第17話・最弱、敵の名を知る
前に会ったときと同じく、フードで顔は見えない。だけど、マントに威支の文字はない。ユズキが話していた通り、別の組織だ。
奴の近くで、への字に曲がった立入禁止区域の看板に食い込むソウジがいる。それから、男の脇に抱えられたユマと、男と対峙するフウカとレン。
「やっと戻って来たか。暇つぶしにも飽きてきたところだったんだ。助かったよ」
そう言って、看板から脱出したソウジにユマを投げ飛ばした。看板が根っこから折れて、ユマを抱きかかえたまま吹っ飛ばされていくソウジ。
「余所見はいけない」
瞬く間に間合いを詰められ、俺の首を鷲づかみにした。その後ろで、フウカが半妖化する。ツインテールに結ばれた髪の毛が伸びて、まるで金色の毛をまとった虎のようになった。幾何学的な文字が虎独特の縞模様の代わりになっている。
「ほお、これは珍しい。虎のくせに、半獣人ではなく、半妖人なのか。ライマルと同じだ」
「だからなんだっぴ。あたしがキレる前にナオトを解放することをお勧めするよ。って言っても、聞くような相手じゃないよねー」
ピリピリと、あちらこちらで空気に電気が走るのを目視できた。一ヵ所に集結すると、電気の刃が男の腕を貫通する。強制的に開かれた手のおかげで首が解放され、同時に距離を置いた。
「包火!!」
白い炎が俺の右手を燃やす。その横で、今しがた戻って来たソウジも同様に自身の手を燃やした。
「俺の配下に傷を負わせた罪は重いぞ」
「勘違いされては困る。ただじゃれていただけだ」
イオリの後ろで横たわるユマに視線を向けて、背筋に冷たいものが流れた。
手足を全て折られているのだ。意識が戻った時の事など考えたくもないし、わざと殺さずにいるこいつはまさしくサイコパスだ。
「彼女が目覚めるまで遊ぶとするか。……獅子夜行」
真横に腕を伸ばし、て手の平を返しながら何もない空間を叩いた。大きな亀裂が走り、そこから何頭もの虎が現れる。その身体は透けていて、まるで幽霊を見ているような気分だ。
「……っと、俺としたことが。今日は名前を覚えてもらうついでに、貴様の友人の命を貰いにきたんだったな。俺の名はテンリ。以後お見知りおきを」
テンリが空間を叩いた手を下ろす。
「さあ、行け。奴らの生命力を食らうがいい」
虎が一斉に走り出した。
「ナオト、避けるっぴ!!」
フウカが俺を突き飛ばす。一瞬にしてこちらに移動してきた彼女の速さに驚いたが、獅子夜行と呼ばれた虎も負けていない。
虎に体重はないらしく、足を踏まれたフウカは平然と立っていた。しかし、踏まれた瞬間に半妖化を解かれてしまったではないか。
「最悪ぅー……。力が抜けるっぴ……」
多分、イツキの夢想縛りに似た言霊だ。だけど、それよりもたちが悪い。なぜなら、急ブレーキをかけた虎の足もとにある看板がみるみるうちに錆びていくからだ。この言霊は、あらゆる生命力を奪う。つまり――。
「全身を貫かれたら最期だ。ナオト、気をつけろ」
「わかってる」
立ち上がったフウカがもう一度半妖化する。
「今度は当たらないっぴ。ていうかー、一ヵ所に集まらなければいいんじゃない? 虎を分散させるとかー」
「奴の狙いはナオトだ。敵の思うように動いてどうする」
「えっ、そうなの!? あたしが考えすぎてただけじゃなかったんだ。ケンタのやつめー……。じゃあ、囮もダメってわけね。どうする?」
向かってきた虎を避けて、レンもこちらに合流する。
「ユマとイオリから遠ざける」
「ったく、ソウジ様々だね。それってつまり、テンリに突っ込めってことでしょ?」
「言霊を解くには敵にダメージを負わせるしかない。他に案があるなら言ってみろ、レン」
「逃げるって選択肢はないのかなーって思っただけ」
ソウジは冷静に虎の動きを観察していた。小声で伝えてきたのは、虎は小回りが利かず一直線にしか走れないこと、大きさが均等なので避けやすいこと。タイミングさえ合えば、テンリに接近できることなどだ。
しかし、テンリにも策はあるようで、こちらの意図を読んだのか自ら獅子夜行を解いた。
その瞬間に、警戒しながらも一斉にテンリに詰め寄った。近づいたところで展開し、テンリを囲む。ソウジが地面を拳で叩いたのと同時に、各々の言霊を唱えた。
「炎・衝撃砲!!」
「炎・壊柱撃!!」
「水・血千打界!!」
「虎雷・魑魅錯乱!!」
テンリの腹にクリーンヒットした衝撃砲。奴の背がくの字に曲がる。その姿勢のまま、ソウジの壊柱撃で巻き起こった火柱に燃やされ、さらにはレンの身体から滲み出てきた水と血の塊が針のようにして全身を貫いた。追い打ちをかけたのはフウカの言霊だ。
もはや虎なのかなんのか、そんな化け物じみた饅頭くらいの大きさの生き物が、電気を帯びながら甲高く「キヤアアアアア!!」と声を上げてテンリの身体に食らいつく。
テンリの身体から血しぶきがあがり、宙を舞った。そして、――喋った。
「……痒いな。こんなものか」
背筋を真っ直ぐに戻し、肩に食らいついている魑魅を指で弾く。
「電気といえば、俺にもこんな技がある」
手の平を空にかざすと、髪の毛がテンリの方に引っ張られた。身に覚えのある現象に、俺はソウジを背後にして後退した。
レンとフウカも見たのだろう。イオリの所まで走って、フウカがレンの背中にユマを乗せ、イオリを連れて走り出した。その後を俺達も追いかける。
「なぜ逃げる!?」
「赤坂班は大猿を追いかけたから見ていないだろうけど、あれはマズい!!」
「ナオトの言う通りだっぴ!! あたしらみんな黒焦げになるよ!!」
振り帰ると、ちょうどテンリが手を振りかざしたところだった。そして、聞こえてくる声。
「……雷・万矢鉄槌」
頭上を仰ぐ。――ダメだ、逃げ切れない。
同じく空を見上げたレンとフウカも、頬をピクピクと痙攣させながら青ざめている。
無数の雷の矢が空から降ってきた。俺は目を逸らさずに注視した。テンリは宣言した。俺の友人の命を貰う、と。落雷する方向がここら一帯なのか、それとも的を絞るのか。絶対に見逃さない。
思った通り、雷は落雷寸前で集結した。狙われたのはイオリだ。
自己暗示を両足にだけ集中させる。地面を強く蹴ってイオリに体当たりした。
「――っあああああああ!!!!」
何万ボルト直撃したのだろうか。身体が激しく地面をのたうち回り、目の前が白黒に点滅する。
奴が高らかに笑いながら歩み寄ってきた。
「まさか、貴様ごときに邪魔されるとはな。よりにもよって炎の性質。これくらいの雷では死なんだろう。しかし、動けまい」
俺を庇うように、みんなが立ちはだかった。
(ダメだ、逃げろ……)
痺れて声にならない。なんとかして伝えたくても、手も足も動かない。
その奥で、テンリがマントから片腕を覗かせたのが見えた。ウイヒメの時と同じだ。長くて鋭利な爪を一点に集中させ、槍のように構えている。
(やめてくれっ……)
俺はまた喪うのか? 目の前で、大切な人が、仲間が死んでいく姿を見送ることになるのか?
奴の歩みは速い。回復が間に合わない。
「そうだな、彼女だけは楽に死なせてやる。俺とお前の約束だ」
ユマの意識が戻っていないのは幸いなのか? いや、違う。みんな殺される。
「やめ……ろ……」
風にかき消されるくらい小さな声は、誰の耳にも届かなかった。
ただ1人を除いて――。
「ようやく姿を現したか」
聞き覚えのない声がした方に視線を動かした。白黒の光景でもわかる。
(なんだ、こいつっ……)
頭部から生えた二本の角に、着物姿。足もとから発生する霧は、まるで生きているみたいに迷わずにテンリを襲った。
「獄道光王刃」
霧の中から飛び出した光の刃には、釣り針でいう〝かえし〟がたくさんついている。それが放物線を描き、さらに回転しながらテンリの身体を貫通していく。
「ぐああああああ!!!!」
あんなのを食らえば、内臓を抉られてしまう。
今度は痒いでは済まされなかったようで、テンリが飛躍しながら後退した。
「貴様はっ……。くそっ!!」
あのテンリが逃げていく。
この生き物は、いったい――。




