第8話・大切な人
壁を乗り越えて、背の高い木の上で休憩を取る。その下では、南光へ向かう西猛の闇影隊が列をなして歩いている。ライマルの姿は見当たらない。全員が通り過ぎて地面へ飛び降りた。
「あいつは試験を受けないのか」
僕の独り言を拾ってくれるキト。手の甲を摩りながら隣に立つ。まだ痛むようだ。
「コモクの許しがでなかったんじゃないか? ラオの次に親代わりだ。過保護になってるのかもな」
「あり得る……」
壁の外に出たとはいえ、行く先が決まってるわけではない。ナオトも来るし、試験を見守るか迷うところだ。僕も参加するはずだったこの試験。心苦しさを感じられずにはいられない。
リンの超音波が聞こえたのは、森の中を彷徨っている時であった。声を頼りに急いで向かうと、泡を吹いて倒れている野犬の群れと、中心で立ち尽くす彼女がいた。怪我はないようだ。
「平気か?」
声をかけると無言で頷かれる。僕とは話したくないのだろうか。
クロムやデスの姿は見当たらず、1人で森を歩いていたみたいだ。いつの間に兄へ変身したのか、キトが問いかける。
「試験を受けないのか?」
すると、リンは困ったような表情を見せた。相変わらず、うんともすんとも答えてはくれない。
「まだ警戒しているのなら、謝る。あの時はすまなかった。それに、シュウの話しもだ」
頭を下げると、リンは両手を前に出して手で否定するかのような動きをした。ここで、ようやく気づく。
「喋れないのか?」
またリンは頷いた。それから、枝を手に取って地面に文字を書いていく。【シュウがいるから試験には参加できないんだって。終わるまでは国に入れないの】、そう書かれている。
「どの国も同じか……」
地震の根源とされる土地神。多くの人が亡くなったのは北闇も南光も同じ。しかし、イツキやリンが地震を起こしたわけではない。きっとそれは国民もわかっているはずだ。見える存在に恨みをぶつけるしかないのだろう。
この話は彼女の傷に塩を塗ることになる。あまり試験には触れない方がよさそうだ。
「シュウとはよく話すのか?」
【私が弱くなると、死んではいけないって声がいつも励ましてくれたの。私は普通じゃないんだって知ってたし、何かがいるのもわかってた。あんな大きな鳥だとは思わなかったけど、声が聞こえたとき、すごく嬉しかった】
「どうしてだ?」
【死んじゃえって、学校の子にイジメられてた。でも、シュウはそれと真逆のことを言い続ける。誰にも聞こえない声だけど、私にとっては特別な声なの。っていっても、あの言葉と名前だけで、他は何も話してくれないんだけどね】
「そうか……。ガイスが僕を連行するとき、止めてくれただろう? 王家が狙っているとわかってたのか?」
【ううん。シュウって名前が知られたら、王家に取られると思ったの……。ガイス班の皆を大好きだけど、シュウのことはもっと好きなの。小さい頃から一緒だからかな? 私にとっては家族も同じだよ】
それからリンは、班のことを楽しそうに語ってくれた。
クロムは口が悪いけど、とても仲間思いで勇敢な子。目元にクマができているのは、リンの家の前で夜な夜な警備をしているからなんだそうだ。あの様子だ。よっぽどリンの事が好きなんだろう。キトは腹を抱えて笑っている。
デスは、声が小さくてどこか不気味な子だ。けれど、班の中では誰よりも観察力に長けており、ガイスの命令に忠実に動く。たまに暴走するクロムを抑える役割も担っている。
一方で、自分については評価できないでいた。その理由は――。
「大事な物が欠けている、か。どういう意味だ?」
【任務で困るわけではないし、クロム達と仲良くできないわけじゃないけど、大切な人の事を忘れているの。そこだけ消えちゃって、私が私じゃないっていうか……。いつも思い出そうって頑張ってるのにダメで】
キトが食いつく。
「それを知って、お前はどう変わる。日常に影響はないんだろう?」
【そうだけど、大切な人なの。そんな人を忘れたまんまだなんて、お兄さんは我慢できる? 普通に暮らしていける? 心から笑える? 私には無理だよ……】
「…………俺はいつだって我慢の連続だ。いいだろう。その気持ちを汲んでやる。目を閉じろ」
まさかとは思ったが、目を閉じたリンの記憶を見始めるキト。これにシュウは関係しているのだろうか。
見終わったようで、キトがリンに話しかける。
「上手い言葉を模索してみたが、無理だ。だが気持ちはわかる。俺には堪えきれないだろう」
「気持ち悪いな。キトがそんな台詞を口にするとは……」
「俺にだって人間のような感情があるってことだ。そんなことよりも、こいつは器だから外に出されてるんだろう? お前、いつまでここにいるつもりだ」
「そう言われてもな。次にどうするかも決まっていない」
「道は見つけた。移動するぞ。リンが外にいるということは、イツキもこの場所へ来るということだ。お前にとって、ある意味では重度よりも厄介な相手だろう?」
イヤな汗が噴き出る。
「それはマズイ……。リン、僕達はもう行くけど、この事は秘密にしといてくれ」
【ガイス隊長も同じ事を言ってた。誰にも話しちゃいけないって。大丈夫だよ】
「ありがとう」
この場を去ろうと背を向けると、リンに腕を掴まれた。
「………………」
「――っ、いいのか?」
最後に、もう一度リンは頷いた。
また会おうね――、口パクでそう言ってくれたリンと別れ、僕とキトは南光を離れたのだった。




