第5話・南光の土地神・シュウ
それから幾日すぎても、オウガはやって来なかった。こちらから出向いてやろうかと腹が立った事もあったけれど、キトが出口を探している間は大人しくしていることにした。問題を起こせば間違いなくキトに支障をきたすからだ。
そんな僕に与えられたご飯は、小さなおにぎりが一つと湯飲み一杯の水だけだ。これが1日の食事となる。もっと食いたいなら情報を吐けと何度脅されただろう。決まって答えは〝NO〟だ。腹の虫は鳴り止まぬ一方だ。
「聞いてた話と違うね……」
米の一粒一粒を噛み締める僕の顔を、なんだか気まずそうに見つめるガイス。王家に用があって訪れたそうだが、運悪くオウガへ会う前にキトに捕まってしまったらしい。そうしてこの場所に案内された。
「どうしてお兄さんは外に?」
「今聞くか?」
「いや……」
手厚く保護しているなんて嘘もいいところだ。僕の有様を見て言葉を失っている。
「シュウがいかに重要な存在であるか、これでわかっただろう。王家は熟知していないようだが、時間の問題だ」
「王家は光の柱をどうする気なんだ?」
「さあな。どう使うのか、それは僕にもわからない。だが、人体実験をするくらいだ。あるかた予想はつく」
最後の一口を飲みこむ。
ジンキを封印した夜桜レイ。イツキは凄腕の封印術士――と話していたが、正しくは高等封印術士という呼び方だろう。封印術士の中でもごく僅かしかおらず、希少価値に近い存在。彼らは土地神を封印することができる。しかし、解放はできていない。
ライマルとトラガミの引き剥がしは王家の力だけでは無理だろう。光影が一枚噛んでいるはずだ。このことから考えてみても、彼らに解放する手段はない。
つまり、この場合の封印は、生涯閉じ込めるための術だ。それが裏目に出た。だから王家はこうして僕を生かしている。なんでもいいから新たな情報が欲しいのだろう。それは僕だって同じだ。
「ともかく、僕の様子で察してくれ。事は重大だ」
「そう言われてもね……」
「お前が理由もなく疑うのは、僕にニオイや気配がないからだろう?」
「あら、わかってたんだ」
「まあな。そんなお前に一つ教えてやる。ここがどういった場所かを」
立ち上がり、鉄格子に近づく。
「ここは、王家にとって世間に知られたくない情報を持つ者を幽閉する場所だ。信じられないなら、さらに地下へ行くがいい。真新しい板張りがある。それを剥がして中へ入れ。奥にある本棚を退かせば扉が見えるだろう。そこにもう1人、老人が幽閉されている」
「その人は誰なの?」
「……走流野ヘタロウ。北闇では行方不明扱いされている、僕の友人の祖父だ」
走流野家はやはり有名であるらしい。ガイスはすぐに地下へと向かい、たいして待たされることもなく戻って来た。
「ヘタロウさんは急に行方不明になって、王家も捜索に参加している。現在進行形でね」
「それはまた無駄な時間を費やしているな」
「いったい何を隠しているんだ……。南光の誰にも知らせていないなんて……」
ガイスが鉄格子を握る。
「頼む、教えてくれ。君は何者なんだ?」
「僕は使者だ。……この世界を救うために侵入した」
「つまり、おおもとがいるんだね?」
「僕の身体で眠っている神の代理人、そいつに頼まれて動いている」
「神の……代理人……」
まあ、信じられるわけがない。僕だって記憶を見なければ、こんな恥ずかしい台詞を簡単には口にしなかっただろう。
「まだ理解しがたいけど、君を信用する方法が一つだけある。器がいれば光の柱と話せるんだね?」
「もちろんだ」
「俺もそれを見届ける」
「いいだろう。そいつを連れて来い」
そうして、次にガイスが来た時は部下も一緒だった。クロムにデス、リンがいる。会えたのは実に10日もすぎた頃であった。
「遅くなってごめんね。任務報告じゃないとここには入れなくて」
「構わない。それで、器はどこだ?」
ガイスが部下の背中を押して鉄格子の前に立たせた。――リンだ。
「なるほど……。あの時焦っていた理由は王家か」
彼女は静かに頷いた。代わってガイスが説明する。
「頼りないけど、鉄格子があるだけまだマシだ。リンに何かあれば君を殺す事になる。それでもいいね?」
「問題ない」
リンの前に立ち、獣語でシュウに呼びかけた。
『シュウ、ユズキだ。出てきてくれ』
明かりのついていない電球が次々に割れていく中で、リンの身体から形のない赤いオーラが放たれた。しだいに生き物の姿に変貌し、透けた大きな鳥が姿を現す。
頭から尾にかけて黄色い毛が生え、顔の周りや翼は真っ赤な毛で覆われている。
『ユズキ様……、この日を待ちわびておりました』
シュウが翼を動かして喜びを表現すると、火花がパチパチと音を立てた。
『ラヅキを解き放った』
これだけ伝え、人の言葉で話しかける。
「お前達を狙う集団がいると聞かされた。12年前、何があったんだ?」
「…………彼らに知る権利が?」
そう言って小隊を警戒する。
「すまない。これしか信頼を得る方法がなかったんだ」
「わかりました。では、彼らもお連れいたしましょう」
私の記憶の中に――。
シュウが翼を大きく羽ばたかせると、辺りの景色が歪んでいった。




