第9話・詫びの品
幽霊島から帰還してすぐ、上級試験の情報が耳に入ってきた。国民は相変わらず噂話が大好きだ。
試験まで3日しかない。開催される前に、俺とイツキとイオリは墓にやって来た。墓石には〝片倉家〟と名前が彫られている。ここにダイチは眠っている。
どうしても来たかったのだ。友達になる前に失った、大切な仲間。クラスも別だったけれど、南光に向かうまでの道のりで、彼は確かに俺の心を安らげてくれた。
「久しぶり……」
そう言って、手を合わせて目を閉じる。
ユズキに会ったことや、マヤの家を発見したこと、爺ちゃんが無事なこと。海賊を手に掛けてしまったことも。色んな事を報告した。どこからか、「おめぇのせいじゃねえよ」ってダイチの声が聞こえてきた気がした。
もちろんあり得ない話しだ。きっと、俺がそう望んでいるだけだろう。
そこに、同期が2人やって来た。イツキが声を掛ける。
「ユマとカナデじゃん。こんにちわ」
葵ユマ。彼女はソウジの配下で、赤坂班に所属している。
赤い瞳が特徴的な凛とした顔立ちで、茶色い髪は短く切られている。黒と緑を基調とした戦闘服の下に着ている、ヘソより上くらいまでの鎖帷子。丸出しのヘソは少し目のやり場に困る。
同期でまともに直視できる女子は、きっともう1人の女の子くらいだろう。
彼女の名前は五桐カナデ。ソウジの婚約者だ。
長く美しい銀色の髪を白のリボンでポニーテールに結んだ、人当たりのいい優しそうな子だ。大きく澄んだ瞳に、雪のように白い肌は、まるで物語の中から飛び出してきたお姫様のように感じさせた。
何よりも、さすがはソウジの婚約者というべきか、堂々とした姿勢がよりお姫様感を出している。それに、規定通りの戦闘服の着方や膝下までのズボンというお姫様とは真逆の格好。他の女子も見習うべききちんとした格好だ。
ふんっと鼻で1つ息をしてそっぽ向いたユマに代わり、カナデはきちんとお辞儀をして挨拶を返した。
「こんにちわ、イツキ君」
鈴の鳴るような通る声。思わず聞き入ってしまう。
「青島班でダイチ君のお参りに来てくれたんですね。きっと喜んでいます」
「ナオトが行こうって」
「ナオト君、ありがとうございます」
ユマとカナデのお参りが終わって、俺達は別の場所へ移動した。
甘い匂いが漂う店内。そこにいる男子は青島班だけだ。彼女達が談話する場所として選んだのは甘味屋だった。
正直にいうと、俺はあまり甘い物が好きではない。最近ではツキヒメの黒い弁当の方が苦みがあって好きだ。一方、イツキは大好物のようで、座るやいなや、水を運んできた店員に早口で注文した。慌てて注文票を取り出す店員にイオリは腹を抱えて笑う。
「ほ、他にご注文は?」
とってつけたような営業スマイルに返す言葉は1つだ。
「「同じ物で」」
イツキ以外の全員の言葉が重なった。つまり、テーブルの上は甘い物で大混雑になったわけだ。
話す内容は試験のことだった。東昇との合同とあって、ユマは五桐家に対抗心を燃やしている。と、ここで気づいた。
「五桐カナデって、五桐家と同じ名字だね」
ふと沸いた疑問が口から漏れる。イオリが肘で横腹をド突いてきた。
「我が身で精一杯か。少しは他のことにも注意を配るんだな」
空になった団子の串先を俺に向けるユマ。その隣で、カナデは「構いません」と串に手を被せて下ろした。
何やら空気が重たい。
「クラスが別だったんですもの。ナオト君が知るはずありません」
「だが、イオリは知っているようだぞ」
「もう、ユマちゃん。いいじゃないですか」
カナデが俺に向く。
「改めまして、五桐カナデといいます。生まれは東昇で、入学前に北闇へ来ました。察しの通り、私は五桐家の者です。兄上から話は伺っていますわ」
「兄上……?」
「五桐ハルイチ、彼は私の兄です。仲良くしていると聞いています」
「……こちらこそ、どうも」
素っ気ない言い方になってしまったのは、これのどこがマズい話しなのだろうかと思ったからだ。その答えを知ったのは、店内に黄瀬班が現れてからだった。
レンとフウカも甘い物が好きなようだ。頻繁に来ているようで、店員と目を合わせるなり「いつもので」とだけ告げてこちらにやって来た。隣の席に腰を下ろす。
「赤坂班と青島班が一緒だなんて珍しいねぇ。俺は誘われてないけど」
そう言って、レンはイツキの抹茶饅頭を勝手に取って食べた。ユマがぎろりと睨みつける。
「それはイツキのだ、触るな」
「はいはい、すみませんでしたー。今度は誘ってよね」
「誰がお前なんか誘うものか」
「冷たいなー。なに? 俺がカナデに文句を言っちゃいけないの?」
「……ここは集落じゃないんだ。大人しく食ってろ」
声を落としてレンを咎めるも、彼は気にせず言葉を返した。
「賊の生け贄じゃん。早く自由に暮らせば?」
「――っ、レン!! いい加減にしろ!!」
ぎゅっと目を閉じたカナデが店内から走って出て行く。その後をイツキが追いかけた。
イオリが片頬を吊り上げて気まずそうな顔を浮かべた。
「あーあ、言っちまったよ、こいつ」
「真実でしょ。ハルイチが寄こした詫びが実の妹。こっちは殺されかけたっていうのにさ。割に合わないっしょ」
強くテーブルを叩いてユマが立ち上がった。
「割に合うかどうかの問題ではない。カナデは関係ないし、賊の襲撃など知らなかったんだ。身ぐるみ一つで寄こされた彼女の気持ちも少しは考えろ」
「ヤダね。五桐家なんだから、謝るのが礼儀。じゃなきゃ、五桐家を名乗る資格はないよ」
おそらく、ダイチが話してくれた内容の細かい部分だろうと、冷静にそう心の中で呟いた。確か、東昇の者にソウジが浚われかけたと話していた。しかし、まさか彼女が詫びの品のような扱いをされていただなんて――。
イツキが戻って来た。なぜだか手には赤い花が握られている。
「ユマ、落ち着いて」
言いながら、彼女の耳に花を添える。
「ほら、瞳と同じ色。こんなのじゃダメなんだろうけど、ごめんね」
「なんでイツキが謝るんだ……」
「んー、喧嘩はイヤだからかな。自分勝手だけど、嫌なことを思い出すんだ」
「そ、それは……。すまなかった。もうやめる」
素直に謝ると、ユマも帰って行った。
これは混血者内の内輪揉めみたいなものだ。俺達がこれ以上口を出すことはなかった。
食べられなかった分は持ち帰りにしてもらい、片手に袋を握りながら帰路につく。
家に帰る前にアパートの一室に立ち寄った。扉を叩こうとした手を寸前で止めて、ドアノブに袋を引っかける。
(ツキヒメが甘い物を食べられるといいけど……)
こうして、俺は爺ちゃんの家に帰ったのだった。




