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第7話・最弱、ツキヒメの思いに応える

 青島隊長にとっての挨拶とは、相手の歴史を知ることもその一部なんだそうだ。


 使用人を待ちきれず、調理場から追加の肉団子を持ってきたコロスケにこんなことを問いかけた。




「赤熊家は、古くからクマと共に時代を生き抜いてきた一族だとお聞きしております。今でも伝統を受け継いでおられるのですか?」



 

 ほとんどノンストップで食べていたコロスケの手が止まる。青島隊長の質問がとても嬉しかったようだ。なるほど――、と俺は社会見学でもしているかのような気持ちで聞いていた。




「もちろんだよ。20歳になったとき、神聖な儀式が執り行われる。我が国はクマの生息率が高く、その中の長と一対一で戦い、互いの力を示し合う。そうして共存するのだ」

「なんとも想像しがたい一戦……。是非ともお目にかかりたいものです」

「はっはっは!! 我が息子が20歳を迎えれば……と言いたいところだが。まだ11歳だからいいものの、あれではな……」




 息子に視線を向けて言葉を紡ぐ。




「ご覧の通り、今は病んでいる。食で誤魔化そうと必死になるほどに……」




 実際のところ、9年後に控える儀式に国民の意識は向いていないそうだ。息子の体型もそうだけど、まるでやる気のない姿勢に、当主を引き継がせるべきではないとの声も上がっているらしい。




「なにかあったのですか?」

「片思いの相手をなくした。この世にはごまんと女はいるのに、あの子は全てを虫して夢中になっていた」




 コロスケの奥さんが隣に腰を下ろした。名をテンリンというそうだ。コロスケを何周りも小さくした華奢な体型に、童顔な顔。栄養たっぷりの肉団子を開発したのは彼女だ。




「儀式は大切だけど、あの子の気持ちも大切よ」

「しかしだな……」

「もう、あなただってこんなにデップリじゃない」




 言いながら、コロスケの腹の肉をつまむ。すると、コロスケは懐から一枚の写真を撮りだした。




「こんな時代もあったんだぞ」

「見飽きたわ」




 そこにはムキムキのコロスケの姿が映し出されていた。空手家みたいな胴着がとても似合っている。




「今が大事なの。もう少し待ってあげて。国民にもそう言い聞かせて」




 もう行ってしまうようだ。ついでに追加の肉団子を置いていき、息子へ歩みを進めた。




「コン、そろそろ寝なさい」

「…………」




 返事はない。立ち上がって重たい足を引きずるように部屋を出て行った。一方で、箸を落としてしまうくらいに、俺は彼が出て行った先を凝視していた。




(赤熊……コン……)




 ウイヒメに手紙を送っていた張本人ではないか。




「ご馳走様でした。失礼します」




 彼の後を追いかけた。


 使用人に聞いて回りながらコンの部屋を訪れた。部屋――というよりは、屋根裏だ。ウイヒメが死んでから、ここに引きこもっているらしい。ご飯と風呂以外は出てこないと使用人が呆れた口調で話していた。


 屋根裏に通じる階段を上がり、静かに扉を押し上げる。中は薄暗く、蝋燭を一点に見つめながら彼は座っていた。


 壁にはウイヒメの写真がたくさん貼られている。力道に行ったことがあると話していた。その時に撮られたものだろう。コンの顔はどれも黒く塗りつぶされている。




「コン……」




 呼びかけても反応はない。


 しばらくコンの背中を見つめながら考えた。




(俺になにが出来るんだろう……)




 なんて声をかけるつもりだったんだ。救えませんでした。勝てませんでした。なにも出来ませんでした。そんなことを伝えたところで傷を癒やせるわけじゃない。むしろ、塩を塗るようなものではないだろうか。


 コンがウイヒメにべた惚れだったことは、ウイヒメ宛に送られてきた手紙や写真を見てわかっている。当時はまだ幼くたって、その時の気持ちは本物なのだ。ならば、誤魔化してはいけない。例えそれがどでかい塩の塊だとしても――。


 意を決して、〝真実〟を告げる。




「ウイヒメのこと……」




 コンが振り返る。




「俺が……、俺が側にいた。小さな手で俺の上着を握りしめて、死にたくないって。でも、助けてあげられなかった。俺が弱かったから……」




 瞳が揺れ動く。手をついて身体をこちらに向けると床がギシギシと音を立てた。




「ウイヒメを殺したのは、俺も同然だ」




 巨大な丸太が突っ込んでくるかの如く、コンが体当たりしてきた。屋根裏の扉が壊れ、2人揃って廊下に落ちる。馬乗りになったコンは俺の上着を締め上げた。




「ごめん……」

「だーまーれーっ!!!!」




 泣きながら激しく揺さぶる。




「本当に……ごめん……」

「うるさいっ!! うるさいうるさいうるさい!!!!」




 怒鳴り声に使用人がわんさかと駆けつけた。こちらに来ないよう手で合図を送り、しっかりとコンの瞳を見据える。




「わざわざ俺に相談しに北闇まで来た。コンの手紙、ちゃんと悩んでいたよ」

「ウソだぁ……、やめろよ……、やめてくれよぉ……」




 握りしめたまま、コンは俯いた。




「俺を見ろ!!!!」

「――っ……」

「目を背けるな」




 コンの手を俺の手を重ねて、コンよりも力強く握る。




「ウイヒメのためにももう泣くな!! いつまでたっても天国にいけないぞ!!」




 俺の瞳もじんわりと熱くなる。なぜあの時ツキヒメがそう言ったのか、今になってわかった。きっと、俺もコンと同じように弱々しく情けない顔をしていたのだろう。こちらが思いっきり背中を叩きたくなるような、そんな瞳でツキヒメを見ていたのかもしれない。




「敵は、この世で一番凶悪な生き物だ。闇影隊が束で挑んでも勝てないかもしれない。だから、お前も強くなれ。手を貸してくれ。一緒に戦ってくれ……。当主になってみせろよ」




 じんわりと口内に苦みが広がる。


 なにが「絶対に守るから」だ。こんな顔で、こんな威勢で、俺はいったい誰を守るつもりだったんだ。




「俺はもっともっと強くなるぞ。絶対にアイツを……、テンリを許さない」

「テンリ……?」

「敵の名前だ。忘れるな」




 コンの手から力が抜けていく。伝える内容をまとめずに話したものだから、コンに伝わっているかはわからない。だけど、戦ってほしいのは本音だ。


 最後に、俺はもう一度謝った。

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