月夜の国と最弱・1
裏門から北闇を出て山中を西へ歩いていると、小川の水上に反射した太陽の光が俺の横顔を照らした。本物だ――、と思わず歩み寄って水を手にすくい川へ戻す。
川を流れる水が数週間前よりも温く感じるのは、冬をすっ飛ばして春がやってきたからだろう。吹きつける風の感触はとても柔らかく、より春の訪れを感じさせた。それと同時に、この国は奇妙だと改めて実感させられる。
(……どうして北闇には冬がないんだろう)
北闇の国は、四大国ある中で最も森林面積を誇る国だ。その割合は国の六割にも及ぶ。そんな森だらけの領土の左側に、木壁で囲まれた居住区で暮らしているのが北闇の人々だ。
なぜだか北闇には冬がこない。子どもは、おそらく俺を除いて誰一人としてこの疑問を抱いていない。
3年間通った訓練校で説明はなく、この疑問を教室で何気なく口にした日には変人扱いされ、先生には「二度と季節の話しをするな」と注意された。大人は誰一人として教えてくれない。
(まあ、今更どうでもいいけど)
そんなことよりもだ。……1秒でも早く能力を使ってみたい! これまでダラダラとやってきた感じだけど、俺が望んでいるのは闇影隊らしい戦いだ!
鏡のように俺の顔を映し出す川の水面。以前よりも表情が明るくなったように見える。初の国外任務に浮かれているからだ。嬉しくて、口元がクッと弧を描いた。すると、水面に人の姿が映り込んだ。そいつは俺の背後に立っている。
「春に釣られている場合じゃないぞ。仮にも命を狙われているんだ」
「すっごい不謹慎だけど、早く二種に会いたくてさ」
「お前の気が緩んでいて良かったと思える日がくるとは……。隊列に戻ったら絶対にその言葉を口にするるな。袋叩きにされるぞ」
「わかってるって」
立ち上がって、無意識に彼女の顔の近くまで自分の顔を寄せていた。なんの表情も見せない、いつも通りのユズキ。黄金の瞳が綺麗で白い髪がより際立たせている。
「うん、ユズキだ」
「僕じゃなきゃ誰なんだ。そういえばタモンから伝言を預かっている。今回の任務では、精鋭部隊の護衛はつかないそうだ。王家に呼び出されたとかなんとか愚痴っていた」
至近距離での会話に二歩ほど後ろに下がった。ユズキには羞恥心とやらがないらしい。
「それじゃあ、俺達でなんとかしなきゃな。っていうか、ユズキってタモン様をどう思ってるんだ? なんていうか……」
「態度か?」
「うん。物凄く偉そう」
「当たり前だ。僕はあいつに尊敬も忠誠心もなにも抱いていないのだからな。玄帝だかなんだか知らんが、僕には関係のないことだ」
言いながら、隊列の方に歩いて行くユズキ。それ以上なにも聞かずに後に続いた。
今回の任務は青島班とは別にもう一班いる。ヒロトが配属された赤坂班だ。
この二班で向かっているのは北闇の西にある小国だ。そこでは、北闇の技術を受けて大木で壁を建設し始めたらしく、その手伝いをするのだ。
神社での事は、〝山吹神社事件〟として世間で囁かれている。月夜の国はこの件ですぐに強固な防衛設備を整え始めたのだ。
とはいっても、主に手伝うのは混血者のいる赤坂班の方で、青島班には別の任務がある。良家の子女のお相手だ。それを聞いた時には落胆したが、俺達には事情もあるし諦めた。
「月夜の国のお嬢様って、どんな子なんだろ?」
「姉妹なんだと。金持ちだって話しだ」
「ふーん。放っておけない特別な理由でもあるのかな」
「さっき、前の方で話しているのを小耳にしたんだが、攻略が難しいとかなんとか言っていた。大木を相手にする方がマシだな。僕はすでに気が滅入っている」
「話したくないだけだろ」
「なぜそう思うんだ?」
「決まった人としか会話をしないからだ。訓練校に通ってた頃からそうじゃん」
そんなことを話しながら、前を歩く隊列を目で追った。その中にはヒロトの姿がある。初の合同任務なのにヒロトは俺の隣を歩いていない。ヒロトの隣にいるには混血者の子だ。
ユズキが俺の顔を覗き込む。
「ヤキモチか?」
「違う。ただ、違和感があるだけだよ」
「まあ、確かにそうだな。訓練校の時、お前の隣を歩く僕に文句の一つを必ず言いに来ていたのに、妙に大人しい」
「ヒロトは混血者と喧嘩ばかりだったけど、別に仲が悪いわけじゃないから」
「ああ、そういうことか。お前はもう馬鹿にされていない証拠だな。じゃなきゃ、ヒロトがあんなに心を許すはずがない」
周りと会話しながらも、全員が違う場所に視線を向けて歩みを進めている。赤坂班には優秀な人材が揃っているみたいだ。
「そういえば……」
言いながら、歩みを止めるユズキ。
「月夜の国に到着する前に聞いておきたい。修行はどうだったんだ? 昨夜見たアレがそうなんだろう?」
背中に投げられた声に、くるりと方向転換した。ユズキの手を引いて歩道を外れ隊列から身を隠す。わざわざ隠れる必要はないけど、最初に披露するのは彼女だと決めていたのだ。
ユズキに少し下がってもらい、深く呼吸をする。まずは第一段階、エネルギーの集中だ。
木の幹に右手を伸ばした。拳を握って自己暗示をかける。単純なもので、「岩のように硬くなれ」と、そんな感じだ。すると、拳にエネルギーが集中し始め手の甲に血管が浮き出るほど硬い物となった。
次に、第二段階。念を送る。イメージするのはマッチの火だ。火傷するほどに熱いが、殺傷能力はなく軽傷で済む程度のもの。想像すると、拳が熱を帯びていく。
最後に、第三段階。言霊を与える。
「炎・衝撃砲」
唱えながら、木の幹に優しく拳を当てた。あまり音を立てたくなかったからだ。前方にいる隊に気づかれてしまう。
拳を離すと、陥没した幹があって、その中心に焦げた後がくっきりと残っていた。火を纏った空気砲が直撃したのだ。
手の平で撫でるように触りながら、ユズキがこちらに振り向く。
「実際には、一連の流れは一瞬だけど、こんな感じ」
「場合によっては一国を破壊しかねない恐ろしい力を発揮する代物だな」
「触れたことのない物をイメージしても言霊には影響しないらしいから、そうとも限らないかも。それに、例え驚異的な自然に触れたとしても身体が壊れる可能性の方が高い。力加減やイメージする物を間違えてしまったら、自殺行為になるんだ」
俺の性質は〝火〟だ。火に関する物で、自分が触れたことがあり、それがどの程度の威力を発揮するかを知っておく必要がある。それを無視するとどうなるか、父さんは身をもって証明してくれた。
加減を無視した結果、父さんの腕は危うく凍傷するところであった。俺は、火から炎に段階を上げるところまでは達成した。威力はいまいちだが。
それともう一つ。言霊には運が良い物と悪い物がある。
何事もなかったかのように隊列の後方に戻って、月夜の国に向かいながら話を続けた。
「ナオトの場合は悪い方だな」
「うん。俺の性質は火だから、直にダメージを受けやすいみたい。父さんみたいに水ならいいんだけど、火は自分自身の身体も焼くから、痛いし熱い」
哀れむような視線をくれたユズキに苦笑いを返したのは、月夜の国に到着した時だった。




