第1話・最弱、幽霊に遭遇する
たった2年の間に俺の周りでは色濃い事件が相次いだが、ソウジの言葉を借りると、多少なりとも過去にすることが出来た。あの日、ユズキが会いに来てくれなかったら、きっとこのメンバーで任務を完遂することは不可能だっただろうと思えるくらいに――。
季節は夏。かんかん照りの太陽の下で、青島隊長の号令と共に正門を出発する。今日は国外任務だ。徒歩5日をかけて南光へ行き、それから舟である孤島――通称・幽霊島へ向かう手筈となっている。歩きながら、青島隊長は任務について説明する。
「穂波タカラという女性からの依頼で、大まかに言えば海賊を逮捕してほしいというものだ。今回の相手は獣やハンターではない。加減を考えて対処するのだ」
その島は、14年前の大地震が起こる前まで、東昇の国の南側にあった領土である。ハルイチがそう教えてくれた。自分を恨んでいる人が大勢いる、とも。孤島にどれだけの人が住んでいるのだろう。
一息置いた青島隊長が汗を拭う。
「南光に向かうルートは、北闇の領土を南東に向かうという少し遠回りな道のりだ。半円に添う形で進んで行くのだが、南下出来ない理由は地形にある。四大国の中心にある神霊湖が原因だ。常に濃霧が立ちこめている巨大な湖で、その霧が晴れたことは今までに一度もない。つまり、湖を渡るのは不可能だという現実的な理由からだ。かといって、湖を避けるこのルートも安全というわけではない」
なぜなら、湖を拠点にする山賊がいるらしく、その危険度はハンターと並ぶというのだから気が滅入ったのは言うまでもないだろう。
それと、今回の任務には助っ人が来ている。レンが配属する黄瀬班だ。
北闇にいる混血者の旧家は三ツ葉家を筆頭に結束している。その三ツ葉の一人息子がソウジだ。ソウジは旧家のリーダーになる宿命にあり、レンはソウジを護衛する配下だ。
ダイチの話しにもあったけど、配下の内の3人と喧嘩になった事のあるヒロトは、勝利の記念に下唇に3つのピアスを着けた。父さんが激怒していたあの頃が懐かしい。
なんて思い起こしていると、棒つきキャンディをくわえながらレンが歩み寄ってきた。
「おっひさー。やり甲斐のない任務なのに青島班の背筋はピーンとしてるね」
暑さが苦手なのか、レンは半目でいて今にも気を失いそうだ。
「元気なのはイオリだけだ」
「あれはちょっと黙らせてよ。セミよりうるさいんだけど」
いつものように、青島隊長の周りをウロウロしながら敵を捜すイオリ。三白眼が忙しなく動いている。彼を見ていると青島班が平和だと思えるくらいに、彼はいつだって賑やかだ。
それに比べて黄瀬班は、隊長の呆れ顔が見て取れるほどに自由だ。
まずは大刀華レン。半獣人。パーマのかかったピンク色の髪の毛に華奢な体つき。後ろから見ると女の子みたいな容姿をしている。彼はまず班員と歩かない。なぜか青島班の側にいる。
次に、玉城フウカ。半妖人。彼女は一言で表すとギャルだ。ヒロトよりも明るい金髪を2つ結びにし、腕や首にはシルバー系のアクセサリーがじゃらじゃらとある。スラッとした高身長で、ホットパンツから出る足は長い。俺よりも背が高い。
最後に、高橋ケンタ。彼は人間だ。強化合宿では、精鋭部隊の罵声を最も浴びていた子で、課題をクリアできなかったのを今でも覚えている。ずり落ちてくる丸メガネを何度も定位置に戻しながら、ケンタはフウカと一緒に歩いている。――というか、お尻を追いかけている。
あぁ……と思わず声が漏れた。ケンタが抱く感情に気づいたのだ。
「うちの班ってさ、見ての通り濃いんだよね」
「黄瀬隊長がいるじゃん」
「あの人には一番近寄りたくない。怒ると怖いんだもん」
俺の前には嫌でも目を引く大きな胸と、引き締まったクビレに桃のようにプリッとしたお尻がある。色んな意味でまったく想像がつかない。
そんな黄瀬班を連れて、出発して数日後――。
久しぶりの日干しレンガ造りの巨大な壁を見上げながら正門を通過し、受付で入国手続きを済ませた。
相変わらず緑の少ない南光を歩き、親子で経営している船乗り場にやってきた。高い運賃を払って小舟が出発する。
その間、漕ぎ手の男と青島隊長の会話は尽きなかった。長い時間をかけて南光まで徒歩で向かい、その間ほとんど休憩はなかったというのに、いったいどこにそんな元気が有り余っているのだろうか。
青島隊長の体力に感心しながら、船にもたれ掛かる俺は温かい風に眠気を誘われていた。
船が進むにつれ徐々に潮の香りが近づいてきた。海がすぐそこであることを告げている。
「そういやあー、兵隊さん。こんな噂を聞きましたかね?」
「というと?」
「王家で化け物が暴れたって話しでさぁ。真っ赤な着物を着た鬼みたいな奴だってんで、そりゃもう大騒ぎになりやした。あんなに真っ白な城がその時は黒っぽく変色しちまって……。病んだ兵隊さん達は口を揃えてこう言ってやした」
俺達はナニを怒らせたんだ――。
面白そうな話しに眠気が引いていく。
「とまあ、こんな噂なんですがね。鬼といやあ、北闇のタモン様。最初は親子喧嘩でもしたんでねぇかって、だーれも本気にしてなかったんだが……」
男がわざとらしく目を据わらせた。
「なにせ、王家に勤めていた兵隊さんのほとんどが使いもんにならなくなっちまった。今じゃ廃人みたいで、幽霊よりも怖いってんだから、噂は事実なんでしょうな」
まだ昼だ。これっぽっちも雰囲気がない。
すると、突然、水路の分かれ道で親子は舟を漕ぐ手を止めてしまった。
娘が申し訳なさそうに頭を下げる。
「この水路を左に行くとすぐ海に出ます。私たちはここで降りますが、島はすぐに見えますので……あの……」
「……は?」
無意識にでてきた言葉に焦って口を塞ぐ。高い金を払った青島隊長も驚きを隠せないようで、任務遂行のためにも頭を下げ続けているが、親子は首を横に振り続けた。
「さっきも言いましたが、幽霊……。奴のせいでさぁ」
「例えじゃ?」
「いやいや……。あの孤島には名前がなかったんだが、幽霊がいると噂されるようになり、幽霊島と名付けられたんでさぁ。船乗りのただの噂話じゃなくて、わしらも幽霊を見たことがきっかけで……その……」
何を思い出したのか、沈黙してしまった父親に代わって娘が口を開く。
「前にも何度かあの島に隊の方を乗せて海に出ました。私達の舟は奇跡的に無事だったからよかったものの、幽霊は時に舟を沈めることもあるのです。船乗り仲間がどれだけ犠牲になったことか……。あの島に用があると頼まれても、もう二度とごめんです。父も高齢なので、どうか……」
よっぽど恐ろしい光景を目の当たりにしたのだろう。不憫に思った黄瀬隊長は、深いため息をついて青島隊長に向き直った。
「ゲンさん、私たちだけで行きましょう。事情がどうであれ、一般人を巻き込むわけにはいきませんわ」
「それしかないな。幽霊島はどの辺りに?」
天気は良いし風もない。舟が流されることもないだろう。
こうして、交代で慣れない舟を漕ぎ続けて海に出る。なんとか幽霊島を視界に捉える事ができた。南光とは打って変わり、緑に恵まれた自然豊かな島を見留める。
ここに来るまでに、話に聞いたようなことは起きず、周囲には何の気配も感じられなかった。しかし、半分を来たところでその手は止まってしまう。
首の骨が軋むような感覚がするのは、すぐ真横に見えるなにかに体が硬直しているからだ。
そこに浮かんでいたのは人だった。青白い顔を半分だけ水面から覗かせ、じっとこちらの様子を伺っている。奴は、静かにこちらへと近づいてきた。
俺は言葉にならないくらいに焦っていた。
あれは人間だと自分に何度も言い聞かせるが、水深を測らずとも海面の濃さでなんとなくわかる。幽霊島まではまだ距離があり、こんな深いところまで人間が泳げるはずがないのだ。
少しずつ寄ってくる幽霊に、俺とイツキは咄嗟にイオリの後ろに隠れ、フウカはレンの腕にしがみついた。
どうやら、親子が話していたことは事実だったらしい。すると、音も立てずに水面下に潜った奴は舟を揺らし始めた。転覆させようとしているのだ。




