第5話・依頼詐欺
黄瀬隊長が、耳を塞いで縮こまるケンタの頭を撫でる。
「どうにかして接近しないといけませんわね」
外の様子を伺いながら、タカラが言葉を返した。
「あんた、どこかで見た事のある顔だと思っていたが、もとは東昇の者だろう?」
「あら、気づいていたのですね」
「黄瀬ミハル……、東昇一美しい女にして、残酷な兵士。あの五桐家が喉から手が出るほどに欲しがった人材だ。あんたの能力なら、海賊を一掃できるんじゃないか?」
「ええ、一瞬で終わるでしょう。ですが、相手は人間です。慎重に扱わなければなりません。それにしても、ミツル君がいるにも関わらず、海賊はお構いなしに大砲を撃ち込んできましたわね」
「数年前に一度だけ直に戦ったことがある。奴らの怒りの矛先は常に無差別で、この島に住むうちとミツルもその対象だ。相手が子どもだろうと構いやしない!!」
緊迫した空気の中へ息を漏らしたのは青島隊長だった。詳しく事情を尋ね、依頼人の怒りを静めようとする。器に酒を注いだタカラは一気にそれを飲み干して、事の始まりから語ってくれた。
「……今から14年前、隊長さんも知っての通りあの大地震が起こった。当時、東昇の南側に住んでいたうちは海に投げ出された。荒れ狂う波に溺れかけながらもなんとか生き延びることができたが……。流された島には、まだ生まれたばかりのミツルがいたんだ」
ミツルを保護し、島で救出を待った。しかし、いつまでたっても救出はなく、釣った魚とヤシの実だけで空腹をしのぐ日々が続いたそうだ。
ある日、タカラは自ら海に出て東昇を目指すことにした。だが、そこに現れたのは――。
「……あの大蛇だ。まるで行く手を阻むかのように幾度となく現れ、南光にすら行けず終い。うちとミツルはこの島で生きる事を余儀なくされた。だが、あいつは無害だ。よっぽどのことがない限りは襲ってこない」
次に現れたのは、海賊と化した東昇の人間だった。元当主のビゼンも同じく助けを待っていたそうだが、こちらも救出はなかったらしい。なんの不自由もない暮らしは一変し、当主は自分の存在価値を思い知らされ怒りに狂った。
「しかし、なぜ海賊はあなた方を狙う……」
女・子どもを、しかもたった2人だ。青島隊長が眉を寄せる。
「うちを見て、当主はすぐに気づいたのさ。闇影隊の上級歩兵隊だってことにね」
恨みを一身に受ける事になったタカラは、それから隙あらば狙われるようになったという。
「東昇を憎んでいるのは、うちだって同じだ」
そう言って、壁に背中を預けた。少しは落ち着いたようだ。
そこで、ふと疑問が生まれる。「隙あらば」とはどういう意味なんだろう、と。思い当たるのは一つだけだ。
「……大蛇がいないのを見計らって襲ってくるんですか?」
「ご名答、よく気づいたな。海を支配するあの化け物は、この島と海賊の島の間に巣くい、時に浜辺を埋め尽くすほどの波を荒げる。小さな津波にも似たそれは、ごく稀に鱗を残していくんだが、初めてアレを見たときは驚いたよ……」
全体を見たことはなくとも、鱗一つの大きさが全てを物語る。これでは東昇に帰れないと確信したタカラはこうして依頼することにしたそうだ。
と、話していたその時だ――。
なんの前触れもなく突風にあおられた俺たちは、床を転げながら家の外に投げ出された。またやって来た海賊が家の屋根を大砲で吹き飛ばしたのだ。しかもそれは至近距離からだった。
砂場に行くと、海賊の手中にはミツルの姿があった。
身動き出来ずにいるイツキは強く唇を噛み締めた。しだいに体に異変が起き始める。その光景に目を奪われたのも束の間、緊迫した空気のなか、強引にイツキを砂浜に倒した青島隊長は次にミツルの方を見た。
身柄は拘束されているけど、怪我はないようだ。
手出しできない状況を逆手に、全員に乗船するよう命令した船長は、船を出し自分の島へと出港した。
「チャンス到来かしら。あの子、想像していたよりも賢いわね」
いったいどういう意味だろうか、そう疑問を抱いたのも束の間、予想を遙かに上回る海賊の数に思考を奪われた。黄瀬隊長の前向きな姿勢を俺も見習いたいくらいに、状況は最悪だ。
何人もの漕ぎ手が二人一組で櫂を漕ぎ、帆で風の力を受けて、時間をかけながら島へと近づいていく。幸か不幸か、大蛇は姿を現さなかった。
海賊の島は、タカラとミツルが住む島よりも小さく、岩場だけの味気ない島だ。
主な生活は船上でしているらしい。島には武器庫が設けられていた。どこから手に入れたのか、砲弾は数多くあり、舟を修理する道具や漁の道具まで揃っている。
その奥には牢屋が設置されているようだ。こちらからは目視できず、そこに収容されたタカラとミツルの安否が気になるが、ここは彼らの縄張りだ。下手に動けない。
八方ふさがりの事態に、さすがの青島隊長も張り詰めた表情を浮かべている。
大勢の海賊に囲まれている俺たちは、いつ攻撃されてもおかしくはない。
牢屋から戻ってきた船長は、あからさまな作り笑い浮かべていた。服はボロ雑巾みたいに汚い。歯は黄ばんでいて、何本か折れている。無造作に生えた黒い髭に、伸びた髪は頭のてっぺんで適当にまとめられている。
「手荒な真似をして申し訳ねぇ」
相手の胸の中を探るように目を細めた青島隊長。船長と距離を保ちながら言葉を返した。
「どういった理由で依頼人を拘束したのかわからんが、我々が帰還しなければタモン様が黙ってはいないぞ」
「鬼の化身に来られちゃたまんねぇなー」
あまりにも小馬鹿した言い方にイオリが一歩前に出た。
「タカラさんとミツルをどうするつもりだ!」
わざとらしく両手を挙げて見せた船長は状況を説明してくれた。
耳を疑うような話だが、依頼をしていたのは海賊の方だった。ここから一番近い南光に船員を数人向かわせ、各国に依頼を任せていたという。しかし、島に戻ってくる者は1人もおらず、船の残骸だけが岸辺に打ち上げられていたそうだ。
タカラの話しと違い、俺たちは動揺を隠しきれないでいた。
「海賊の言うことなんざ信用できねぇよな。だが、事実だ。噂が広まっちまったから、女の名前を借りて依頼する他なかったが……。あれだけ部下を送ったのに1人も戻ってこねぇなんて変だろ? 犯人の目星はすぐについたさ。ここら一帯の海に住むのは、俺たち海賊かあの2人だけだ。案の定、様子を見に行けば、救出を横取りされるているときた」
薄汚れた歯を剥き出しにしてビゼンが笑う。胸ぐらを掴み、自分に引き寄せたイオリはこれでもかと睨みつけた。
「おい、おっさん……。俺が聞いてんのは2人の居場所だ」
「口の利き方に気をつけろよ、このガキめ。俺にはビゼンって名前があんだ……。覚えておけ」
すぐさま青島隊長が2人を引き離したが、険悪な空気は一向に良くなる気配はない。
このままでは話が進まないと悟ったのか、ビゼンは襟元を正して顎で部下に合図を送った。
しばらくして、義足を取り上げられたタカラと顔を腫らしたミツルが連れて来られた。
隣で、あめ玉を噛み砕く音が聞こえた。レンが半獣化し、タカラとミツルを取り囲む海賊を追い払う。そして、威嚇の姿勢をとる。
「隊長さん、依頼したのはこの俺だと話したはずだ。部下を下げてくれねぇか?」
「隊長にもわかっているはずだ。これは依頼詐欺。よって、俺に海賊を保護する義務はない」
「小さなワン公が無駄に吠えやがって……。いいか? こいつらはな、自分たちだけが助かろうと俺の部下を殺しやがったんだぞ! 罰を与えるべきだ! あの化け物に喰わせてやんだよ!!!!」
同感だと言わんばかりに、海賊から凄まじい熱気が伝わってきた。
途方もなく重苦しい静寂のなか、空気を裂くようにレンは言葉を発する。
「お前達の無能さで、混血者の命がいくつ失われたと思う……」
皮膚が吊り上がり、尖った犬歯を大衆にさらしたレンは、敵に攻撃すまいと必死に堪えてるようだった。
あまり任務に乗り気ではなかったはずだけど、タカラとミツルが受けた仕打ちにスイッチが入ったらしい。許可さえでれば、今すぐにでも殺してしまいそうな、そんな負のオーラがレンから放出されている。




