第3話・狼尖刀と水龍
隠れ家を自由に動き回る時間はたくさんあった。
彼らはよく任務という名の破壊行動に出かける。大国ではなく、村や町ばかりを狙うのは、そこが記憶に残る出生地だからだ。先祖の恨みを晴らすかのように、彼らは衝動のままに行動していた。
今日もまた彼らは出かけていく。居残り組は、僕とコウマ、そして――。
「ヒスイー、遊ぼうよ」
「ヤダよ、あっちに行け。ウザいんだよ」
龍の重度、ヒスイだ。
さっき、少しだけ会話をした。「いくつだ?」と聞いて、「12」と返ってきただけだが。ともかく、同じ年齢だ。それよりも驚いたのはコウマの年齢だ。「ボクは7歳!」と、身長の変わらない男の子に言われたのだから、度肝を抜かれたのは言うまでもないだろう。
それにしても、コウマの頭に犬の垂れ耳や尻尾があるのに対して、ヒスイは人間と同じ姿だ。タマオが貴重だと言ったのは、こういう姿を意味していたのだろうか。
ちなみに、コウマは西猛の襲撃事件で海に落ちた犬の重度だ。一度は東昇の混血者に拘束されていたらしいが、命辛辛逃げてきたらしい。まだ有り余る体力でヒスイに絡んでいる。
ジッと観察する僕に、ヒスイは機嫌の悪い人相を貼りつけて詰め寄ってきた。片手で頬を掴まれ、口がアヒルのようになる。
「なに見てんだよ、新入り。お前だって俺と同じだろ」
「…………今回は許す。次はやり返すぞ」
「やってみろよ」
そう言って、手に力を入れた。
狼尖刀をヒスイの喉にあてがい足を払う。彼は軽く飛んで避け、僕と距離を取ると言霊を唱えた。両手を交差させ、身構える。
これが僕とヒスイの挨拶代わりとなった。
「水・龍陣突破」
コウマが僕の背中に隠れた。しかし、何も起こらない。発動に失敗したのだと思い、構えを解いた、その時。近くを流れていた川の水が龍の形を描いてヒスイに衝突した。天井まで水しぶきが上がって、彼の身を守るように水がまとわりついていく。
全身を覆ったところで片手を伸ばした。
「堪えてみやがれ」
もう一度、構えを取る。言霊を唱えないということは、龍陣突破はまだ終わっていない。
伸ばした手から大きな口を広げた水龍が放たれた。狼尖刀にぶつかると、勝手に身体が後ろへ下がる。重たく、全身に衝撃が広がる。
ヒスイに近づこうとすると、また水龍が襲ってきた。最初のよりも大きくて、丸呑みされるほどに開かれた口が頭上から降ってくる。
膝をついて衝撃に備えた。すると、水の代わりにヒスイの怒鳴り声が飛んできたではないか。
「言霊が消滅しただと!? どうなってやがる!!」
片目を開いて仰ぐと水龍はどこにもいなかった。
背後からコウマが顔を覗かせる。
「どうやったの?」
「何をだ」
「さっきのだよ。その爪に吸い込まれちゃった……」
天井から雨漏りみたいに水が垂れ落ちてくる。頭に落ちて、額に伝ってきた水滴を拭い、狼尖刀を見た。傷一つついていない、綺麗な黒光り。それから、苛立つヒスイへ視線を向ける。
「何はともあれ助かったようだ。反撃開始といくか」
地を蹴ると、今までにないスピードで身体が動く。ラヅキの器となった影響だろうか。マヤが北闇に来た時は、ナオトに引きずられるようにしながら逃げたのに、ナオトと同等の力が宿ったような気分だ。
まるで電光石火の早業だ。ヒスイの目は全く追いついていないし、僕の攻撃を直に浴びている。コウマが言っていた通り、水が狼尖刀に吸い込まれていくからだ。防御の役割を果たしていただろう、彼の身体を覆っていた水は消えてしまい、生身でいる。
壁に放り投げ、ぶつかったところで顔面すれすれに狼尖刀を突き刺す。風圧で切れた頬に血が滲む。
「理由を尋ねられた上で、僕の答えが癇に障ったのなら素直に謝る。だが、いきなり手を出されては、許せる事も許せなくなる。僕は気が長い方ではない。最後にもう一度だけ言う。次は、やり返すぞ」
「お前が見てたからだろ」
「だから、理由を尋ねろと言っている」
ヒスイが手の甲で血を拭った。
「どうして俺を見るんだ」
「お前の姿が人間だからだ。……ニオイもな」
近寄ってわかった。こいつからは獣のニオイがしない。
「妖だからだ」
「嘘をつくな。威支の妖はトウヤと犬の兄弟、そしてマヤだけのはずだ。答えろ、お前は何者だ」
ヒスイは僕の肩を突き飛ばした。そうして、洞窟の外に向かって歩いていく。
「……二度と俺に近寄るな」
そう言い残して、どこかへ行ってしまった。
「僕から近づいたわけじゃないんだがな」
「だね。それにしても、ユズキって強いね! あのヒスイがこてんぱにやられるだなんてさ。後でハクマにも話してあげよーっと」
「傷に泥を塗ってやるな。次はお前達が水龍にやられるぞ?」
「あいつ、嫌いなんだもん。トウヤにべったりでさ。ムカつく」
腕を組んで頬を膨らます。仕草は本当に子どもだ。
「トウヤが好きなんだな」
「ハクマもだよ。命の恩人だから」
それを聞いて思い起こすは山吹神社事件だ。裏切り者がいると、タモンは話していた。
「トウヤが助けてくれたのか?」
「最初に助けてくれたのは氷のお化け! 閉じ込めたくせに逃がしてくれたんだ。外に出たらトウヤが立ってて、ここに連れてきてくれた。ボク達に、居場所だって言ってくれた」
ごくりと生唾を飲む。
ヘタロウは、ナオトとヒロトを守ってくれと頼んできた。何から守ればいいのか、単体で考えていた僕は一つ一つに目をつけていた。しかし、そうではない。
氷のお化けとは、おそらくセメルの言霊だろう。裏切り者の正体はセメルだ。まさか、威支と王家だけでなく、ナオトの父親まで繋がっていただなんて。
ナオトを北闇に置いてきたことを、今とても後悔している。
「ユズキ、どうしたの? 怖い顔してるよ」
「なんでもない」
定期的に落ちてくる水が、余計に僕の心情を煩わしくさせる。陽の光を浴びるために外へ出ると、コウマもついてきた。
「大好きなトウヤと一緒に行かなくてよかったのか? 僕といても暇だぞ」
「今回だけ! 次は一緒に行くよ。ただ、任務が怖くて……」
「何かあったのか?」
「うん……。皆には内緒にしてね」
目を伏せて、俯く。足もとを見つめたまま泳ぎ始めた瞳には、恐怖が見え隠れしていた。
こいつは青島とイツキを目撃した最後の重度だ。話しの流れで、2人がどうなったのか聞いておこう。




