第10話・ヨツノウミ
ラヅキに乗って竹林を疾走する。廃村から近い海を目指しながら12年前の大地震について話しを聞いた。
土地神を狙う組織は、北闇・東昇・南光の三ヵ国で同時に土地神へ接触している。これはシュウの話しで判明したことだ。地上へ誘き寄せられたと言っていた。直接話してはいないが、ジンキもそうだったのだろう。ということは、トラガミもその可能性が高い。
しかし、わからないのは目的だ。土地神は身を潜めてひっそりと過ごしてきた。誰にも危害は加えていないし、ラヅキの命令に従って僕の帰りを待っていただけなのだ。
「どうやったら土地神を解放できるんだ?」
「我しか方法はない。だが、今は無理だ。力が足りん」
「バランスを保っているせいか」
「ああ。一体ずつだと何年もかかってしまう。どうにか全員を揃えることができればな……」
顔は見えないけれど、声からは悲しみが伝わってくる。明るい話題にしよう。
「解放できた時のために、やりたいことを決めておかなきゃな。僕も手伝うぞ」
「そうだな、我が家に帰るとしよう」
「あの大木はお勧め物件とは言えんな」
「霧が濃いから選んだだけのこと。お前を育てた場所、この世界の中心、そこが故郷だ」
「なんで離れたんだ?」
「失うわけにはいかないからだ。例え一時だとしても、お前と過ごした大切な土地……。人間に汚されるなどあってはならん」
そうこう話していると海に着いた。遠い所にはとても高い絶壁がある。まるで大地を削り取られたかのようだ。
キトが現れた。僕の視線の先にある物に気がつく。
「あそこは東昇の最南端だ。お前が立っている場所も、もともとは大地があったんだぞ」
「面影すらないが……」
「地震のせいで東昇は南の大地を失い、ここは川が氾濫した挙げ句、海に飲まれたんだ」
説明してくれたキトにラヅキが小言を吐く。
「よくもぬけぬけと。我の前に姿を見せるな、妖鬼よ」
「口を閉じていろ、神代行。俺の口も緩くなるぞ」
僕を挟んで睨み合っている。トラガミもそうだが、獣は鬼が嫌いのようだ。
何はともあれ、早速準備に取りかかる。まずは筏造りだ。キトと一緒にこうやって作業するのは久しぶりだ。
ラヅキが僕の上着を噛んで引っ張って、キトに声をかけた。
「何をするかと思えば……。海を渡るならヨツノウミを呼ぶ。そんな木くずにユズキの命を預けられるものか」
「貴様っ、邪魔するな!」
「楽しんでいたところ、すまんな。だが、ヨツノウミの方が速く目的地に着く。お前は筏で来てくれても構わんがな」
キトとラヅキを揃えない方がいいのかもしれない。僕が面倒だ。
「速いならヨツノウミに任せよう。川を渡らなきゃいけなくなったら筏を造る。それでいいだろう? キト」
「お前がそう言うのなら……」
ラヅキが波際に立ち、獣語で海に呼びかけた。小さな波が次第に大きくなる。最後の波に至っては肩まで浸かることになった。
そうして水面から顔を覗かせたのは、鹿の角のような形をした角が生え、水色の鱗に覆われた大蛇だ。尾は何メートルも先で揺れている。
縦線の黒い瞳がラヅキに向く。
『その子がユズキ?』
発せられた声に僕は一歩後退した。この大きさで子どもだとわかったからだ。幼い声にラヅキが答える。
『ああ、そうだ。我が娘だ。頼んだぞ』
『わかったよ』
地上に出るのはもう限界のようだ。ラヅキは体内へ帰っていった。
まじまじとヨツノウミに観察される。
『どこに行きたいの?』
『幻惑の森の近くで下ろしてほしい』
『えー……。あそこ嫌いなんだよね。気味が悪いんだもん』
『森に入るわけじゃないだろう?』
『あ、そっか。いいよ、連れて行ってあげる』
物わかりの良いお馬鹿さんだとわかったところで、僕とキトは海に入った。
小さな津波で肩まで濡れたけれど、ヨツノウミの背に乗るのに結局は海に入って全身ずぶ濡れになった。「やっぱり筏は必要だったな」とキトが愚痴をこぼす。
それよりも、ラヅキの仲間はどれほどいるのだろうか。
ヨツノウミは人の言葉を話せないらしく、獣語での会話となった。
『ユズキは知りたがり屋さんだね。ボクってこれでも神様なんだぞ。もっと優しい言葉で聞いてほしいもんだよ』
『すまないな、こういう喋り方なんだ』
『まあいいや。んとね、ラヅキ様の仲間は、もともと神様の仲間なんだ。だけど、戦争で仲間はほとんど死んじゃって、たくさん泣いた神様も天国にいったんだ。それからラヅキ様が代わりになって、生き残りとこの世界を守ってきたんだよ』
『つまり、もう数が少ないってことなのか』
『そうなんだ。最近では土地神様もいなくなったし、見つかってないのは、ボクとジジ様とギュウキ様、あとはコウ様だけじゃないかなぁ』
『それだけいれば十分だ。教えてくれてありがとう』
のんびりと大海を進むヨツノウミ。
戦争とは、僕の記憶に出てきた以前の出来事だろう。四体の他は全員が死んでいることから、想像もできないくらい大大規模な戦争だったに違いない。
この他に、ヨツノウミは生き残りの居場所は知らないと言った。先程の話しはジジという生き物から聞いたそうで、向こうから呼ばれないと会えないらしい。ヨツノウミが目立つから、これが理由だ。
「ったく、このお喋り蛇め。黙って進め、ほら」
マイペースに泳ぐヨツノウミの頭を、キトがぽんぽんと叩く。そういえば――。
「おい、キト」
「なんだ」
「妖鬼とは、どういうことだ。お前はただの鬼じゃないのか?」
「見た目がそうなだけだ。俺には別の種の血が混ざっている。そういう世界で生まれたんだから仕方ないだろう」
「別に責めているわけじゃない。ただ、教えてくれなかったから……」
海を眺める僕の顔をキトが覗き込む。
「ほおー、拗ねたのか。珍しいな」
「やめろっ!」
小馬鹿にしてくるキトを海へ突き落とす。待ってましたと言わんばかりにヨツノウミが速度を上げた。
楽しい航海はすぐに終わりを告げる。キトが追いついた頃、僕は眼前に霧のかかる森を捉えていた。




