第19話・最弱、紫炎に燃やされる
目じりを険しく吊り上げたソウジが半獣化した。ラリアットをきめるような型で俺の首に軽い攻撃を与えながら、そのままの勢いで窓を突き破って外に飛び出す。
「ヒロト、早く終わらせろ!! 方法はイオリに聞け!!」
普段よりも何倍も太くなったソウジの腕が、絶対に俺を放すまいと力を入れた。
「なんでだよ!! なんで俺が悪者みたいな扱いされなきゃいけないんだよ!!」
ソウジは答えなかった。引きずられながら、腕から逃れようと自己暗示や言霊をフル活用した。けれど、腕に深い傷を負おうがお構いなしにソウジは走り続ける。
拳で叩かれすぎでソウジの腕が腫れ上がってきた。念のために言っておくが、自己暗示のかかった拳だ。岩で殴られているのと同じ力が彼の腕に直撃している。
それでもソウジは意地と根性で足を動かした。どんどん本部から遠ざかっていく。
そうして放り投げられた場所は、狙ってのものなのかと腹が立つくらいにムカつく場所だ。
忘れもしない。ヒロトに全勝全敗した、俺達の決闘場。北闇国内の外れにある唯一の草原地帯。
「……落ち着いてくれ」
ソウジが半獣化を解く。そして、両手を挙げて降参の意を示した。
「俺は何もしない。だから、気を静めるんだ」
「こんな場所に連れてきておいて、何言ってんだよ!!」
「連れ出さなければ、貴様は室内にいた仲間を全員殺していた。貴様が落ち着いたら一緒に戻ろう。その時にヒロトから話しを聞けばいい」
「俺が殺すって……。ふざけるのもいい加減にしろよ……」
「いたって真面目だ。自分の身体を見てみろ」
足先から胸元、そして背中を覗き込む。俺の全身が怪しげに光っている。紫色に燃え上がっているではないか。
「なんだよ、この炎……」
赤でも白でもない。見たことのない火の性質がまとわりついている。
「前に話したはずだ。貴様の言霊は爆発的に威力を発揮し、勢いよく鎮火する、ってな。それは、貴様の精神が不安定だからだ。ウイヒメが安定剤だろうと、異世界の人間だろうと、そんなものは関係がない。そもそも、双方の死は直結していない。それ以前から貴様は不安定だ」
ソウジが両手を下ろす。
「ユズキのもとへ行く前、貴様は過去に触れた。原因があるとすれば、それくらいの時期を始めに、そこから遡った過去の数年間に原因が隠れているはずだ。俺が言うのもなんだが、きっと貴様に闇を生んだ根本的な物が潜んでいる。炎の引き金はそいつだ」
もう一度、その時の記憶を引っ張り出した。俺を追いかけてくるいじめっ子に、蔑み笑うソウジ。見て見ぬ振りをする大人や、フウカとイオリの姿。だけど、どれもしっくりこない。気がつけば俺は玄関に座り込んでいた。そして――。
(母さん……、どこにいるの?)
この瞬間に、炎はけたたましく燃え上がった。轟々と唸り、渦を巻きながら俺の身体を軸に回っている。まるで生きているみたいだ。
「母さんだ……」
「ならば、貴様の安定剤になり得る本当の人物は、母親だ。見つけない限り一生安定することはない」
「だけど、俺はヒロトが隠していたことに腹が立っただけで、別に皆に対して苛ついたわけじゃ……」
「ヒロトと母親を結ぶ何かがなかったか?」
「…………あ」
あった。トウヤと話した会話の中で、俺は母さんが金髪ではないと知った。今はボウキャク草のせいで聞く事はできないけど、ヒロトは知っていたはずだ。
俺はずっと、すれ違う人の髪や顔を見ながら俺達に似た顔を懸命に捜していた。今はまだ世界中を捜索できなくても、これくらいなら下級歩兵隊でもできると、国外任務を心待ちにしていた。
だけど、無意味だった。
テンリの出現ですっかり引っ込んでしまった怒り。だけど、言霊を開花していたと知って無意識に復活させてしまったのかもしれない。
理由はわかった。ここで問題が発生する。
「ぐっ……うっ……」
突然、ソウジが呻き声をあげて、右腕を抱くようにしながら膝を折った。
「どうしたんだ!?」
「俺の……腕が……燃えているっ……」
腫れている箇所で、紫色の炎が燃え上がる。土で擦ろうが、服で叩こうが、炎は一向に鎮火する気配を見せなかった。
治癒を繰り返しながら地獄を味わうソウジ。しかし、治癒能力は永遠に持続できるものではない。
「なんで消えないんだよっ……」
ジワジワとソウジの身体を蝕んでいく炎は、ついに右肩まで炎を走らせた。そこへ、あの鬼が現れた。ソウジの右腕を掴み、炎を食らう。人が食事しているのと同じで、もぐもぐと食っている。
「もう忘れたのか? 念、だ」
確かに、突然の出来事にソウジへ攻撃はしたけれど、まさかこんな事になるなんて。
「人が持つ内なる力や灯火は俺の好物だ。……殺意も、怒りも、悲しみも。そして、命も。総称して、魂と俺は呼ぶが、まあどうでもいい」
言いながら、鎮火したソウジの腕を離す。
「ともかく、これで最終段階の開花を終えたな」
「最終段階……?」
「詳しい話しはタモンに聞け。そこまで来ている」
振り返ると、各班の隊長と同期を連れてやって来るタモン様の姿があった。
「俺はまだ奴とは接触できん。発端を確かめる必要があるからな。そう伝えろ」
「は、はい……。あの、名前は?」
「キトだ。また会おう、小僧」
そうして、鬼はまた消えてしまった。
呆然とする俺のもとへ、ヒロトがスライディングで駆け込む。
「ごめん!! 本当にごめんなっ!!」
「え? あー……、もういいんだ」
「よくねえよ!! 全部話すから!! だから、もう離れようとするんじゃねえぞ!?」
「守らなきゃいけないから、だろ?」
今までにこんな高速で手の平同士を擦り合わせるヒロトを見た事があるだろうか。
いつも以上に暖まった手の平で俺の頬を軽く叩く。
「そういうこった」
こうして、ヒロトはタモン様の反対を押し切って、我が家に俺を連れて帰ったのだった。




