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【逸話】毒舌少女と玉なしイケメン

 これは、ユズキとイツキが鍛錬場を出てすぐのお話である。







 それは、突然のことだった。


 執務室にはタモンとイツキがいる。ユズキは2人の間に挟まれるような形で、正座をしながら握り拳を作っていた。


 タモンは呆れた顔、イツキは頭を抱え込んでため息ばかりだ。


 そして、ユズキの背後には、股の間に両手を挟みながら横たわる残念な男が1人。




「僕は被害者だ!!」




 ユズキの怒鳴り声に、顔を見合わせたタモンとイツキはため息をぶつけたのだった。


 遡ること、数時間前。


 荷解きが終わり、ユズキは鈍った体を動かそうと、イツキを相手に体術で手合わせをしていた。




「よし、一度休憩しよう」




 朝から昼までぶっ通しで行われた手合わせに、崩れるように座り込むユズキ。水筒の中の水を一気に飲み干して、すぐに狼尖刀の手入れを始める。




「肩が開きすぎかな。当てにいくより、隙を見つけることから始めたほうがいい。でも、さっきの下からの攻めはタイミングが良かった。あとは、背中が空くことが多すぎるから、後方の修行もやろう。前方に関しては上出来だし、スピードも上がってる」




 イツキのアドバイスは的確だった。良し悪しをちゃんと言ってくれるし、何より指導が上手い。ユズキはイツキの言葉をどんどん飲み込んでいった。


 狼尖刀の手入れが終わり、疲れ果てた身体で立ち上がろうとする。すると、体重をかけた手に痛みが走りユズキが眉を寄せた。親指の爪がたて半分に裂けている。




「見せて」




 そう言い、イツキが近寄った瞬間だった。突然、地面が盛り上がり、中からゾンビの如く人が現れたではないか。




「なんだ!?」




 ユズキを脇に抱えたイツキは、その場からサッと離れた。


 地面の中から現れたのは、やや痩せ型の体型に筋肉を乗せた男だ。さらには口布で顔が半分見えていないときた。


 そいつと目が合うと、ユズキの背筋に冷たいものが流れた。




(そんな小細工で……隠しているつもりなのか……)




 焦げ茶の髪からポロポロと落ちてくる土。頭を振って、男はまたユズキを見た。




「赤坂……。何か用か?」

「もうバレたの。……いやーね、指、大丈夫かなと思って」

「へ、平気だ!!」

「そんなわけないでしょ。見せてごらん」

「やめろ! ぼっ、僕に近寄るな!!」




 地面から現れたのは赤坂キョウスケだった。


 いつもなら――。いや、いつもの赤坂ならば、ユズキは毒舌を屈指して彼を撃退していた。決して人前では見せない、甘えた声にだらしのない顔を完膚なきまでに叩きのめすこともあった。


 しかしそれは、一時の戯れのようなものだった。


 普段の赤坂は、いわゆるイケメンキャラで国を歩いているような男だ。国に住む女がそういう眼差しを向けるのだから、自然とそうなってしまった。けれど、鍛錬場にいるときだけは女の目が一つもない。ましてや妹のように可愛がっているユズキを独り占め状態だ。彼は好き放題に暴走していた。


 だが、無情にも、国帝が鍛錬場から解放してしまった。赤坂の落ち込み様は、国中で「失恋した」と噂が流れるほどに酷い有様だった。ユズキ自身、赤坂のふざけた態度も今日までだと、新しい家に住み始めてからそう思っていた。


――甘かった。




(だめだ、この男は危ない。僕の第六感がそう告げている)




 ユズキの足が、じりじりと後退していく。




「傷の手当てついでに、美味しいものでも」「くっ、来るなぁぁぁあああ!!」




 こうして、最初の逃走劇は幕を開けた。


 いつの間に面をつけたのか、完全に顔を隠してユズキを追いかける赤坂。はたから見れば、幼女を追いかける犯罪者だ。


 赤坂は人目を気にするに違いない。そう考えに至り、ユズキは人通りの多い商店街に逃げ込んだ。人混みに入りやっと立ち止まる。




「――っ、はぁぁぁ…、ここなら大丈」「見ぃつけた!!」




 ユズキを激愛しているのだ。見失うはずもなく。


 赤坂はユズキの手をギュッと握りしめた。面を少しだけずらして見下ろすように彼女を見つめる。影のかかった瞳はキラキラと輝いていた。




「俺の妹になってちょーだい!!」

「何度も言うが、断る」

「…………なってよ」



 

 開いた口が塞がらないとは、まさにこういうことを言うのだろう。この男、公衆の面前に晒されているというのに、毛ほども気にしていない。


 赤坂の歪んだ覚悟を、ユズキは全身で察知した。




「ひっ……ひぎゃぁぁぁああ!!」




 瞬く間に手を振りほどき、ある場所を目指してまた走る。それはもう死に物狂いだ。


 屋根を飛び移りながら移動する赤坂は、懲りずにまた話しかけてきた。




「ねえ、今すぐに返事してなんて言ってないよ? ただ、たまに抱き締めさせてくれれば、しばらくはそれで我慢するからさ」




 屋根から飛び降りてユズキの行く道を塞ぐ。




(……でかいぞ、この男)




 そして、バッと腕を広げた。




「さあ!! ……さぁぁああ!!」




 そのままの格好で勢いよく追いかけてくる犯罪者に、ユズキはまた悲鳴をあげて逃げた。


 ユズキが目指した場所、そこは本部だった。


 受付人の制止を無視し、長い廊下を一気に駆ける。後ろを追いかけてくる足音を振りほどくかのように、執務室の扉を乱暴に開けた。そこにはタモンとイツキがいる。




「……おいおい、まさか本部に持ち込んだんじゃないだろうな?」

「タモン様に説明してたところだったんだ。平気?」

「退いてろ!!」




 2人の声に耳を傾けることなく、部屋の奥まで走り込んだユズキはすぐに踵を返した。姿勢を低くして赤坂を待つ。




「あいつは何をしてるんだ? イツキから聞いたが、さっぱりわからん」

「僕が聞きたいわ!!」




 腕でもいい、足でもいい、とりあえず赤坂の動きを止めるつもりだった。


 開いた扉の横から影が見えたのと同時に走り出す。




「ユズキちゃ………え?」




 ここからは、目に映るものすべてがスローモーションだ。


 執務室の奥から赤坂目がけて突進してくる小さな身体。まるで、ラグビー選手がタックルするような姿勢で猛烈なダッシュを決めている。


 つまり、ユズキは正面を見ていないのだ。赤坂の足もとだけを目視し、自分の頭がどこに向いているか気づいていない。


 赤坂のヘソより下にユズキの頭部がめり込んだ。




「やっ、やめ――っ!? ぎぃぃいやぁぁぁあああ!!」




 ユズキの背中に赤坂の上半身が倒れ込む。


 ここで、ユズキはようやく気づく。彼女は、赤坂を廊下の壁に押しあてるつもりでいたのだ。しかし、前のめりに倒れ込んだではないか。そう、ユズキは最も触れてはいけない急所に頭部をぶつけたのだ。もはや交通事故と同じ具合だろう。


 後ろを向いたイツキは、前屈みで壁をどんどんと叩いていた。




「イケメンが玉なしイケメンになったな。この愚か者め」

「とんでもない台詞をドヤ顔で吐くな、このクソガキ」

「…………人選ミスだぞ。監視するならもっとマシな奴を選べ」

「…………チッ」




 こうして、赤坂の暴走は止まったわけだが、終わりを告げたわけではない。


 数年後――。




「折れてよ、ユズキちゃん!!」

「黙れっ!! 今度は腕をへし折ってやる!!」




 追走劇と逃走劇はまたも行われた。


 ゲラゲラと笑いながら後を追うヒロトは、赤坂側につき言霊を発動。足もとをすくわれたユズキが転びながらも回避する。




「ハグさせてやれよ、ユズキ!!」

「この金髪デコハゲが!! 覚えておけ!!」

「ぎゃーはっはっは!! 焦ってやんの!!」




 前を向いて、ユズキは隠れて微笑んだ。




(そうか、打ち解けたか……)




 ナオトとヒロトの関係が崩れていないことに胸を撫で下ろし、そうして壁から外へ出る。




「ユズキ、またな!!」




 ナオトの声に手を振ることを忘れずに、再び赤坂から逃走するのであった。

次回投稿、4月1日。


ブクマと評価、ありがとうございます!!

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