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【逸話】あの日の夜

「あんたはまた海に投げて……」

「誰かが食べてくれているのかも。だって戻って来たことないもん」



 そう言って、ミツルはまた焼き魚を遠くに放り投げた。







 砂浜で小さな炎がちりちりと燃えている。4本の木の枝に刺してある魚は、炎の中でどれも真っ黒に焦げていた。


 これは、今から7年ほど前。タカラがビゼンに負けた日の夜の話しである。




「全員配置につけー!! 出航するぞー!!」




 慣れない手つきで、タカラと、まだ幼いミツルに目隠しを施す男たち。それから、2人に手錠と足枷をつけて、柱に固定されている鎖でさらに拘束した。


 ビゼンがタカラの前で歩みを止める。俯いている彼女の頬を掴んで、強制的に自分の方へ向かせた。




「悪いなぁー。あんたに罪はないが、あれだ。連帯責任ってやつだ。恨むなら、仲間の兵隊さんを恨んでくれ」

「ミツルは関係ないだろ!!」




 ミツルは手探りでタカラを見つけ出して、彼女の後ろに隠れた。頼りは耳と鼻しかない。普段よりも一段と大きく聞こえるような気がするだけでなく、鎖が擦れる音にすら敏感に反応していた。


 すると、突然ビゼンが大口で笑った。続いて、近くにいる仲間達も笑い声を上げた。


 首を振ってビゼンの手を振りほどく。




「何がおかしいんだ!!」

「このガキ、小便漏らしやがった。別に食いやしねえよ。俺達はハンターじゃないってんだ」




 中には、まだ海賊になりきれていない男もいた。彼には国に家族がいる。しかし、安否を確かめる手段は何もない。


 島に着くまでの間、海賊達が自由に過ごすなかで、その男だけはミツルの身体を拭いてくれた。




「頼む、タカラさん。正直に答えてくれ」

「先に解放しな」

「我慢してくれ。手荒なことをしたけど、みんな帰りたいだけなんだよ」

「……なんの話しだ?」

「仲間が南光に救助を求め――」




 突如、船が大きく傾いた。タカラとミツルは鎖のおかげで身体が斜めになる程度で済んだが、男は勢いに任せて転がっていく。そうして、海の外へ放り出された。


 今度は船体が反対側へ傾く。




「船底に何かいるぞ!!」




 月明かりが海面を照らすと、大きな影が船の周りを泳いでいるのが目視できた。


 ここは海だ。ハンターでも獣でもない。混乱するのに時間はかからなかった。




「に、逃げるぞ!!」

「どこにだよ!! そんな暇があったら(もり)の一つくらい持ってこい!!」

「網もいるぞ!!」




 そうこうしている間に船はまた大きく傾いた。


 タカラが叫んだ。




「誰か、これを外してくれ!! ミツルだけでもいいから!!」




 繰り返し、ミツルは鼻で呼吸した。鼓膜を貫く音がミツルの精神を蝕んでいく。すると、ミツルの何かがぷっつりと切れた。極限にまで達した恐怖が身体に馴染み、ある種の冷静さを取り戻したのだ。


 船が傾いたときに運良く乗り込んだ男が、すぐさまミツルの拘束を外した。解放された視野に、船内を転がるたくさんの武器を捕らえる。


 また船が傾き、男はタカラの拘束を外せぬまま海に落ちた。




「今だ、刺し網を投げろー!!」




 飛び交う怒号や罵声で、斧を引きずる音に気づく者はおらず、海賊の目は全て海に向けられていた。


 まるで壊れた人形だ。無表情のまま、ミツルは斧を大きく振り上げて、海賊の背中をめがけ振り下ろした。


 海賊の背中が大きく反った。その間に、ミツルは次の武器を手に取って、ふらつく海賊を足蹴りにして海に落とす。




「はい、次」




 隣に立っていた海賊は、背中に斧を刺したまま沈んでいった仲間に気づき、ミツルが攻撃する前にその手を押さえた。




「おい、こら、クソガキ。いつの間に抜け出したんだ? あぁ?」

「次は、お前だ」

「大人しく漏らしてろってんだ。邪魔すんな」




 軽々とミツルを持ち上げて、海賊は海に投げ落とした。


 ちょうど同じタイミングで、刺し網から逃れようと大蛇が暴れ出す。尻尾が船体にぶつかり、ついに船がひっくり返った。


 ビゼンが海面から顔を出し、生きている仲間に島まで泳ぐように命令する。皆、死に物狂いで大蛇から逃げた。一方で、タカラは鎖に繋がれたままだった。鎖を外そうと水中で暴れるも、限界は刻々と迫ってくる。


 そんなタカラをミツルが発見したのは、タカラの口から大量の酸素が溢れ出て、空気の玉が海上へ浮上した時だった。


 ミツルがタカラに抱き、タカラは弱々しく笑って見せた。ミツルの涙が海水に溶けていく。すると、そこへ大蛇がやって来た。器用に鎖を噛みちぎってタカラの手錠を壊す。次に、足枷を壊そうとすると、まだ海に残っていた海賊が追い打ちを掛けに戻って来た。


 足枷は片方しか外れていないのに、大蛇の腹に銛が何本も刺さったせいで、もう片方にまで牙は届かなかった。直後、タカラの口から最後の灯火が解き放たれた。


 ミツルは手に持っている斧を強く握りしめた。タカラの足を一点に見つめる。


 そして――。







「……きて、……起きて」




 鼻をすする、居心地の良い聞き慣れた音にタカラが目を覚ました。視界には晴天が広がっていて、急に差し込んできた日差しに眉を寄せる。


 あれは夢だったのだろうか――。まだ覚醒しきっていない頭でそんなことを考えていた。




「なんで泣いてんだ。また転んだのか?」

「そうじゃないよっ……」

「ったく。さあ、朝飯にしよう」




 上体を起こして、タカラは立ち上がろうとした。しかし、――無い。




「うちの……足が……」




 ついに、ミツルは大声を出して泣いた。


 タカラが辺りを見渡す。浜辺には船の残骸や、忌まわしい鎖が打ち上げられている。すぐ側には火の消えた太い枝と、足には何重にも巻かれた布きれ。そして、しだいに襲いかかってくる痛み。唇を噛み締めて堪え、夢じゃなかったのだと理解した。




「うちを助けてくれたんだね。ミツル、偉いよ」

「でもっ、俺っ……。足をっ……」

「いいんだ、これくらい平気さ」




 ミツルの頭を優しく撫でる。




「前にも話したが、うちはあんたの母親じゃない。だけど、不器用ながらに育てたんだ。あんたが無事で本当に安心したよ。何かあれば、うちはっ……」




 言いながら、タカラは撫でている手でミツルの頭を強く押しつけた。タカラの青目が溢れた涙で滲んでいる。


 呼吸を整えるようにして、タカラは言葉を紡いだ。




「悔しいねぇ……。悔しいね、ミツル」

「うんっ……。ぐやじいっ」




 ごしごしと涙を拭ったミツルは、タカラの顔を見ないように立ち上がって、海の方に走った。そして、鎖と南京錠を手に取って、自身の首に巻き、鍵をする。




「もう、負けない」




 タカラに背を向けたまま、海に放つ。その方向は海賊が巣くう島がある場所だった。


 それから何日か過ぎて、砂浜を小さな津波が埋め尽くした。遠くの方では大蛇が海に潜っていく。けれど、タカラとミツルは津波と一緒に打ち上げられた物に釘付けで、大蛇の姿には気づかなかった。


 砂浜には、大量の医療物資と、義足が数本ほど打ち上げられていた。


 それからまた幾日が過ぎた頃、南光では物資を積んだ船が沈没したと大騒ぎになっていた。




「これからどこに向かうのですか?」




 黒と赤を基調にした上着を羽織る闇影隊が、隊長に問う。彼らは船に乗ってある場所を目指していた。




「孤島に我々の船を襲った犯人が身を潜めているかもしれん。その調査だ。発見次第、犯人でなくとも抹殺せよとの命令だ。何かマズイものでも見られたんだろう。なにせ、救助を求めにきた遭難者が大蛇を見たとか言っていたそうだからな」

「その命令って、蛍様ですよね」

「ったく、不吉な名前を出すんじゃない。その通りではあるが、その名は呪われている。海で何か起きれば、我々に逃げ場など――」




 隊長が話し終える前に船が大きく傾く。


 彼らはまだ知らなかった。海に潜むヨツノウミの存在、そしてミツルを気に入ったヨツノウミが、幽霊島を守るために船を襲っていることを――。


 焼き魚を食べていたのはヨツノウミだった。

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