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第13話・堕ちた国

 タマオが身体に優しいご飯を用意してくれている間、目覚める気配のないイッセイの介抱をするヨウヒ。僕とヒスイは国内の状況をトウヤへ報告している。




「噂しか耳にしていないが、そんな国ではなかったはずだ。いったい何が起きたというんだ」

「詳しい話しは聞けていないけど、白草イッセイと名乗っていた。知っているか?」

「イッセイだと……?」




 トウヤがイッセイを横目にする。




「白草は光影の国の当主を代々勤めてきた家系だ。イッセイの父親、キミカゲはこの世界でたった1人、オウガと対等に話せる人物でもあった。当主継承の儀を王家で執り行うほどに身分は各上だ。イッセイも同じ立場でいたが、とっくに老いて死んでいる。もう40年ほど前の話だ」

「冗談はよしてくれ。じゃあ、こいつは誰だ」

「イッセイと名乗ったんだろう?」

「そうだけど、年齢が合わないじゃないか」




 話している隣で、ヒスイが細い悲鳴を上げた。僕の肩に手を置く。




「衰弱してるんじゃない。まんまの姿だ」

「何を言って……」




 イッセイに視線を注いだ。




「会ったときは20代後半くらいだったぞ。僕の見間違いか?」

「俺もそう思った。こんな年寄りじゃなかったはずだ」




 ヨウヒが介抱しているのは若い男性ではなく、老人だ。




「バコクから受け取ったときはこの姿だったわよ?」




 あまりの気味の悪さに僕とヒスイが口を閉じたところで、トウヤはさらに追い打ちをかけてきた。




「ちなみにだが、イッセイの死んだとき、王家や国帝が出席するほどの大々的な葬儀が執り行われた。知らぬ者はいない」

「じゃあ、偽物か?」

「残念ながら本物だ。こいつは継承の儀で確かに当主を受け継いだ。老いてはいるが面影はある。イッセイで間違いない。しかし……」




 何をしているのか、イッセイの身体をあちこち触っていたヨウヒが「ここね!」と声を上げた。爪で突くと、鱗粉がイッセイの体内へ吸い込れていく。




「ほーら、起きるわよぉ」




 身体が打ち上げられた魚のように跳ねた。どうやら神経系に刺激を与えていたらしい。これがヨウヒの能力のようだ。


 イッセイが瞼を開く。




「ハロー、幽霊さん。死んだって本当なの?」

「――っ!?」




 骨と皮だけの己の手を見て、イッセイは鯉のように目を丸くした。




「解けたのか……。(かん)・強化……」




 聞き取れるのがやっとの声で、言霊に似た言葉を唱える。そうして、我が目を疑う光景を目の辺りにした。見る見るうちに肉付きがよくなる身体に、消えていくシワ。シミがなくなり、漆黒の髪が生えてくる。若返っているのだ。


 横になっているのは老人ではなく、神聖かつ厳かな雰囲気を放った男性だ。出会った時よりも健康的になっている。




「ありがとう、お嬢さん」

「ヨウヒよ。ご飯を取ってくるわね」




 自由人だとは言っていたが、まさかここまでとは。軽快な足取りでヨウヒは部屋を出て行った。




「君達は誰だ?」

「そんなことはどうでもいい。今のはなんだ……」




 僕の問いかけが理解出来ないのか、イッセイは質問の意味がわからない様子だ。




「封印術士に言霊の能力はないはずだ。だから、闇影隊ではなく単独で動いている。そうだろう?」

「これは言霊じゃない。白草家に伝わる能力だ。周知の技だろう」




 僕に代わってトウヤが話す。




「そんな技術は誰も知らないし、持っていない。周知の技などと戯れ言を吐いたのは誰だ」

「父上だ。もしそれが本当ならば、今すぐ確認を取ってくる。それよりもどうして俺はこんな場所にいるんだ?」

「……どうやら出るときに煙に犯されたらしい。存分に吸い込んでいるようだ」




 ヨウヒがご飯を持ってきた。この場を任せて僕達は外へ出る。


 トウヤは何か考え事をしているのか、顎を少し下に向けて歩いている。




「強化というあの技、若返ることがわかった。しかも薄紫色の瞳だ。監視者も同じ能力を持っているとしたら、いよいよ発見は困難になる」

「言っておくが、ナオトではない」

「奴も例外ではない。証拠は何もないのだからな。それに、イッセイの記憶が当てにならない以上、真相は闇の中だ」

「ヘタロウを忘れているぞ」

「一代目であることを祈れ。そうでなければ、とんだ無駄足だ」




 光影は堕ちた――、そう吐き捨てて去って行く。


 自分達を殺した監視者。威支の狙いはそいつだ。僕にとっては、イッセイに封印が解けるだけの能力があればそれでいい。


 栄養たっぷりのタマオのご飯が利いたのか、時間をかけながら日に日に力を取り戻していく。どれだけあの部屋に閉じこもっていたのだろうか。そんな疑問を抱えるほどに、とにかく体力の回復には想定外の時間を要した。実に数ヶ月だ。元気になったの良いが、個人差があるのか残念ながらまだ煙の効力は切れていない。


 その日、回復したイッセイは自国へ帰ろうとした。すかさずトウヤが止めて脅しにかかる。なぜなら、今日は南光へ潜入するからだ。イザナによるとすでに東昇が動いているらしい。




「ただ生かしたと思っていたら大マヌケもいいところだ。お前には手を貸してもらう」

「いつから混血者はこんな非道な行いをするようになったんだ。やはり、国に閉じこもっていてはダメだな」

「物わかりがいいな。嫌いではないぞ」

「それで、何をさせる気だ」

「とある国に老人が幽閉されている。お前の国にいる封印術士が封じ込めた人間だ」

「本当に人間なのか?」

「だと思うがな。お前と同じ瞳をしている」




 疑惑にくるまれた顔をして、イッセイは鼻で笑った。




「その者、名をなんていう」

「走流野ヘタロウだ」

「ならば、あり得ない。この瞳は白草家の物。そいつは偽物だ」

「確証がないからそんな顔をしているんだろう? 自分の目で確かめてこい。必ず生かして帰してやる」

「それが嘘だったら、俺は貴様らを地獄の底まで追いかけて殺すぞ。我が国の封印術士総出で葬ってやる」

「好きにしろ」




 どうせ出来やしない――、とトウヤの冷めた心の声が聞こえたような気がした。


 利用しているみたいで悪い気もするが他に方法がない。後ろ手に拘束されながらイッセイは歩み続ける。


 目指すは南光の国。潜入場所は、あの地下に続く山の麓だ。

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