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第18話・最弱と鬼

 勘違いでなければ、俺の側で片膝をついているのは鬼だ。そいつは、自身の指を俺の額に向けて何かをしている。


 イオリやフウカの反応を見ると、あまり良いことだとは思えない。頬を引きつらせながら、マズい物でも食べたかのような顔でいる。


 殺されるのだろうか――。なんて思っていると、次第に白黒の景色に色がつき始めて、身体から痺れが遠のいていくのを感じた。




「もう起き上がれるだろう?」




 鬼の言う通り、身体が軽くなっている。ソウジが俺を庇うようにして間に入った。




「そう警戒するな。俺はユズキの友だ。今後、幾度となく会うことになるだろう」

「友達だと? 信用するには情報が足りん」

「そんなもの端っから求めていない。用があるのはナオトだ」




 そう言って、ソウジを退かす。鬼は俺の瞳をジッと見た。


 その目は、白目の部分が黒くて瞳が赤い恐ろしい目をしている。怖いのに、なぜだか目が逸らせず、赤い瞳の奥に吸い込まれそうになる。


 鬼はゆっくりと口を開いた。




「……島のこと、充分に苦しんだか?」




 そう問われ、俺は首を横に振った。


 あの男の苦しみや痛みはこんなものではないはずだ。


 痙攣し、皮膚は波打つようにうねり、両目が飛び散り、呼吸を遮断され、そして顔が破裂した。あの死に方に比べれば、たかが脳裏にこびりついた映像ごときで苦しんでいる俺なんて可愛いものだ。




「1つ、教えてやろう。念とは心の働きだ。それを力とし、言霊は発動する。お前はあの男にどんな感情を抱いた?」

「ミツルを殺せばよかったって聞いて、本気で殺してやろうって……」

「原理は先程説明したことと同じだ。殺意が原動力となり、抑え込んだはずの力はお前の意思を無視する結果となった。では、そもそも念とは、何を起因とするのか」




 昔話でしか見たことがないし、架空の生き物だと思っていたし、常に心に記憶されているような生き物でもない。それなのに、どうして鬼の言葉が胸に染みこんでいくのだろうか。




「わかりません……」

「相手を思いやる気持ちだ。お前がミツルを想って動いたのは紛れもない事実。そして、あいつが指名手配されていたことも、後に死刑に処されることが決定していたのも変えようのない事実だ。だからといって、この言葉がお前を楽にできるとは思っていない。きっと、これは欲している答えではないはずだからな」




 静かに鬼が話すのを待った。恐ろしい生き物を目の辺りにしているんだ。心臓が爆発してもおかしくはない。だけど、変だ。俺は今、眠りにつく前のように穏やかな気持ちでいる。




「ここで、ユズキからの伝言だ。……一般人としてではなく、隊の1人として裁きを下した。これが真実だ、だそうだ」




 いまだ警戒しているみんなと違って、俺は鬼がユズキの友達であることを信じた。なぜなら、鬼の喋り方がユズキと似ているからだ。




「はは……。ユズキなら絶対に〝よくやった〟だなんて言いませんもんね」

「その行為が褒められないことも、褒めたところで追い込むことも、あいつはわかっている。人を殺めて苦しんだ。その心があるだけマシだと思え。俺だったら、その優しさはいずれお前を殺す事になる、と咎めているところだ」

「……それでも、ありがとうございます。助かりました」

「いずれタカラとミツルが北闇を訪れる。礼を言うなら、あいつらに言ってやれ」




 どういう意味だろうか。真意を話すことなく、鬼はユマを抱えて北闇に歩みを進めた。


 心強い護衛にメンバーの足取りも軽くなる。そして、別れ間際で鬼は俺の耳元に口を寄せた。




「おそらく、これまで以上にお前をどん底に落とすような出来事が起きるはずだ。だが、ユズキの為にも負けるな。ここで折れるようならば、俺は二度とあいつと会わせないし、あいつの魂を持ってこの世界を去る。忘れるな」




 そう言って、鬼は消えた。




「何してんだよ! 早く医療室に戻るぞ!」

「今行く!」




 待ってくれていたイオリと一緒にソウジ達を追いかけた。


 医療室には待機していた皆が揃っていて、期待と不安の眼差しが向けられている。


 ユマを医療隊に預けて、俺とイオリはイッセイから貰った情報を話した。それからボウキャク草の絵が描かれた用紙を見せる。どこにでもあるような草ではなく、一目見ただけでわかるような形をしている。


 葉はどれも星の形をしていて、茎はジグザクに変形した草。それがボウキャク草だ。




「イッセイは、必ず身近にあるって言ってた。探そう」




 男子は男を、女子は女を。仕切りを置いて服を脱がせていく。




「あったわ!!」




 カナデが仕切りから手を覗かせた。ボウキャク草が握られている。


 俺達も発見した。タモン様は玄帝の刺繍がされた羽織の裏に、青島隊長はズボンの内側に、赤坂隊長は上着の袖の内側に。どれも見えにくい場所に貼りつけられている。


 問題は、これを凍らせることの出来る人物だ。父さんは牢屋で面会は禁止だし、そもそも水から氷へ性質変化させることが出来る者は少ない。




「俺はまだできない。ごめん」




 黄瀬隊長を横目にレンが謝る。


 となれば、精鋭部隊か誰か、とにかく資料を見つけるか何かしなければいけないわけだが。




「急がなきゃ、またテンリが来る可能性もあるっぴ。氷の性質の人、誰か心当たりないの?」




 すると、ここでケンタが手を挙げた。




「ボク、知ってるよ」




 フウカの前だからって格好つけるつもりなのか。ドヤ顔で身長の高いフウカを見上げている。




「知ってるなら早く教えてよね!! 死んだらどうすんのよ!!」

「ご、ごめんね!! ヒロト!! ヒロトが氷の性質!!」

「まーた適当なこと言ってるんじゃないよね?」

「フウカちゃんにそんなことしないよ。神霊湖で見たんだもん。巨犬と戦った時に言霊を使っていた」

「え? ヒロトはまだ言霊を使えないっぴ。……だよね?」




 事件解決を目前にしてボルテージの上がっていた室内が、途端に重苦しくなっていく。俺と目を合わせないようにする赤坂班。その態度が、ケンタの発言を裏付ける。




「……いつからだよ」




 俺の声は、より一層、部屋の空気を暗いものにした。

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