第12話・最弱とツキヒメの覚悟
意識を取り戻した時には、俺は迷界の森にいなかった。見覚えのある天井に医薬品の臭い。薄い上掛けを着ているところから察するに、ここは病院だ。
側には、床頭台にもたれ掛かるイツキがいる。
「おはよう、ナオト」
「……はよ」
左腕には点滴、右腕にはギブス、首には包帯が巻かれている。シュエンと戦った時ですらこんな重傷を負わなかったのに。妖の力は重度よりも凄まじい。
「ツキヒメは?」
「無事だよ。ちゃんと返してくれた」
「勝ったのか?」
「ううん、ボロ負け。ナオトほど大怪我した人はいないけどね。ツキヒメのおかげかな」
俺はゆっくりと意識を手放したような感覚だったけど、イツキ達から見た光景は、首をへし折られたかのような落ち方をしていたそうだ。誰もが死んだと思ったらしい。
これだけではない。
「彼女、イオリの頭を打ち抜いたんだ。ヒロトの射弾速峰にそっくりな技でね。冷気をこう……ズバーンって感じ」
イツキによると、おそらく試験の一部始終を観察していたのだろうとのことだった。各々の技を冷気に置き換えて自分の物にしている可能性がある、と。
「実際に、ソウジの壊柱撃で雪柱も作っていたし、カナデちゃんの見えない防御みたいなのも冷気で再現していた。だから俺はあえて何もしなかったんだけどさ。とうとう最後の1人になっちゃって、そこにタイミング良く現れたのがツキヒメ。止めてくれたんだ」
「話が通じる相手には見えなかったけど……」
「女の子に傷はつけられないって、アマヨメは攻撃をやめてくれたよ。まあ、それも見せかけで、俺も気絶させられちゃったんだけどね。アマヨメがどこに向かったのか、目撃者は1人もいない」
妖の討伐に成功した例がないのは、明確な隠れ場所が不明だからだろう。
それにしても、前総司令官だった爺ちゃんはどうやってアマヨメと交流をしていたんだ? 接触の方法は? そもそも会っていた理由は?
(本当に謎だらけの人だな)
爺ちゃんだけじゃない。父さんもそうだ。2人はどうして何も教えてくれないのだろうか。
「とまあ、みんな無事なんだけど。……ごめんね」
「なんで謝るんだ?」
「1位になれなかった」
全員が気絶させられ、後からやって来た受験生が保護してくれたらしい。何よりも先にツキヒメの保護だ。状況を理解した赤坂班が迅速に行動し、今に至る。
つまり、先にツキヒメに触れたのは赤坂班。続いて、青島班、黄瀬班。
「青島班の誰がタッチしたんだ?」
「ツキヒメがナオトに触れたんだ。だいぶ取り乱していたみたい。動けるなら会ってきたら?」
「内通者に知られたくないんだ。これ以上、何も奪われたくない。俺が話す人の中で、ツキヒメは唯一人間だからさ」
「話す人……ね」
もう帰るようだ。椅子から立ち上がって背伸びをしている。
「確かに、俺達ならある程度の事を対処できるかもしれない。でも、ツキヒメだって弱くないよ」
「桜姫でどうやって戦うんだよ」
「彼女はもう戦っている」
扉に向かいながら言葉を紡ぐ。
「ツキヒメが桜姫を開発して、みんな手を叩いて喜んでいるけど、肝心なことを理解していない。多分、ほとんどの人は、ツキヒメが桜姫の特許を得ていることが何を意味するのか考えたことすらないんじゃないかな。他国は横に置いておくとしても、月夜の惨劇を目撃した闇影隊は、誰よりも彼女の覚悟に深く頭を下げなきゃいけないのにね」
言い終えて、イツキは少しだけ扉を開いてから俺に振り返った。
「桜姫は対ハンター・グリード用の武器で、これをツキヒメが開発したのは周知の事実。それでいて、グリードはテンリに従って動いていた」
ごくりと生唾を飲み込む。
「テンリも……知っている……」
「そういうこと。実際に、呪われた双子って噂のせいでナオトの存在が重度に知れたのと同じで、噂は必ず敵の耳に入っている。ツキヒメはそれを承知の上で開発したんだ。だから、ナオト。ツキヒメに会ってきなよ。……守るんでしょ?」
「――っ……、当たり前だ」
薄らと軟らかい笑みを浮かべてイツキは帰って行った。




