【逸話】王家からの書類
【北闇・執務室】
青島班と黄瀬班が出発した次の日。
ハルイチ一行が北闇に来てからというもの、タモンは仕事のほとんどを後回しにする羽目となったのだが、彼らの接待に時間を取られたわけではない。
タモンは、執務室に居座る女と手に持つ書類に困り果てていた。「タモン様ぁ~」と、甘い声を出して彼の背中から両腕を回しているのはネネだ。原因は彼女である。
しかし、これでもハルイチの右腕。ネネの顔に書類を近づけると、それを読んだ彼女はタモンから離れた。
「すぐにハルイチ様を呼んで参ります」
「頼む」
タモンに好意を寄せていても、闇影隊としての真髄はハルイチと共にある。ネネにとって恋愛は二の次なのだ。
しばらくして、執務室にハルイチとネネが来た。先程の書類をハルイチに見せて、タモンは彼の言葉を待った。
「……これはまた急ですね。王家は何を考えているのでしょう」
「前回の上級試験のせいだろう。続きをやらせる気でいる」
「気、ですか。俺は決定事項として捉えましたが」
そこにはこう書き記されていた。
【上級試験について。第二試験を二ヵ国に分けて開催する。東昇は北闇へ、西猛は南光にて行う。一次試験を受験した者のみ参加資格を与える】
【試験内容について。試験内容は開催国である北闇と南光に決定権があるものとする。公表は試験日まで禁止とする】
【合否について。合否は従来通り南光が行うこととする。北闇は試験が終わり次第、評価書を南光に提出すること】
【開催日について――】
読み返して、ハルイチはタモンに書類を返した。
「……2週間後とありますが、青島班と黄瀬班は国外任務でしょう? それに、上級試験は来年もあります。取り急ぐ必要はないのでは?」
「その通りだ。だから、こうしてお前を呼んだ。俺はこの機を逃すべきではないと考えている」
「と、言いますと?」
「我々は第二試験を放棄する形を取りつつ、親睦会を開く。だが、オウガ様のことだ。南光から使者を送るだろう」
「つまり、極秘で試験形式の親睦会を開く……というわけですね。それは面白い!!」
ハルイチが扇子を閉じる。
「前回の上級試験で我が国の闇影隊も天に召されました。実に悲しいことです。今回の試験が公になれば奥底でくすぶっている闘志が瞬く間に燃えたぎることでしょう」
「まったく悲しんでいるように聞こえないのは気のせいではないな」
椅子に背中を預けて、タモンはハルイチに目を細めた。
「……カネツグの死はとても残念に思う。しかし、父親を殺したのは闇影隊ではない。少なくとも、ここ数年で入隊した者達に非はない」
「ええ、わかっています。ですが、赦せないんですよ。オウガ様が選んだ仕打ちはあまりにも無慈悲でした。そして、そのオウガ様を慕う無能な民と我が国の闇影隊も、オウガ様の毒に感染している。自ら、ね。彼らもまた父上を跨いで逃げたのですから」
「だから14年前の被害者を見捨てたのか?」
再び広げた扇子で口元を隠すハルイチ。視線は床に落とされている。
「……今の蒼帝殿は利益を優先する、それだけの話しです。それに、俺は見捨ててはいませんよ。救ったのはたった2人ですが。その内の1人、彼女だけは、毒に犯されぬよう良心で逃がしました。では……」
執務室を出て、静かに去って行く。残されたネネはタモンに深く頭を下げた。
「いい、彼の気持ちは理解しているつもりだ」
「ありがとうございます」
頭を上げたネネもまた、視線を床に落としている。
「彼女、元気ですか?」
「ああ、立派に上官を務めるほどにな」
「安心しましたわ」
眉を寄せて微笑した。
タモンはそんなネネの服装を見て、彼女と呼ばれた人への、ネネが持つ親近感を感じていた。
その者の名は黄瀬ミハル。黄瀬班の隊長だ。ミハルは五桐家と親しい人物であり、その能力や美貌は五桐家が惚れ込むほどであった。とくに、ネネは姉のように慕っていた。胸元の開いた服を着たり、足を露出しているのは、黄瀬がそういう格好でいたからなのだ。
幼いハルイチが当主へ就任した時、彼が始めに取った行動はミハルを北闇へ派遣することだった。父・カネツグと共によく任務に就いてた彼女を東昇から出したのだ。ミハルもその意図を読み取り、命令に従って、そのまま北闇に住んだ。
「ミハルが初めて任務についたのは、ある少年を保護する任務だった。国を出たと報告が入って、偶然執務室に居合わせた彼女を隊長に向かわせた。ついでに余計な物まで拾ってきたが、今となっては吉と出ている」
「ミハルさん、ほとんど言霊を使わないスタイルは変わっていません?」
「ああ、彼女は部下に信頼を置いている。いつだって何歩も下がって見守っている」
安心したようだ。ネネの視線がタモンに向いた。そうして、扉に手を掛ける。
「ネネ」
呼び止められて、ネネは振り向いた。
「ハルイチが子どもでいられるのは、お前が側にいるときだけだ。あの鬱陶しさがハルイチには丁度いい。今まで通り、お前らしく接してやってくれ」
「わかっていますわ」
「それと、これからも報告を頼む。俺とカネツグが秘密裏に動いていたことはまだ伏せて置いてくれ。話すのは、彼の心が落ち着いてからだ」
「ラオ様もそう望んでいますわ。なにせ、混血者は精神の軸がぶれるだけで、その質を失ってしまいますから」
「……感謝している。お前は本当に良い奴だよ」
タモンが微笑むと、ネネの頬が真っ赤に染まった。首がもげる勢いで扉の方を向き、慌ただしく扉を開く。
「ここここれで失礼いたしますわ!! また何かあれば呼び踏みつけて下さいまし!!」
音を立てずに閉める。足音が遠ざかって、タモンは声を押し殺して笑った。
「いつもああだったら、もっと可愛げのある女なのにな。まったく……」
そうして、後回しにしていた書類整理に取りかかったのだった。




