最終話・始動
チョウゴに乗って離島を後にする。大陸で下りて、傷心しきった身体を引きずるように歩いた。
北闇の全国民を幻覚に陥れ、外部の人間を中へ入れず、黒岩ジロウという架空の人間に化けて行動していたマヤ。その力はタモンにまで届き、マヤは自由そのものだった。
一国を落としかねない、そんな強力な言霊をもつマヤをあっけなく殺した犯人。
「犯人は雷と風の性質を持っているようだが、言霊の性質を2つも持てるものなのか?」
チョウゴに尋ねると、眉らへんをへの字にする。
「長年生きてきたけど、あんなのは初めて見たよ。多分、仲間も知らないんじゃないかな」
「やっぱりそうか……」
フードで顔を隠す事を忘れるほど、彼の胸中はいまだ騒がしいようだ。代わって被せてあげた。
「あ、ありがとう……」
「これくらいで礼などいらん」
「それにしても、君は俺を見ても全く驚かなかったね。普通の人なら王家に駆け込んでるところだよ」
「…………〝普通〟か。僕が最も嫌いな言葉だ」
「君と同じ事を言う人はごまんといるよ」
「僕にはちゃんとした理由がある。持論に過ぎないが」
きっと、この世に生きるほとんどの人間はこう嘆いたことがあるだろう。
なぜ神は試練ばかりを与え、幸福から遠ざけるのか。どうして人生を複雑にするばかりで、楽にしてくれないのか。
これに答えてくれる人間も多いはずだ。
試練がなければ、それが幸せであると気づけない。不幸があるからこそ幸福を実感できるのだ、と。
この世はすべて反対になるようにできあがっている。
光と闇、真実と嘘、愛情と憎しみ、平和と戦争、そして生と死。これらは世に善と悪を放ち、一方は良いことで、一方は悪いことだと決めた。しかしそれは〝まやかし〟であると僕は考えている。反対になるように作ったところで、全ては曖昧な領域であり決めつけることはできないのだ。
このような基準を作り上げた人間は、曖昧な世界から抜け出すために〝普通〟をこよなく愛する生き物へと進化し、様々な言葉を生み出しては自ら葛藤する生き方を選んだ。
暴力や権力の前に、言葉に支配されていることに気づかず、目に見えているものが全てではないと知りながらも、同じ過ちを繰り返しては嘆くのだ。神様――と。
別にすがることを悪いと言っているわけではない。ただ、人間は負の連鎖を生み出す賢い生き物だ。神もお手上げだろう。
僕は常に弾かれてきた。
人間には話すことのできない言葉、獣語を口にし、腕からを自在に爪を出せる。ただそれだけの理由でだ。そんな愚かな人間を心底嫌いになり、感情を捨て、気が遠くなる道のりは避けるようになった。受け入れてほしいだなんて、愚かな考えだ。
「言葉に支配、か。例えば?」
「そうだな……。人は普通と言いながらも、時に、十人十色という言葉を使う。十人十色ならば、僕のような生き物がいたっていいわけだろう? だが、そうはいかない」
「じゃあ、普通ってなんだろうね」
「自分の中の常識だ。これに勝る物はない。だから、お前達のようにフードを被ってじゃないと外を歩けない者が現れるんだ」
「当時は通り名があったんだけど、それでも堂々と歩いてたんだよ。なにせ、重度事態、珍しい生き物だからね。あの時はまだ空想上の生き物のような存在だったんだ」
不幸を招く舌切り鳥――。チョウゴの生い立ちが世に出ていないこと、村人に生き残りがいないことで、こんな通り名になったそうだ。
「人の舌なんて切った事ないのに。通り名が浸透し始めてからは隠れて過ごしてきた。まあ、今ではそうかもしれないって思えるけど」
「リンのことか」
「俺は彼女から言葉を奪ったし、姿形も醜く変貌してしまった。人間とは関わらない方がよかったのかもしれない」
分かれ道でチョウゴが立ち止まる。
「それで、お前はどうするんだ? 説得が通じるような仲間じゃないなら、今後どうやって止めるつもりだ」
「まずは敵がいることを伝える。他国が動き出した可能性もあるしね」
「何も変わらないと思うぞ。組織にとっては皆が敵だ。ならば、そいつはその中の1人にすぎない」
「君ならどうする?」
「内側から解体する」
「――っ、殺すのか?」
「そうじゃなくて、説得なんて生易しい方法ではなく、根っこから折るんだ。止めるのではなく、こちら側に来させる。僕の目的に巻き込んでやるさ」
僕の案に度肝を抜かれたのか、チョウゴの目が丸くなった。
「マヤの探し物を捕獲したと言って、僕を組織へ放り投げろ。マヤが何を見つけたのか、なぜナオトを狙うのか、走流野家がどう関係しているのか……。その謎を解く」
「本当に……君は……何者なんだ……」
チョウゴの瞳を見つめる。
「僕は神の使いだ」
こうして、僕はチョウゴと共に敵の陣地へ足を踏み入れた。
場所は幻惑の森の近くで、原生林に囲まれ、川を跨いだ先にぽつんと存在する洞窟の中。ここが敵の本拠地だ。
さあ、始めよう――。




