【逸話】イタズラ
「とうっ!!」
「おらおらおらぁあ!!」
「まだまだ!!」
「と、見せかけて逃げる!!」
「あっ、卑怯だぞ!! 待てー!!」
顔のそっくりな小さな双子が、本殿の外を掃除する神主の周りを、きゃきゃきゃと笑いながら飛行機の翼のように両手を広げて駆け回る。神主は薄らと浮かぶほうれい線を口の両端に見せて微笑んでいる。そうして、雑巾を片手に次の場所へ移動した。
本殿までの通路として使われている石の並びにはたくさんの落書きがある。双子が描いたのだ。文字もあれば何だかよくわからない絵まで。
双子はイタズラが大好きだ。時には神主に化けて参拝者を脅かすこともあった。神主は決まって「本殿にまつわる神を拝めたのですね」と、そう言って誤魔化してきた。このような発言もあって、山吹神社は神の宿る神社として広くにまで名が知れ渡っている。
雑巾で落書きを消しながら、一つの絵を見て神主は手を止めた。
「これは……」
双子が駆け寄る。
「ボクが描いたんだよ。これがハクマで、こっちが父さん」
「とても上手だ。だけど、消さなきゃいけない」
「うん……、わかってるよ……」
あからさまに落ち込むコウマ。
双子は自分達が人と違うことを理解しているし、神主も徹底して痕跡を残さないようにしていた。これは双子を守るためだ。
神主が強くコウマを抱きしめた。
「消したくないなあ!! こんなに可愛い絵を消すなんて、父さんには出来ん!!」
「ふふ。父さん、お髭が痛いよ」
「なーにー。数多くの女性を虜にしてきたこの髭にケチをつけるのはどのお口だ? これかー!!」
グリグリと頬ずりされる前にコウマは逃げ出した。
「さあ、追いかけっこだ!! 待てー!!」
「わあー!! ハクマ、父さん鬼が来たぞー!!」
「俺に任せろ!! ていやあ!!」
跳び蹴りしたハクマの足をいとも簡単に掴む神主。そのまま抱きしめて髭の餌食にした。
「ひいぃぃいいっ。怪人独身マンにやられるぅう!!」
「ハクマを返せ!! 成敗してくれるっ!!」
奪い返そうと突進してきたコウマもまた髭の餌食だ。
神主の表情は愛おしさで緩んでいた。
「独身で構わんさ。お前達がいてくれればそれでいい。父さんは幸せだ」
「…………本当に?」
コウマの問いかけに神主はじわじわと涙を浮かべた。
「ああ、本当だ。いずれ普通に暮らせる日が来る。ずーっと一緒だぞ」
「うんっ」
「さあ、遊びの続きをするぞー!!」
解放された双子は瞬く間に駆けだした。隠れんぼをするようで、双子は神社の一部に成り済ました。神主はすぐに気づいたけれど、わからない振りをして探し回った。
双子は決まって狛犬に変身するのだ。もともとあった像はすでに2人のイタズラによって壊されている。新しい物を買ったわけではないのに、空っぽになったそこで狛犬になって隠れる姿は、神主にとって可愛らしいことこの上なかった。
幸せだった。あの事件が起きるまでは――。
毎日、飽きもせず雨が降り続ける。本殿の中から外を眺める双子はとても退屈そうだ。
「ねえ、父さん。遊びに行ってもいい?」
ハクマの甘えるような眼差しに、神主は膝を思いっきり床に落とす。
「いいぞ。ただし、他の大人の人にそんな麗しい目で話しかけてはいけないよ。浚われたら大変だ」
「父さんってたまに変な事言うよね」
しらけた瞳で我が父親を見るハクマに、コウマは肩をすくめて笑った。
「ボク達のことを心配してるんだよ。いこいこ!」
「よっしゃあ! 遊ぶぞー!!」
双子はただ純粋に、雨を肌で楽しみながら、無邪気に遊んでいただけだった。木々をカモフラージュに妖化したり、泥にまみれてみたり。決して世間知らずな子達ではない。それでもやはり、〝息抜き〟は必要なのだ。
この頃はまだ、神主以外の生き物を敵としていた彼らにとって、圧迫された空気と、常に神経を尖らせなければいけない日常は窮屈で仕方がなかった。
ある日、参拝の常連である農民着を来た年輩の女性が神社を訪れた。彼女は、いわゆる双子の信者だ。狛犬に化けた2人の頭を交互に撫でて、心の中で繁栄と長寿を願う。
「いつもいつも、足を運んで頂き本当にありがとうござます」
「あたしゃ欲深いだけの女さね」
冗談を混ぜながら会話を楽しむ。ふと、彼女は何かを思い出して話題を変えた。
「そうそう! 神主様に伝えなきゃいけないことがあったわ。噂だけどね、ここに各国の闇影隊が来るって話しだよ。西猛の闇影隊が巨大な足跡を発見したって聞いたけど、夢でも見たさね。とにかく、もしかしたら来るかもしれないから、そんときゃパパッと追い出しちまいな」
名残惜しそうに狛犬の頭を撫でて、彼女は帰っていった。能面みたいな細い目で、貼りつけた笑みで女性の背中を見送る神主。見えなくなると狛犬に声をかけた。
「ハクマ、コウマ。しばらくは外出禁止だ。いいね?」
景色に溶け込むように狛犬が歪む。2人は目を伏せながら頷いた。
そうして、その日はやって来たのだ。
大勢の闇影隊が辺りを調査するも何の進展もみせない。本殿で腰を据える神主は閉じていた目をゆっくりと開き、今しがた外から戻ってきた2人に向いた。その顔は双子が見たことがないほど厳しくて、真っ直ぐで、何かを決意したかの表情だ。
双子の脳裏に黒い影が現れる。耳には、たくさんの足音が本殿に向かうのが聞こえていた。
「…………もうわかっているね?」
双子の肩に手を置いて、眉を寄せながら交互に見つめる。コウマの瞳が潤む。
「やだよっ」
「いつもだったらどんな我が儘だって聞ける。けれど、今回ばかりはそうもいかない。困った事に、闇影隊の中に優秀な者がいるんだ。彼には勝てない。弱い私を許してくれ……」
「――っ、ボク達が追い払うよ!!」
「ダメだ。何があっても我慢しなさい」
本殿の扉の前で足音が止まった。神主が声を低くする。
「……もう時間がないな」
ハクマが下唇を噛み締めた。
「なんでそんな顔するんだよっ。なんでお別れみたいな顔してんだよっ。ずっと一緒だって……言ったじゃないかっ」
双子越しに本殿の扉を睨みつける神主。双子を強く、強く、強く抱きしめて真っ直ぐ顔を見た。涙と鼻水でグシャグシャになった双子の顔を。
硬い手の平で、軟らかい双子の頬を撫でる。
「イタズラをしなさい」
噛んでいた下唇がブチッと音を鳴らす。泣きじゃくるコウマの手を引っ張って本殿の中にある物に化けた。それを繰り返しながら、闇影隊の目を盗んで開かれた扉から本殿の外に出る。闇影隊が神主に手を挙げたのは、まさにその時だった。
怒鳴り声にハクマが振り返った。こめかみが吊り上がって、内側に溜まっていた悲しみが爆発する。
「殺してやるっ……」
こうして、闇影隊は巨犬に襲われ、多くの死者を出してしまった。
我を忘れて手当たり次第に暴れる巨犬。転びそうにながら本殿から出てきた神主の声も聞こえていなかった。
双子が一方的な攻撃を止めたのは神社を氷のドームが覆ったときだった。突如として流れてきた冷気に熱くなっている身体が一気に冷やされていく。
冷気は物体へと変化していった。ブーメランのような形になって自由に動き始める。やがて、目にも見えぬ速さで闇影隊を殺しまわった。その物体はあろうことか神主の身体を引き裂いた。
双子へ伸ばされていた手は空を切り、上半身が地面に転げ落ちた。残された下半身も後を追うようにして崩れ落ちる。
目の辺りにした闇影隊は更に混乱した。外にいる仲間に伝えようと必死に壁を叩いて大声を出している。
物体はまだ動いていた。1人、また1人と確実に生存者を殺していく。双子を残して皆死んでしまった。直後、背後から凄まじい破壊音がした。振り返るとそこには大きな穴が空いていて、フードを被った者が3人立っていた。
迷わず、2人は神主のもとへ走った。側まで来たときには妖化は解かれていて、神主の顔を涙と鼻水混じりの顔が覗き込む。
ふっふっふ、と小刻みに息を吐き出す神主。虚ろな瞳でフードの者達を捉えた。
「この子達を……」
震える手で救いを求める。
「頼む……」
双子が同時にその手を握りしめたとき、神主の瞳から光が消えた――。




