狙われた最弱・6
修行を終えたその日の夜。いつものように公園でユズキを待った。彼女を待ちながら物思いにふける。
「どうしてユズキにバレたんだろうなあ……」
俺は自分の領域に踏み込まれるのが嫌いだ。特に、他人に対しては強くそう思う。邪魔だとすら感じるほどに。
国民の為に囮になれだって? 嫌気どころか吐き気すら覚える――。あの日、執務室で、タモン様にそう言ってしまうところだった。
俺なりに平然を装って接していたつもりなのに、まさか見抜かれていただなんて。さすが、たった1人の友人としか言いようがない。
「最近は感情のコントロールが上手くいかないな」
そう言って、自傷気味に笑う。母さんが消えた原因を知ってからどうも心が落ち着かない。
多分、幼い頃は必死だったと思う。父さんに構ってもらいたい、ヒロトともっと遊びたい、誰かに守ってもらいたい。ヒロトのように学校の皆と仲良くなりたい。そんな気持ちが僅かではあるが確かにあった。
だが、生まれた頃から記憶を持つと、悩むよりも理解し受け入れる方が早かった。周りと壁を作るのに時間はかからず、戸惑いもなかった。そうやって、俺はどんな出来事にも対処できたし、国民の言葉を聞き流すのもたやすいものであった。
しかし、ふとした時に荒波のようにして襲いかかる〝恐怖〟。視線や声が俺を押し潰そうとする。周りが俺をよそ者にしようとしている。そんな気がするのだ。
周りが悪いわけではない。俺の頭がおかしいのだ。これらは全て俺の妄想にすぎない。
「みーんな、死んじまえ……」
不意に出てきた言葉に唖然とした。いつ来たのか目の前に立っているユズキもまた、俺の肩を叩く寸前で固まっていた。
「俺、今なんて……」
ユズキの瞳に映る俺の顔は、怖い夢を見て怯える子どものような表情をしている。
「ナオト、それを本音というんだ」
俺の隣に腰を下ろすユズキ。
「いくら取り繕っても無駄だ。今みたいにお前の仮面はいずれ剥がれる。もうごっこ遊びはやめにしろ」
「……なあんだ、それもバレてたんだ」
「まあ、あれだけ化け物呼ばわりされてきたんだから仕方ない。だがな、もう訓練校は卒業したんだ。青島に迷惑をかけるな」
「青島隊長には普段通りに接しているけど」
「そうじゃない、周りに対してだ。苦情は全て青島にいくんだぞ?」
「そういう意味か。難しいな……」
「だから壊れかけていると言ったんだ。そろそろ僕に話してみたらだうだ? 少しは楽になるかもしれないじゃないか」
少しの間を置いて、俺は走流野家についてユズキに話した。
ヒロトが1歳の頃に誘拐された事や、母さんが行方をくらませた経緯。薄紫色の瞳を持つ者は必ず命を狙われる事を。そして、母さんの行方を心の何処かで追い求めている自分がいる事も話した。
しかし、楽にはならなかった。
父さんとヒロトは母さんを知っている。それなのに、2人から一度だって聞いた事がない。走流野家の体質について説明された日だって一瞬で終わらせてしまった。爺ちゃんも、俺が尋ねるまで黙っていた。
俺だって馬鹿じゃない。薄々気づいていた。俺の家族は、俺に母さんの事を伏せている。確信を得たのは、父さんが体質について話したあの日だ。半ば強制的に話しを終わらせたのには何か理由があるはずだ。
それに、幼い頃から母さんがいないのはヒロトだって同じだ。性格上、問い詰めてでも聞きだそうとするはずだが、そうはしなかった。つまり、ヒロトは母さんが行方不明になった原因を知らなかっただけで、他の事は知っているという事になる。
そこまで話すと、ユズキは寒さから身体を震わせた。
「炎・包火……」
言霊を唱えると、俺の右手に火が点火する。自己暗示をかけていないため、ただ燃えているだけだ。
「こんな場所でいいのか? 人に見られたらどうする……」
「もう真夜中だ。出歩いていたらそいつが裏切り者なんじゃないの?」
声になんの陰陽もなく、関心が薄いような印象を与える言い方をしたからか、ユズキは盛大なため息をつく。両手はしっかりと火にかざしてあるが。
「僕が欲しかった答えはなかったが、まあいい。母親を求めるのは、無い物ねだりかもしれんな」
「だろうね。やっぱりちょっとは期待してしまうよ。行方不明になった原因が俺じゃないなら、母さんは俺の事をどう思ってるんだろうって。生まれた瞬間、どんな気持ちだったのかな、とかさ」
「言いにくいが、行方不明になって12年だろう?」
「うん、わかってる。望みは薄い……」
こんな世界だ。母さんは人だし、生きていたら奇跡だろう。
「しかし変だな。あの男はなぜ僕達を狙ったんだ? お前の話しを聞く限り、狙われてもおかしくないのは、お前とヒロトだろう?」
「俺もそう思う。父さんが側にいたにせよヒロトはドームの外にいたし、襲撃くらいあってもおかしくはない。だけど何もなかった。狙いは俺達で間違いないのは確かだよ。神社の件もそうなのかな?」
「いや、確かな情報ではないが……」
ユズキによると、神社でヒロト達を襲った重度は、闇影隊が神主に手を出した直後の事であったらしい。神主が重度を庇っていたらしく、関係から推測するに怒り心頭に発したってところだろう。けれど、走流野家だけが目標とされたわけではない。無差別に殺されている。
こちらの勝手な予断で、フードの男と神社にいた重度を結びつけるのは時期尚早なのかもしれない。全く別の事件って可能性もある。――そう願いたい。
「ユズキはどう考えてる?」
「そうだな……。僕達のような新米にタモンが特例任務の報告を話した。あいつの中では疑う要素がある、そう考えるのが妥当だろう」
「やっぱそうだよなぁ……。薄紫色の瞳を持つ者は必ず命を狙われるって、あいつらの事なのかな?」
「その事なんだが、実際の所、フードの男には何もされていない。一方的に僕が攻撃し、あいつは会話をしただけで去って行った。祖父が指すのはまた別の者じゃないか?」
「余計にややこしくなってきた。走流野家は誰かしらに命を狙われているし、その証拠にヒロトは1歳の時に誘拐されている。だけど、フードの男の目的は俺達で……。なんなの、これ?」
「もう少し様子を見ないとな。あまりにも情報が少なすぎる上に、手掛かりは一つも無い。まあ、明日にでもチャンスは訪れる」
「どうして?」
「次の任務、僕達は初の国外任務だそうだ」
曇っていた空が急に晴れるように、胸の中がスッと明るくなる。
「どうだ、ワクワクするだろう?」
「当たり前じゃん」
互いに額がくっつくくらいに近づいて、ニヤニヤとする気持ち悪い顔を見せ合う。それから2人で腹を抱えて笑った。
包火が必要ないほどに身体が火照った所で、俺達はそれぞれの帰路についた。
きっと、今日は眠れないだろう。




