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第11話・光影の国

 作戦実行日――。


 北闇と東昇の間にある光影の国は、試験帰りにナオト達が襲撃された神霊湖の近くに位置する。よって、人通りはないに等しい。夜間に実行されるこの作戦は滞りなく行われるかに思えたが、僕の目では判断できない現象が起きていた。


 風は強いのに、神霊湖は常に発生する濃霧で実態を目視することはできない。光影の国は、何を燃やしているのか、ここもまた煙が消えた日はないそうだ。つまり、霧と煙の境目がない。どこまでが煙の届かない安全地帯なのだろうか。


 チョウゴが空へ舞い、イザナを先頭に進んでいく。今のところはまだ異変は起きていない。




「試しに門を突破してみるとするか。わしが戻らないときは、煙を吸ったと思ってくれ。身体を頼むぞ」

「気をつけろ」




 トウヤに頷いて、イザナは走りながら獣化した。一瞬で姿を変える事ができるらしく、瞬く間に巨大な猪が森を駆けていく。


 濃霧の奥に消える。それからしばらく待った。




「なんの音も聞こえないな。失敗したか……」




 やはり、そう簡単には潜入させてもらえないらしい。イザナを回収するため全員が動く。国に近づくと、門に触れる前にイザナは倒れていた。獣化が解かれている。


 とはいえ、彼の身体はそれでも大きい。トウヤは子どもを抱えるかのように、ひょいっとイザナを持ち上げて引き返し始める。


 そうして、元の位置まで戻って来た。ここで異変に気づく。




「さあ、いよいよだ。無事に突破できればいいが。イザナ、任せたぞ」

「ああ、行ってくる」




 またイザナは戻ってこなかった。僕以外のメンバーが回収に向かい、そして――。




「見張りはいないと思うが、万が一のこともある。その時は合図を出す。わしを援護してくれ」

「初潜入だ。失敗はつきものさ。気にせず行って来い」




 言葉は違うけれど、3度目の試みだと誰もがわかっていない。今立っている場所が安全地帯だとわかっていても、鼻と口を押さえずにはいられなかった。きっと、数歩踏み込めばその先は光影から流れてくる煙だ。1度目は煙を吸ったはずの僕に効力が無いのは、これもまた狼尖刀のおかげだろう。


 しかし、まずい状況だ。メンバーが全く使い物にならない。


 何度も振り出しに戻るメンバーを呼び止めて、起きた現象を説明した。彼らは何も覚えていない。トウヤが唸った。




「王家が小国相手に許可を必要とするのは、これが原因か。まさか記憶を消去するとは……」

「今度は息を止めて行ってくる」




 イザナは爪で地べたに文字を書き残していった。「煙は記憶を消去する。6度目の挑戦」との文字だ。戻って来たときの為にだろう。


 だが、結果は変わらない。物音一つ聞こえず、僕を残してメンバーはイザナの回収に向かう。1人ぽつんと立たされたとき、キトは現れた。




「何を遊んでいる」

「これでも必死だ。侵入経路は見つかったのか?」

「一ヵ所だけあったぞ」




 場所と、高度な技術をもつ封印術士を教えてくれるキトは、ついでに僕の記憶を覗いた。そうしながら湖に僕を浸す。




「上手いこと行き過ぎている。奴はまだ信用できんな」

「ああ。何か企みがあるのは確かだ。土地神のことは真実を話していると思うか?」

「おそらくな。重度に封印の技術はないし、今の様子から見ても光影と繋がりがあるとは考えにくい。だが、本音は別の所にあるといった感じだ」

「だが、重度の記憶は見られない……か」

「とにかく、今は封印術士の捕獲だ。そいつを連れて再び王家へ潜入するぞ。南光で待っている」

「ありがとう、キト」




 キトが消えて、びしょ濡れのまま待機地点に戻る。直後、メンバーが戻って来た。己の字を見て眉をしかめるイザナ。足で踏み消して参ったと言わんばかりに額に手を置く。




「ユズキよ、わしは失敗したんだな?」

「ああ。だけど、別の道を見つけたぞ。こっちだ」




 向かうは神霊湖だ。まさか、こんなところにあろうとは誰も思うまい。


 シュエンが湖を覗き込む。




「ここって、情報が何もないんだよな。本当にあるのかよ」

「潜って確かめてきた。井戸の水をここから引いている。泳ぐことになるけど、これで国に入れるだろう。問題は、国内が煙で充満しているのかどうかだ」




 そう言ってトウヤの指示を仰ぐ。




「ならば、井戸の外には出ずに一先ず様子を見よう。安全が確認できたら一度戻って来てくれ。こちらも動く」

「わかった。ヒスイ、行くぞ」

「言われなくても」




 水音をたてないように、足を引きずるようにしてゆっくりと歩く。腰まで浸かったところで、僕とヒスイは潜水を開始した。


 水は透き通っているため見通しは良好。穴を発見すると、ヒスイが先を泳ぐ。直線にしばらく進んで、角にぶつかった。今度は上に伸びる穴を壁に指を引っかけながら上昇する。


 水から顔を覗かせて、静かに息を吸い込んだ。これでヒスイが何も覚えていなければこの方法は失敗だ。


 しばらく待って、問いかける。




「僕達はここへ何をしに来た?」

「…………まさかお前、忘れたのか?」

「いや、覚えている。確認だ」

「封印術士をかっ浚う」

「よし、国内は安全だ」

「父さんに報告してくる」




 再び潜水するヒスイ。戻るのを待っている間に、井戸から顔を出して辺りを見渡した。みんな眠っているのか、人っ子一人見当たらない。不気味なほどに静かだ。それと、国内に煙がない訳も判明した。


 風車みたいな機関が壁の外に向いて何台も設置されている。これで煙の侵入をできるだけ防いで換気しているようだ。


 戻って来たヒスイが感心の声を漏らす。




「へえ、さすが風の国。きちんと生かしてる」

「そんな別名があるのか」

「まさか知らない奴がいるなんて……。父さんがどこから出てきてもいいように国の四方で仲間を配置している。俺の合図で迎えに来るらしいから、一先ずは記憶のことは無視して大丈夫そうだ」




 井戸から出て頭を低くしながらお目当ての建物を捜す。キトの情報を思い出して、早めに狼尖刀を構えた。


 〝兎〟の文字を掲げたお城。そこに暮らす一人息子が、この国で唯一の高等封印術士。


 彼を誘拐する。

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