第7話・脱出
上級試験が開始されるまでの間、僕はシュウの言葉について考え、意味がわかった途端に酷く落ち込んだ。
ヤエはラヅキが産み出した分身だ。そこまでわかっていながら、ヤエの言葉に何の感情も抱けなかっただなんて。
私の娘に何をした――。あれはヤエの姿で放ったラヅキの言葉だ。
『ラヅキ、出てきてくれ……』
牢屋の中に現れた黒い狼。光る黄色い瞳が僕に向く。
『どうした……』
呼び出したものの、何を伝えたらいいのか。とにかく口が開かなくて、飛びついてふわふわの毛に顔を埋めた。
『懐かしい……。あの頃もこうして眠っていた』
『そうなのか?』
『とはいっても、我ではなくヤエだが』
『ヤエはラヅキだろう……』
僕の背中にラヅキが顔を乗せる。
『ユズキよ、我とて同じだ。愛を知らず、ましてや人間を恨んでいる我に、お前を愛してやることは出来なかった。ヤエは確かに分身だが、アレにはアレの感情がある。お前を見捨てることができずに拾ってきた。そして、育てた』
『ラヅキの意思ではないってことか?』
『そうだ。だがな、お前は純粋無垢な眼を我に向け続けた。いかに我が汚れているかを突きつけられた。そうしてお前を仲間の一員だと認めた。ユズキ、我の瞳を見よ』
ラヅキが顔を退かせる。言われた通り、ラヅキの瞳を見つめた。
『お前の態度や言葉に我が傷ついているように感じるか?』
揺れることなく、真っ直ぐな瞳が僕を捉えている。
『感じない……』
『当然だ。お前は我の娘なのだ。全て受け入れる』
続けて、ラヅキは謝ってきた。こんな世界に呼び戻したこと、隣を歩けないことを。
ラヅキは天秤の軸だ。封印された土地神に代わって、均衡の取れていない世界のバランスを保つため、ずっと力を使って補っている。何もしていないわけではないのだ。土地神を解放すればその必要もなくなる。
『トラガミも言っていた。軸を失えば世界は崩壊する。僕の中に身を潜められるなら、それでいいじゃないか』
『このような事態は想定していなかった』
『これはまた別問題だ。ちょっと気になることがあって、自分から王家に来たんだ』
もう少し話したかったのに巡回が来てしまった。ラヅキが戻り、僕は眠った振りをする。
こうして待ちに待った上級試験の日。ようやく王家内が手薄になって、キトが出口を発見した。驚いた事に、城の地下は蟻の巣状になっているらしい。僕がいた場所は新設された牢屋で、ヘタロウがいる場所は言わずもがな古い場所。そこに通路があったそうだ。
「これはまた……」
板の上からコンクリートで塗り固め、あたかも壁のように見せかけている。それは階段を下りた所にあった。発見したとき、思わず声を荒げそうになったそうだ。
どこもかしこも結界だらけでキトの身体は大怪我状態だ。やけになってヘタロウに聞こうと、キトは階段を下りた。最後の一段でフラッと立ちくらみをして手を突いた瞬間に感じた異物感で、ここが擬装されている事に気がついたらしい。
キトの怒りが伝わるまでに木っ端微塵にされた隠し通路の入口。
「さっさと出るぞ。俺が爆発する前にだ」
手遅れだと言ってやりたい。
足もとだけを照らす、頼りない松明。キトを先頭に今にも崩れてきそうな古い通路を、薄らと残るキトの爪痕を辿って歩いていく。いくつかの爪痕には×印が記されている。その方向は出口ではないということだろう。ともかく、時間をかけてどんどん下へとおりている。
そうして、丁字路で立ち止まる。
「左が出口だが、右に面白い物があったぞ。出る前に見ておくか?」
「ああ」
右に曲がり、少し歩くと行き止まりについた。
「ここから真上を見てみろ」
頭上を松明で照らすと、煙突のような空洞があった。とても遠いところに小さな光の点が見える。次にキトが見るよう指示したのは足もとだった。一面、血だらけだ。乾いている。
「あいつら、あそこから何を捨てたんだろうな」
「これのどこが面白いんだ、この愚か者……。気味が悪い……」
「面白いじゃないか。あそこから捨てられれば、生き物なら即死だろう?」
「当たり前だ」
「じゃあ、これはなんだと思う?」
そう言って指した方向は左の出口だ。そこへ向かって血が伸びている。何かが地面を這った跡だった。
「な、面白いだろう」
血を追うと、錆びた防護柵にぶつかった。出口は半円状で外に通じていて、目の前には森がある。どうやら山の中を下りてきたようだ。ただ、この防護柵、壊す必要はない。
「ここから出たのか……」
先客がいたようで、すでに穴が空いているのだ。身を捻って外へ出た。ここには結界がないため、キトは幽霊のように通り抜けてくる。
「何が出て行ったんだ?」
「考えるのは後にしろ。逃げるぞ」
こうして、僕は城からの脱出に成功したのだった。




