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第12話・マヤ

 怒りがふつふつと沸き上がる。


 母親を喰う羽目になったイツキ、理由もわからず命を狙われるナオトやヒロト、雷に打たれたライマル、見えない存在に心を許したリン。被害者はもっといる。




「世界の統一だと? 人の人生を狂わせてまですることじゃないだろう!」

「何を言って……、君はいったい何者なんだ」

「どうでもいいことだ。とにかく、僕はナオトを守る。お前の試みなど無視して僕はまた来るぞ」




 こいつからは敵意を感じられない。時間の無駄だ。


 背を向けて来た道を戻る。始末するなら全員が揃った時だ。


 河口まで残り半分のところで、男が行く手を遮った。




「……すまない」

「なぜ謝るんだ」

「マヤは……神霊湖の辺りで北闇の受験生を襲撃すると言っていた。今頃、あの子を見つけているはずだ。君の言葉を借りるなら、人の人生を狂わせてまで成し遂げたいんだよ。彼らは絶対に諦めない……」

「――っ、退けっ!!!!」




 男を突き飛ばして走った。が、足首を掴まれてしまい顔から派手に泥へ転げる。


 足首を掴む手を見て、喉まででかけていた言葉を飲み込んだ。黒と茶色の羽毛が僕の足を引っ張っているではないか。




「お前、まさか……」




 サッとフードを捲った。口先は黒く、口元にかけて黄色の模様を描いたクチバシが露わになる。目は白目がなく、薄茶色で瞳は真っ黒だ。(わし)だ。獣化が進んでいる。


 男が慌てて顔を隠す。




「チョウゴだな?」

「――っ、どうして名前を……」

「リンに会った」

「あの子は俺の事を覚えていないはずだ!!」

「理由はどうだっていい。またゆっくりと話そう」




 僕を引き留めようとしたのがチョウゴなら納得がいく。彼はトア派の人間に匿ってもらっていたのだ。かといって、村からの仕打ちは許されるものではない。何方(どっち)付かずで苦しんでいるだろう。


 チョウゴから距離を置けたところで、走りながらラヅキを呼び出した。毛を掴んでまたがり行き先を告げる。




「神霊湖だ。ナオト達が襲撃されている」

「急ごう」




 霧の中へ突入すると、悲鳴が場所を教えてくれた。背後から近寄る。水難日なのだろうか。どこからともなく流れてきた水に足を取られた。


 水を追うと、しだいに見えてくる小隊の姿。あの後ろ姿はキョウスケだろう。ヒロトもいる。何かと戦っているようだ。その何かを目の辺りにして、僕の足が止まった。




「なんだ、あれは……」




 大きな白い犬が二体、赤坂班と真っ向から対戦しているではないか。しかも、水を使っているのはヒロトだ。ヒロトは言霊の修行を断ったとナオトから聞かされた。いったいどうなっているんだ。


 そうこう考えていると巨犬が後退し始めた。そこにフード付きのマントを羽織った者が合流する。




「撤退するぞ」




 この声は紛れもなくマヤだ。我に返ってナオトを捜した。だが、どこにもいない。


 顔の捻れた犬が地団駄を踏む。




「まだだ! まだ生きている!」

「聞こえなかったのか? 撤退だ。早急に確認したいことがある」




 犬がマヤを前足で叩いた。まるでイヤイヤ期の子どものようだ。帰りたくないと駄々をこねている。と、その時。マヤが言霊を唱えた。




獅子夜行(ししやこう)




 巨犬の動きが止まる。同時に、僕は背中で異常な冷気を感じていた。


 霊体のような姿をした無数の虎が僕の身体を通り抜けて駆けていく。直後、とてつもない脱力感に襲われた。膝から崩れ、地面に倒れる。呼吸が苦しくて意識を持っていかれそうだ。巨犬は倒れてはいないけど、舌を垂らして息をしている。




「次は魂を奪う。命令に従え」

「わかったから、やめてっ……」




 マヤは巨犬と共に暗闇へ去って行った。


 震える手をついて立ち上がる。ヒロトがナオトを呼ぶと、返事が聞こえてきた。よかった、生きている。


 立ち位置が悪かった。足に力の入らない僕を置いて、北闇の受験生は帰国の道中を進んでいく。


 全ての気配が消えて、僕とラヅキは盛大に息を吐き出した。




「あの犬、山吹神社事件の奴だ。あいつも仲間なのか」




 それにしても、先程の言霊。巨犬が震え上がるほど強烈なものだ。僕とナオトを殺す事だってできたはず。




「殺すのが目的じゃないなら、なんなんだ? どうして殺すなんてマヤは騒いでたんだ?」




 とりあえずは、横に置いておこう。もっと別の問題がある。重度の襲撃よりも、恐れを抱かずにはいられないことが目の前で起きてしまった。




「ユズキよ、何を考えている」

「ヒロトのことだ。あいつは言霊の事をナオトに黙ってるはずだ」

「守るため……、ではないのか? 卒業試験も本音は反対だったのだろう?」

「ああ。だけど、あまあまのベタベタだからな。ナオトの意思を無理矢理に曲げたりはしない。ただ、反対する理由が言霊だったんじゃないかって、そんな気がして……」




 だとしたら、一大事だ。


 ナオトはヒロトを超えると意気込んでいたし、殺傷能力のある言霊を習得しようとするほど本気だった。その気持ちは入隊しても変わっていない。きっと、ヒロトよりも先に言霊を習得して、自分に自信をつけたはずだ。


 それが折られる瞬間を僕は見てしまった。ヒロトは弟想いだ。ナオトの気持ちに気づいている。




「この状況で走流野家が分裂すれば、ナオトはまた昔のように偽った自分で過ごすことになる。ウイヒメと出会って変わり始めていたのに、無駄になってしまう」

「そんなに危惧するほどのものなのか?」

「一度だけ僕に本音を吐いたことがあるんだ」




 みーんな、死んじまえ――。言葉通り、試験中に女の子が1人亡くなっている。直接手を下していなくても、あいつは邪魔だと思ったらその方向に持っていくのだ。


 世界統一のために殺戮を繰り返す重度と、なんの違いがあるだろうか。




「とにかく、僕はもう全部を抱え込むあいつを見たくないんだ。僕がヒロトと話すまで、ナオトにバレなきゃいいが……」




 それから数日後、事件は起きた。


 重度による西猛への攻撃が始まったのだ。

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