【逸話】オウガと蛍
【王家】
ユズキとキトが脱出した、翌日。巡回で牢屋を訪れた闇影隊が、待機室にいるオウガの側近に報告を行っていた。赤い面をつけているため表情は読めないが、大変驚いている様子だ。
「逃げただと!? いったいどうやって……」
「鍵を確認したのですが、あそこの牢屋だけ鍵が紛失しています。何者かが渡した可能性が高いかと」
「収納場所には念のため結界を張っている。報告にあった、いるかも分からん化け物の仕業ではないはずだ」
「犯人に心当たりがあるのですか?」
「まさか。あの少女は長いこと牢屋にぶち込まれていたんだぞ。その間にどれだけの者が王家を訪れたと思う。人体実験では各国の貴族が集まり、我が国の闇影隊も頻繁に来るのだ。検討などつくものか」
「しかし、蛍様。一刻も早くオウガ様へお伝えしなければ……」
「それは私に任せろ。今はまだ憔悴しきっておられる。人体実験の参加者は過去の倍も募ったが、成功したのはたったの10人で、残りは失敗作だ。少しは察したらどうだ」
「――っ、申し訳ございません」
「とにかく、脱出経路を見つける。お前も来い」
「御意」
蛍は部下である精鋭部隊を数人連れて地下をくまなく捜査させた。本人はというと、ユズキがいた牢屋の階の奥で、報告した闇影隊を始末している。
「ったく、いらん心配事を……。オウガ様のことは私に任せていればいいのだ」
死体を抱え、地下を出て、素早く廊下を移動した。そして、何重にも鍵がされている部屋へと入る。コンクリートで固められた、何も置かれていない部屋。床には死体を引きずった跡が数多く残っている。
部屋の中心には、蓋のされている穴がある。蓋を取って、蛍は穴の中へ遺体を捨てた。落ちた音は全く聞こえてこない。
「失敗作を最後にしばらくは使わないと思っていたが。さっそく死人を出してしまうとは、我ながら情けない。……何はともあれ、そろそろ掃除しておくか。失敗作の処分をハンターが終わらせている頃だろうしな」
部屋を出て、また地下へ戻ると部下の報告を聞いた。
「蛍様、あの少女は隠し通路を見つけたようです」
「ここを下りたのか……。あの部屋に気づいたと思うか?」
「どうでしょう。そんな時間があったとは思えませんが」
「そうか? いつ鍵を奪われたかわからんのだぞ」
階段を下りながら冷静に答える。部下は蛍の背中を静かに見つめていた。
一列に並んで通路を歩く。左右を確認する部下と違い、蛍は迷うことなく進んでいった。そうして辿り着いたのは地上だ。右には飛び散った真新しい死体が、左には防護柵がある。いつもなら、外側からここへやって来るのだが、今回だけは通路を使ったようだ。
防護柵に空いた穴の前で蛍は片膝をついた。
「変だな……。おい、失敗作はどうだ?」
「ありません。今までにハンターがこんな入り方をしたことがあったでしょうか?」
部下が見るのは、やはり防護柵の穴だ。
「ハンターなら跡形もなく破壊している。何度防護柵を設けたと思ってるんだ」
「じゃあ、いったい〝何が〟侵入したのですか?」
剥き出しになった針金を触りながら蛍は答えた。
「針金が外を向いている。侵入したのではない、出て行ったのだ」
蛍が立ち上がる。
「直ちにここを封鎖しろ。正体が何にせよ、出て行ったのなら構わん。戻ってこられると困るからな」
「「御意」」
そうして次に足を進めたのは、オウガが休んでいる寝室だった。城の最上階、全てが彼が1人で過ごす部屋である。広々とした部屋の奥にある豪華なベッド。そこでオウガは眠っている。その横では金の鎧が鎮座している。
「オウガ様、蛍です」
「……なんだ。問題でも起きたか?」
「いいえ、とんでもありません。全て順調でございます」
「ならば、何用だ」
「朗報が入って参りました。北闇からです」
そう伝えると、オウガは上体を起こした。
「タモンか。まったく、我が息子はよくやってくれる。それで、なんと?」
「ハンターについて、またもや新たな発見をしたそうです。驚くことに、混血者を襲わないとか……」
「なに……? 人間だけが標的なのか?」
「ええ。詳細はまとめてありますので、こちらをご覧下さい」
そう言って、報告書をオウガに手渡す。目を通している間に蛍は続けた。
「今後、混血者と人間の関係をもっとより親密なものにする必要があるのでは?」
「……まるでエイガのような物言いだな」
慌てて蛍が頭を下げる。
「申し訳ありませんっ。そのようなつもりは……」
「わかっておる。だがな、こんな状況だ。滅多なことを口にするでないぞ。我々が封じ込めてきた先代の悪事が公になるような事が万が一にでもあれば……。その時、人間は滅ぶ。蛍よ、お主はそれでも構わないと言うのか?」
「いいえ。もしも、国民に語る輩が現れたならば、私が必ずや阻止します」
「それでいい。我々には国民を守る義務があるのだ。命に代えてでもな……」
だからこそ、国民と混血者の分かち合いなど不要なのだ、とオウガは続けた。
書類を置き、蛍に向く。
「もう一度聞くぞ。何も問題はないのだな?」
「はい。この蛍が、全て滞りなく進めております。統一は目前でしょう」
「よい。一先ずは、お前の助言通り、混血者との行動を徹底するよう各国の隊長に伝えるとしよう。あとは奴がどう動くかだ。接触があればわしに報告を」
「かしこまりました」
寝室を出る前に、蛍が振り返る。
「オウガ様、何があっても絶対に彼とは会わないでください。こちら側だとはいえ、信用はできません」
「王家を恨んでおる、か」
「はい。人生を謳歌されているのはタモン様だけですから」
「……仕方あるまい。人の姿に近かったのはあの子だけなのだ」
こうして、蛍は待機室へと戻った。部屋には蛍1人である。
蛍が面を取った。手拭いから覗く2つの目。瞬きするたびに長いまつげが上下する。
「冷たい御方だ。もう1人の我が子を愛せぬとはな……」
そう呟くと足音が近づいてきた。どうやら部下達が帰ってきたようだ。扉が開く前に、蛍は面を装着した。
「只今戻りました。隠し通路の封鎖も完了です」
「よくやった。休みながら聞いてくれ」
座る部下に蛍が向く。
「もうすぐ上級試験が開始される。参加者に器がいる場合は直ちに南光から追い出せ。オウガ様に向けられた牙を一歩たりとも近づけるな」
こうして、開催された上級試験。
蛍は燃えゆく遺体をただ眺めていた。




