第11話・最弱、妖に敗れる
紫色の炎は氷の箱を溶かせるようだ。手をついた場所から見る見るうちに溶けていき、楕円形の入口が出来た。闇影隊は出てこようとしない。
「た、頼む。殺さないでくれ……」
「慈悲を乞う立場にあると思っているんですか? 俺が求めているのは説明です」
彼が怯えれば怯えるほどに怒りが増していく。ツキヒメの方がよっぽど恐ろしい目に遭っているのに、どうしてこいつに恐れるだけの余裕があるのだろうか。
「は な せ」
ふと、我に返った。俺、何を言ってるんだ。
「すいません。説明して下さい」
これじゃあ、テンリと同じじゃないか。最悪だ。
「試験を盛り上げようと思って、ちょっとしたトラップを仕掛けようとしたんだ。すぐに見抜けるような簡単なやつさ……。それっぽく演出するために、木々を切り倒していた。アマヨメは、そこへ現れた……」
「本当にそれだけですか?」
「ほ、本当だ!! こちらからは攻撃していないし、彼女の怒りに触れるようなことは一切やっていない!!」
他の闇影隊も激しく同意している。
この流れの何処かに原因はあるはずなんだけど、いまいちピンとくるものがない。
「もっとよく思い出してください」
「少し時間をくれ……」
そんな暇などあるものか――。すでに沸点に達しそうだ。怒りと同時に紫色の炎がどんどん俺の身体を蝕んでいく。アマヨメが現れたのはそんな時だった。
音も気配もなく、彼女は突如として俺の目の前に姿を現した。血の通っていない青白い肌に、白髪の長い髪の毛。年齢は成人したばかりくらいで、驚くことに半透明だ。
真っ白な着物に描かれる紫色の花。丸みをおびた星のような形をしている。確か、桔梗という花だったはずだ。
「森を殺す気かしら? 早く引っ込めなさい」
「自分でもやり方がわからなくて。それよりも、ツキヒメを返せ」
「炎のことじゃないわよ。怒りを鎮めなさい。そうすれば、炎は消えるわ」
人外認定の三種の内、一種。妖――。王家はなぜこの生き物を討伐対象にしたのだろうか。
雪のせいで気温の下がっていた地帯が、アマヨメが出現してから一層寒くなっていく。呼吸する度に口から白い息が湯気のようにたちこめ、風が吹くだけで肌が痛くなってきた。
アマヨメに一歩近づくだけで、全身が凍傷しているんじゃないかって思えるくらいに激痛が走る。
討伐? 不可能だ。近寄ることさえできないじゃないか。
(だから、総司令官は前もって忠告したのか……)
内容を一言でまとめるなら、〝何もするな〟という意味になる。なぜなら、勝てないからだ。だからこうして今まで野放しにされてきたし、イツキは精鋭部隊を頼るしか選択肢がなかったんだ。
その証拠に、応援に駆けつけた精鋭部隊が俺の後ろで待機している。冷気が見えない壁を作っているのだ。炎の性質を持たない彼らでは、なおさら接近することは不可能だろう。
だからって、俺は諦めない。怒りが引き金なら、この状況を利用して思う存分爆発するまでだ。
「ツキヒメを返さないなら、森が死んだって構わない。ついでにお前も倒してやる」
「あらやだ。私にしてはすごい下手に頼んだのに、通じなかったのね」
ついに紫色の炎が全身を覆い尽くした。冷気が遮断され微塵も寒さを感じなくなる。――いける。
足もとにある雪が瞬く間に溶けていく。アマヨメに向かって右腕を伸ばせば、走った炎が一本道を作り出した。
アマヨメは左右にジグザグと動いて、消えたり現れたりを繰り返しながら俺との距離を詰めた。
「お仕置きが必要ね、ナオト」
瞼を半分落として、上目遣いに睨み上げた瞳が俺を捉える。
「女に手を振り上げるなんて、言語道断。覚悟なさい」
「ツキヒメを浚うからだ。……彼女を返せっ!!」
衝撃砲をアマヨメの腹に放つ。だが、彼女は幽霊のような存在だ。技は身体を通過し、あろうことか闇影隊が捕らえられている箱に直撃してしまった。
紫色の炎が衝撃砲を型どり、どんな動きをしているのか把握できる。箱が粉砕しても勢いは落ちず、外界に晒された身体へもろにぶつかった。
口から泡を吹いて雪原に倒れ込む。
(やりずらいな)
この力に頼ってみたけど、完璧にコントロールできるわけではない。アマヨメの言葉を借りるなら、怒りを操れて初めて習得できるわけだが――。なにせ、俺はまだ安定剤である母さんを発見できていないのだ。
「炎・月姫乱脚!!」
もちろん、ウイヒメを喪った今の俺では、100%の力を発揮できるわけもなく。ましてや、この技は白炎だからこそ成せる技だ。
アマヨメの身体を捕獲しようとバク転から宙返りで接近を試みるも、安定していない技は隙しか生まなかった。
俺の影のように背後をとり、尋常ではない冷たさの腕で首を絞められる。
「絶対零度……。私自身にもダメージはあるけど、この炎を凌ぐにはこれしか方法がない。さて、根比べといきましょうか。あなたの首が落ちるのが先か、それとも私が燃え死ぬのが先か……」
背中を取られうつ伏せに転がる。その状態でアマヨメは自分の身体を凍らせていった。
「もう一つあったわ。押し潰されるわよ、ナオト」
突然、背中に巨大な岩でも置かれたみたいに重くなる。呼吸を奪われ、肋骨が嫌な音をたてた。
「ああああああああっ!!!!」
「早く怒りを鎮めなさい」
「ダメだっ……。ツキヒメをっ……ツキヒメを助けないとっ……」
「ただの人間じゃない」
「お前にとってはそうでも、俺にとっては違うっ!! わかったような口を利くな!! ――っ、がっ!?」
アマヨメは渾身の力で首を締め上げてきた。そして、俺の耳元に口を寄せる。
「まだまだだけど、今はその答えで許してあげるわ。ただし、お仕置きはするわよ」
一気に岩が3つ分くらいの重さになる。体内から、バキバキバキ!! との音が外に漏れて聞こえた。
「……眠りなさい」
朦朧とする意識の中で、半獣化したイオリが怒鳴りながら走ってくるのが見えた。




