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第11話・最悪な一日

 ヨツノウミは大陸に近づけない。ということで、また泳ぐことになった。けれど、この移動方法は東昇側から西猛へ徒歩で移動するに比べて明らかにリスクが少ない。泳ぐくらいなんのそのだ。


 遠くからだと幻惑の森の毒霧がはっきりと目視できたが、河口へ進むにつれて森に隠されていく。


 河口は平坦な地でいて、木の本数が少ない開けた場所だ。もしこの辺りに敵の拠点があるとしたら、見つけてくださいと言っているようなものである。だが、こうしてわざわざ河口から行くのには理由がある。


 ヨツノウミによると、河口を登っていく方法が近道なんだそうだ。これはもう行くしかないだろう。


 透明度の高い川の水に、木々の隙間から差し込む光。鳥のさえずりや虫の鳴き声がとても心地良い。魚も元気に川の流れに逆らおうとしている。




「こんな自然豊かな場所に敵の拠点なんてあるのかな」

「お前が想像している図はなんとなくわかるが、奴らが利用しているのは自然ではなく毒霧だろう」

「あれは自然のものじゃないのか? ライマルはそれっぽい言い方をしていたぞ」




 ふと、思い起こして立ち止まる。この話、何かがおかしい。




「幻覚ではなく記憶を見せられるのはわかった。一度、体験してるんだ。間違いないだろう。ライマルは木に向かって話していたし、その様子が幻覚と勘違いされたこともなんとなく予想がつく。だけど、あの森、死ぬまで……とライマルは話していた」




 じゃあ、この話は誰が西猛に持ち帰ったのだろうか。


 ここでようやく、キトが幻惑の森に目をつけた本当の理由を心得た。




「……敵は早くから下準備をしていたわけか」

「確信はないが、俺はそう考えた。それに、トラガミを呼ぶ前、微かに妖の気配がした。アマヨメと同種でありながら、俺のような能力を持つ妖だろう」

「魂を奪う奴が他にもいるなんて考えたくないんだが」

「そっちじゃない、記憶だ。記憶を見させて森に留め、殺す。これが奴の手口なら、実際に森に入った人間が戻ってこなかった訳と繋がる」

「ということは、敵と妖が手を組んでいる可能性もでてきたな。……面倒だ」




 さらに面倒なことは続く。雨だ。途端に空は灰色になって、水面にいくつもの波紋が浮かぶ。


 キトが拾ってきた里芋の葉っぱを傘代わりに、雨が止むのを待った。


 そうしながら、今後について話し合う。もし、幻惑の森に憑くよりも先に敵と遭遇したら、発見される前にキトは一先ず消える。その場の状況次第で敵に着いていくか逃げるかは僕の判断で決まる。


 キトが出てくるのは、あくまでも最終手段だ。というのは、僕達がいう敵が二通りいるからである。土地神を狙う組織と、重度だ。


 キトはある生き物に姿を見られている。フードの男だ。王家に情報を渡したのはこいつであるか、もしくはフードの男に仲間がいるかだ。そもそも、僕にとっての本来の敵はフードの男なのだ。お人好しの青島から言い渡された任務でもあるが、ナオトとフードの男との接触だけは阻止したい。


 そうして、一日の中で最も気分を害したともいえる出来事が起きたのは、雨が酷くなった夜であった。


 雨が地面を打ちつけるのとは違った、水溜まりを蹴るような音が近づいてくる。強雨のせいで鼻が利かない。


 キトが消え、雨と雨の隙間から覗くように僕は目を細めた。黒い物体が走っている。正体を捉えた瞬間、動いた。




「――っ!?」




 僕には気配やニオイがないのだ。いきなり横っ腹から体当たりされた相手は、驚きのあまり声を喉に詰まらせた。


 泥の上をもつれ合うように転がって浅い川に落ちる。相手はフード付きのマントを羽織っている。同時に立ち上がり、出方を窺った。先に言葉を発したのは相手だ。




「君は……」




 似たような格好をしているが、フードの男ではない。こいつからは僅かに獣のニオイがする。しかも、相手は僕を知っているようだ。


 正体を探る僕と、僕の腕を握って川を上がり走り始める相手。握られた感触は人の手のものではなかった。




「ここに居ちゃダメだ。早く離れないと」




 なんだか様子がおかしい。




「どこかで会ったか?」

「会った事はない。でも君の話はよく聞いている。マヤに命を狙われているというのに、どうして北闇にいないんだ」

「マヤとは誰だ?」

「君と走流野家の息子の命を狙った男のことだ。今は留守にしている。君は運が良かった」




 フードの男、名をマヤというらしい。




「お前、仲間だろう」

「……どうだかね。とにかく、マヤが戻る前に逃げるんだ」

「あいつが戻るなら僕はここに残る」




 そう言って、手を振りほどいた。




「そのために北闇を出たんだ。ナオトを守るためにな」




 相手が振り返った。とにかく逃がそうと必死に説得してくる。




「狙いはあの子や君だけじゃない。君は彼らを甘く見ている!」

「どういう意味だ……」

「彼らの目的は世界の統一だ。今はただ、支障が出る者を片付けているってだけさ。討伐対象に君達が含まれているというだけで、それは小さな任務にすぎない」

「もっと詳しく話してくれ」

「そうしたいけど、下っ端でね。これ以上は何も知らない。君達を狙う理由すら教えてくれないんだ」




 雨がもっと強くなった。一面が水浸しになり、身体が冷えていく。そんななか、僕は彼の言う〝目的〟や〝討伐対象〟に、僕の目的が関係している事を悟った。




「何の関係もない子ども達の人生を狂わせ、多くの人々を殺し、世界のバランスを崩した。土地神を……、ジンキやシュウを封印する手助けをしたのはお前達だな?」




 身振り手振りで説得しようとしていた男の手が、ぶらりと垂れ下がる。


 土地神を狙う組織の正体は、重度だ。敵は一つだった。

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