………そうだけど、違う」




 ツキヒメの腕を握る。




「どう伝えたらいいのか、まだ言葉が見つからないけど……」




 彼女の丸くて潤いのある瞳と、俺の瞳が合う。




「ツキヒメを守る」




 髪飾りをツキヒメの頭につけた。月光花の白い花びらが、ツキヒメの漆黒の髪のおかげでより一層その輝きと美しさを増している。




「絶対に守るから。ってか、突き放すなよ」




 別に仕返しのつもりじゃないけど、そう言って意地悪っぽく笑ってやれば、ツキヒメは耳を真っ赤に染めた。




「ま、前髪があったほうが良かったわ!! おおおおやすみ!!」




 風圧がくるほど強く扉を閉められる。笑いを噛み殺してアパートを後にしたのだった。


 夜風に吹かれながら、のんびりと帰路を行く。清々しい夜を迎えた空と同じように、俺の胸の中にあった悶々とした気持ち悪いものも消えている。そうして、親睦会の時にヒロトが教えてくれた、ある言葉を思い出していた。




(格好良く見せたくなる、守ってあげたくなる……か)




 玄関の扉を開けて靴を脱ぐ。居間からヒロトが顔を覗かせて「おかえり」と声を投げてきた。




「飯、できてるぜ」

「ありがとう」




 俺を待っていたようで、箸を握るやいなやヒロトは大口の中へどんどん放り込んでいった。




「あのさ……」

「んー?」

「俺、多分ツキヒメが好きだ」




 多分? もう誤魔化しようがないのに、俺は何を言ってるんだ。




「ってか、本気で好きなんだ」




 箸を落とすヒロト。意味を理解すると、夕ご飯を盛大に口から吹き出した。




「きったねえ!!!!」

「おかずにならねえ話題をぶち込んできたのはナオトだろ!! つーか、マジかよ!!」

「マジだよ!!」




 先程、ツキヒメと会話した時の自分の発言を思い出してテーブルに突っ伏した。


 ド陰キャで、千切れかけの金魚の糞と呼ばれ、散々陰口を叩かれてきたこの俺がだ。世界一美しいと称賛されたマナヒメの娘、ツキヒメに髪飾りを渡した挙げ句、本音ではあるが顔に似合わない台詞をつらつらと吐いてしまった。


 なにはともあれ、ヒロトの言う通りだ。




「あー……、めっちゃ恥ずかしい……」

「こ、今度はなんだよ」

「守るからとか、突き放すなとか……。俺、何言ってんだろうなぁあ!!!!」




 直面できない現実に思わず大声が出てしまった。





「ぶっは!! マジで言ったのか!?」




 ヒロトと目が合うと、頬がゆるゆるになるくらいに同時にニヤけた。


 ヒロトが箸で俺の鼻先を突く。




「それが恋ってやつですねー。弟よ」

「恋しちゃったみたいですわー。兄よ」




 イオリとイツキは気づいていたのだろう。話したらどんな反応をするのだろうか。


 その日の夜、思い出しては赤面を繰り返した俺は、まったく寝付けずに朝を迎えたのだった。

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