第17話・仲直り
これは記憶の共有みたいなものだろうか。丘に戻って、ヒスイは込みあげてきた物をそのまま嘔吐した。反動でハクマが落ちる。すかさずコウマが自身の背中に隠した。
かといってヒスイの暴走が収まったわけではない。むしろ、悪化している。それも本人の意思に背いてだ。
吐き終えて体勢を整えると、急に大きく背中を反って空を仰いだ。
「がっ……。やめ……」
槍を支えにして真っ直ぐ立とうとするも、ヒスイの肩から先が消えてしまう。バランスを崩して倒れた。今度は足が消える。すると、槍を形成したときのように腰から先が変化し始めた。一定のスピードで瞬く間に別の生き物へ変化する。
ハクマがゆっくりと起き上がった。傷はもう治りかけている。
「これが正体かよ。こんな馬鹿でかい龍とどう戦えっての……」
尻尾は丘の向こうまで伸びて、終いには海の方へ投げ出されるほどに長くなった。これはまだ完成形じゃない。土地神はもっと巨大なはずだ。
ここで、ようやく僕は動いた。
ヒスイの横で腰を下ろす。
「お前がなりたがっていた重度になれたな」
「こんなの重度じゃない。俺の中に誰かがいるっ」
突然、巨体が波のようにうねった。
「奴が出てくるっ……」
「この大きさならまだ大丈夫だ。コウマの記憶で何が起きた」
「わからないっ。ただ、共鳴しているような感覚だった。俺自身がくだらないって思っても、その気持ちを上塗りされるんだ。それで、頭の中に聞こえてきた。仲間って……」
「――っ、それは確かか!?」
ラヅキは僕にすべてを話したわけではなさそうだ。とにかく、ヒスイの状態を落ち着かせよう。
あまり使いたくはないが、やむを得ない。ヒスイの身体に手を置いて獣語で呼びかけた。
『ユズキだ。帰ってきたぞ』
すると、ヒスイの身体が強烈な光を放った。あまりの眩しさに尻をつく。目を擦って正面を見ると、そこには濃い緑色の鱗に、頭部から首元へ曲がった大きな角をもつ龍がいた。ヒスイの身体はもとに戻っている。僕の視線を追いかけて慌てて飛び起きた。
「大声をだすな」
「喉でせき止め状態だ」
コウマとハクマもこちら側に逃げてくる。一先ず、これで休戦だ。
『ラヅキを解放した。記憶も見た。ただ名前をまだ聞いていない』
『リュウシン……。それが名だ。お嬢、長らく待ちましたぞ』
『そのようだな。すまない……』
低くて、身体の芯にまで響く冷たい声。リュウシンはヒスイに封印されるまで、一日一日を脳裏に刻み、数え、憤りと闘った。
ここはラヅキ達の世界。なのに、どうして人間のようなちっぽけな生き物に頭を垂れて生きなければいけないのか。憎しみは日に日に風船のように膨らんで、空気を抜く前に封印されてしまった。
『我が友に説き伏せられていなければ、あの国は奈落の底に沈んでいただろう。感謝せよ』
『友とは誰だ?』
『あやつは蒼帝・ジコクと名乗った。国の崩壊を阻止する代わりに、奴は小僧の命を保証し、国を出た。真実を求めてな』
『真実……』
『オウスイとトア、あの忌まわしき小娘共の墓を暴くことだ。お嬢、あやつは〝全てを知った〟唯一の人間だ。そんな弱小集団よりも心強い味方になる。お嬢が名乗れば喜んで手を貸すだろう』
『…………リュウシン、お前どこまで見たんだ』
『後はラヅキ様に任せる。どのみち、このままでは何も出来ない。これまでと同じよ。憤りに苛まれるのだ』
空高く上昇して、リュウシンはヒスイを見下ろした。
そして、
『仲間を傷つけるな。後悔することになるぞ』
言いながら、放たれた矢のようにしてヒスイの中へ戻って行った。
氷上が溶けていく。濡れた草原の上に僕達は立っていた。コウマが妖化を解いてぺたりと腰を抜かす。緊張の糸が切れたようだ。
何かを語る前にまずすべきことをする。
完全に直すことは出来ないけれど、割れた石同士を支え合うようにして置いた。もちろん見栄えは悪い。
「これが限界か」
ヒスイが視線を落とした。
「お前には関係ないだろ。なんで手を出すんだ」
「こんな性格でも良心はある」
「双子を助けなかったくせに、よく言うよ」
「暴走の発端は双子だ。だが、お前も言い過ぎた。親を馬鹿にするなと、僕にそう言っただろう」
「――っ……」
「ましてや人の外見に触れるなどあってはならんことだ。謝ってこい」
「なんで俺が!? あいつらが悪いんじゃないか!!」
振り返って双子を睨みつける。
「墓の件はな」
「じゃあ、なんでっ」
「どちらが先に謝るべきか、そんなくだらない事で腹を立てているのならお前はまだ子どもだ。トウヤに甘えた結果がそれじゃないのか? すがっていたのはお前も同じだろう」
「気に食わない」
「だろうな。だけど、僕なら謝るぞ。記憶を見たんだ。尚更な」
ハクマの傷の具合を確かめるコウマに歩みを寄せる。そうして、胸に手を触れた。やはりか――と、納得する。
顔を真っ赤にして、胸を押さえながらコウマは背を向けた。
「女か。なぜ性別を偽っている」
僕の声にヒスイが目を丸くする。記憶を見て気づかなかったらしい。まあ、くだらないと、冷めた気持ちで観賞していたのだ。わかるはずもない。
「こっちの方が溶け込みやすい。それだけだよ」
「ヨウヒがいるだろう?」
「ボクなんかより遙かに強い! でもボクは……弱い……」
滑り込んでヒスイが間に入った。顔は青ざめていて手は震えている。ようやく失態を受け入れたようで、癒えかけている傷口に眉を寄せた。
「ごめん……。俺、とんでもないことを……」
「やめろよ!! ボクが女だからって謝るな!!」
「それでも、男を殴るのと女を殴るのとでは意味が違う。これは許せないことだ」
「…………ボクの方こそ、お墓を壊しちゃってごめんなさい。ヒスイの言う通り、大切な人を失った痛みはすごくわかるよ」
そっぽ向くハクマの横腹をコウマが突く。
「ご、ごめん。もう喧嘩なんかふっかけない」
これで一件落着だろう。盛大なため息と共に精神的な疲労を吐き捨てたところで、隠れ家に踵を返す。後は本人同士で事足りるだろう。
そんな僕を追いかけてきたのは、またしてもこいつだ。
「まだ話しは終わっていない」
ヒスイが僕を呼び止めた。




