第9話・手掛かり
キトに連れられてやって来た場所は廃村だった。位置は東昇と南光の間くらいだろう。
木の根っこや蔓に絡み取られているのは家だろうか。かろうじて、ここが村だったとわかる程度だ。
その中で背の高い雑草が丸呑みにしている建物を見つけた。運良く自然の餌食にならずに済んだらしい。表札には〝飛鳥神社〟との文字がある。小さなお寺で、ぼろぼろの屋根や一銭もないお賽銭箱からは時の流れを感じる。
本殿の扉を開く。埃が一斉に外へ解放され、差し込んだ光に戸惑った小さな虫が床を這う。踏み込むと、腐っているのか歩く度にギシギシと音が鳴った。
本殿の奥にある縦軸を退かすと、そこには人が1人通れるほどの扉があった。鍵は壊れている。中には汚れた白い布で隠された細長い箱のような物がある。キトは、その布を捲った。
「これだ」
箱の正体は棺桶だ。棺桶には鳥の絵と文字が彫られていて、〝邪気退散〟と書かれてある。
「これが道?」
「この中に入っていたのは死んだ人間ではない。重度を身籠もった女を閉じ込めるのに使用していた。あいつがそう語っていた」
「あいつって、誰だ……」
「リンの記憶にいた、重度。奴はここで産まれた」
「いったい何を見たんだ」
棺桶の端に腰掛けて、キトは話した。
重度を身籠もった女性は出産と共に死んでしまう。大昔に帝王切開という技術はなく、普通分娩での出産だったそうだ。
そもそも、重度とは、人間から半獣化・半妖化する混血者とは違い、半獣化・半妖化した姿が本来である者を呼ぶ。つまり、動物に似た姿でこの世に誕生するわけだ。爪やクチバシは母胎を傷つけ、医療が発達していない当時では為す術がなかった。
「ただの棺桶だ。もちろん効力はない。母体は死に、奴が誕生した。恐れた村人は奴を刺激しないよう育てた。しかし、成長すると、しだいにその違和感に気づく。奴が村を出たのと同時に、村人は王家に報告した」
「王家は重度の存在を知っていたということか!?」
「そのようだ」
タモンは、重度は伝説に近い存在だと言っていた。理由は、ガイスの話しにもあった数十年前に発見されたという重度が始まりとされており、それ以降は発見されていないからだ。
しかし、どうだ。この廃村は数十年前なんていうレベルの朽ち方ではない。かなりの年月が過ぎている。それくらい前から王家は把握していた事になるのだ。
なにが、「開闢以来の騒ぎ」だ。僕に冷水を浴びせたあいつ、とんだ嘘つきではないか。
「村を出た奴は、しばらくして南光の闇影隊に追われる身となった。最悪なことに、逃げ込んだ場所は南光だ。まあ、村しか土地勘のない奴だ。仕方ないがな」
「捕まったのか?」
「いや、匿ってくれた人間がいる。パッセロ家、南光では五本の指に入る金持ちだ。この一家はリンの先祖になる。パッセロ家は人間だが、いわゆるトア派だ。奴の姿に驚きはしたものの、迎え入れた。そうして月日は流れ、リンが誕生し、世話係になっている」
パッセロ家は教訓の一つとして、重度に過去を話すよう頼んでいた。キトがリンの記憶で見たのは、リンに自身の身に起きた出来事を語る奴の姿と、飛鳥神社の場所を示す一面だったそうだ。
しかし、リンは奴と関わった日々の全てを忘れている。その理由は、奴が王家に捕まったことと関係していた。
先程、キトは五本の指に入る金持ちだと話した。財産を狙う輩は多く、パッセロ家もその対象となった。家を守ったのは奴だ。けれど、その行為が自身の存在を王家に知らせてしまった。
「恩があるからだろう。奴はパッセロ家について一言も漏らさなかったようだ。だが、まだ幼いリンには何が起きているのか理解できていない。毎日のように城付近で奴が帰ってくるのを待った。再び奴と会えたのは、城を脱走した時だ。酷たらしい傷の数にリンは絶句した」
その背後には、奴を追う精鋭部隊や闇影隊の群れと攻撃の嵐。
奴は、リンを守るため盾となった。奴の肩を貫いた爪はリンの黒目に刺さる寸前で止まり、リンは顔から血を浴びることとなった。これが彼女から言葉を奪った原因だとキトは話す。
「精神的なものなのか……」
「思わぬ収穫とはいえ、あの子に話す必要はない。待つくらいだ、今なら捜しに行く」
「それで、重度の名は?」
「…………チョウゴ、これが奴の名だ」
箱には鳥が描かれているから、きっとチョウゴは鳥の重度なのだろう。リンがシュウを受け入れられたのは、チョウゴという重度の存在があったおかげなのかもしれない。忘れているとはいえ、似たものを感じたのではないだろうか。
それにしても、チョウゴはどこへ逃げたのだろうか。
「混血者や闇影隊が多くいる中で、身を隠す場所なんてあるのか?」
「あるさ。怪しい場所はいくらでもな」
「もったいぶっていないで教えてくれ」
「お前も一度足を踏み入れただろう。幻惑の森、あそこなら人目につかない」
「確かにあそこなら……。だが、入った瞬間に霧に毒されてお終いだ」
「となると、方法は一つだな」
海から回り込むしかない。




