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第15話・最弱、重度に土下座する

 あの時のことを話してみたけど、やはり誰も覚えていなかった。


 重い空気を裂くように口を開いたのはレンだ。




「ほんと、言い訳にしかならないけどさ。あの日って、ソウジが賊に浚われた日だと思うんだ。俺達にとっては大事件で、そっちの方が色濃く残っているっていうか……」

「あたしは思い出したよ」




 目を伏せたまま、フウカが俺に歩み寄る。そして、手を握ってきた。




「……助けてって言ってたよね。あたしは混血者だけど、でもやっぱり怖いんだっぴ。いくら相手が人間でも、男の子3人に勝てるわけがないって、あたしは逃げた。今なら余裕だけど、あの時はね……。って、あたしも言い訳だっぴ」




 被害者なのに、まるで加害者になった気分だ。いつの間にか、みんなの顔色を窺っている自分がいる。申し訳ないことをしたと、後悔する羽目になるなんて――。




「俺の方こそごめん。ソウジの言う通り、今はこんな話しをしている場合じゃない。急いで西猛に向かおう」




 どうして俺が謝るんだ。また俺は逃げるのか。そんな歯がゆさだけが残ってしまった。


 フウカの手を外して走り出す。潰した時間を取り戻すために自己暗示をかけて、そうして西猛の横を通り過ぎた。


 半獣化したイオリが歩幅を合わせる。




「西猛にいるわけじゃねえのか?」

「ツキヒメとタモン様が話してただろ? 敵の拠点は幻惑の森にあるかもって。ユズキから場所は聞いている。確かに、幻惑の森付近で間違いない。だけど、全員を連れて行くことはできない」

「なんでだよ」

「俺が信用していないからだ。だから、連れて行くのはイオリだけだ」




 イオリにはイオリの思いがあった。噂のせいで家族からないがしろにされているような気分になったと、月夜の国でそんな話しをしたのを覚えている。俺自身が作り上げた態度がイオリを苦しめたことも。


 あんな話しをした後だからか、誰も反対意見を述べなかった。〝立入禁止区域〟の看板の前で待機するそうだ。


 それから、幻惑の森は避けて、別ルートから一気に海を目指した。木々の少ない河口を発見し、そこから川伝いに道なき道を進んでいく。


 このルートは、何かあった時のためにとユズキが教えてくれたものだ。確か、河口から2000歩ほど進んだところで、大声で叫べと言っていた。




「よし、ここだ」

「なーんもねえぞ?」

「拠点は極秘ってことだろ」




 大声でユズキの名を何度か叫ぶ。しばらく待っていると、彼女が走ってやって来た。




「初めまして、ユズキだ。お前はイオリだな。ナオトから話しは聞いている。それで、何かあったのか!?」

「……こんな自己紹介アリかよ」




 イオリが突っ込んだのはユズキにではない。彼女を追ってきた、姿は混血者の重度だ。その中には東昇で尋問を受けた巨犬もいるし、見知らぬ顔も。その人は、俺と同じ瞳の色をしている。




「あの人が白草家の当主?」

「そうだ。名はイッセイ。高等封印術士だ」




 しかし、お目当ての人は見当たらない。爺ちゃんはどこにいるのだろうか。




「爺ちゃんに会いたいんだけど」

「出かけているんだ。来るとわかっていればな……。こればっかりはどうしようもない」

「そっか……」

「それで、何かあったのか?」




 事情を説明すると、ユズキの眉間に深いシワが寄った。腕を組みながら重度に振り返る。




「言霊……ではなそうだが、どうだ?」




 答えたのは、肩からデカい角を生やしたいかついオジサンだ。




「わしも知らん。それにしても……」




 一歩、二歩とこちらに近づく。俺の目の前で立ち止まったオジサンは、俺の顔を色んな角度から観察した。思わず、身体が強張る。




「髪色と瞳の色だけで判断していたが、改めて近くで見てみると、ますます監視者にそっくりだ。髪を切ったのか?」

「はいっ……」

「瓜二つだぞ。本当にこの小僧ではないのだな?」




 俺とオジサンを引き離しながら、ユズキは「しつこいぞ」と言葉を返した。




「キトは真実しか伝えない。そういう能力なのは、もうわかっているだろう?」

「身に染みるほどにな」




 間に入ったユズキだが、オジサンの身長は2メートル近くある。心許ない壁の向こうで、彼はまだ俺を見ている。




「……ナオト、だったか」

「そうです」

「すまなかった。わしらの思い込みで何度も殺し掛けた。許しを請うつもりはない。だが、謝罪の意を込めて、今回の件を手助けしよう」




 事の大きさで言えば、俺自身の過去のことよりも、重度にやられた事のほうが何百倍も重大だ。山吹神社事件に、東昇が行った猪狩り。西猛の襲撃や、月夜の国の民惨殺事件。どれも甚大なる被害と死者をだした。


 そんな彼らが、悩む素振りすら見せず、簡単に「すまない」と謝る。もちろん、許すことなんてできない。けれど、ソウジ達と話している中で、俺は気づいてしまったんだ。




「……あなた方の行為にもし人間が関与しているなら、こちらも謝る必要があります。誰があなたを傷つけたのか、誰がそこまで追い込んだのか、俺にはわからないけど……。こんな俺が代表でいいなら、謝らせて下さい。本当に申し訳ありませんでした……」




 そう言って、土下座した。


 悪人は生まれながらに悪人なわけではない。根本的な原因がどこかにあるんだ。それでもお前はやりすぎた? 違う。善悪の判断がつかなくなるほどに、深い傷と怒りを抱かせたのだ。取り返しがつかないところまで追い込んだ者は、例え被害者になったとしても、加害者だ。


 なぜだか泣けてきた。何が悲しいのか、何がこんなに苦しいのかわからないけど、どうしようもなくツラいんだ。




「お願いです。もう……関係のない人を殺さないで下さいっ……。これ以上、誰も恨みたくありませんっ」

「ナオト……」




 イオリが頭を上げるように言った。でも、出来なかった。


 ツキヒメに泣くなって言われたのに、今の俺は崩壊したダムみたいにあらゆる液体を顔面から放出しまくっている。ウイヒメの死は今でも受け入れられない。殺したのは彼らじゃないのに、心の何処かで俺は重度を一括りにしている。




「……これでもまだ僕の友達を疑うのか? イザナ」

「いや……。むしろ、礼を言いたいくらいだ。おかげで友人との大切な記憶を思い出した。2人をアジトに案内しろ。話しはそこでする」

「ありがとう」

「小僧、落ち着いたらユズキと共に来るのだ。そっちのはわしに着いてこい。実験の成功者には興味がある」

「え……」




 ユズキは俺が落ち着くまで側にいてくれた。なんの会話もなかったけど、前と同じように、負の感情を吸い取られていく。


 


「行けるか?」

「うん、ごめん」

「……僕の方こそ、もっと話しを聞くべきだった。すまない」

「別に追い込まれていたわけじゃないんだ。ただ、一括りにしちゃいけないなってそう思ったから」




 ソウジや他のメンバーにも後できちんと謝ろう。俺は、彼らの過去を何も知らない。咎めるのはそれからでも良かったはずだ。


 こうして、拠点である洞窟に向かった。そこには、圧倒されるほどの見た目と雰囲気を纏った重度と、その中で身体をいじくり回され絶叫するイオリがいるのだった。


 彼のあられもない格好を見て少しだけ和んでしまったのは、イオリには秘密だ。

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