第10話・名探偵イオリ! パズルを解読する
総司令官に連れられて訪れたのは、廃墟から人が住めるまでに改築された爺ちゃんの家だ。
改めて場所を見て、脱走、あるいは誘拐されやすい一つの原因に立地が含まれていることが判明した。
爺ちゃんの家は壁側に建っている。周りには、手入れのされていない雑草だらけの畑や田んぼしかないし、何よりも本部から離れている。
6畳の部屋と縁側、台所と風呂とトイレしかない小さな家。畳は拭き上げただけで、昔のままだった。畳や壁に残る焦げたような跡には、爺ちゃんの言霊だろうか。
「すまない、時間がなかった」
「いえ、これで十分です。復興作業中なのに、申し訳ありません」
昼間とはいえども、総司令官の面はやはり不気味だ。四本の角が生えた般若の面が俺を見下ろしている。
「それと、ツキヒメ様から差し入れと伝言を預かっている。まずは、これを」
手渡されたのは布に包まれた重箱で、それは俺が預かっていた物だ。ヒロトが返してくれたのだろう。
「わざわざすみません。伝言はなんですか?」
「預かれ、と。それだけだ。衣類などはタンスへ移している。後は好きにしろ」
「ありがとうございました」
縁側に座って重箱を広げてみた。一段目にはおにぎりが、二段目にはお惣菜が入っている。前よりは他の色が見られる。料理の腕前を上げたようだ。
それから、三段目に入っている物を見て思わず涙ぐんだ。
「これ、ウイヒメの……」
商店街でツキヒメが買った、桜の髪飾り。後は写真と手紙が入っている。手紙を読む。
【せっかちさん、1人で決めないで。新しい御守りをあげるわ。これで2つ目ね。大切にしてください】
首元に手が伸びた。マナヒメがくれた、俺の瞳と同じ色をした首飾り。それを握ってソウジの言葉の意味をようやく理解する。
過去にしたのは、起きた出来事だと言われたのはつい最近のことだ。確かに、皆生きているような気がする。記憶がそうさせる。
思い出に浸っていると、イオリが遊びに来てくれた。飲み物や食べ物を両手にたくさん持っている。
「父ちゃんと母ちゃんが持っていけってよ。冷蔵庫、どこにあるんだ?」
「こっち」
「あ、今日泊まるから。夜更かししようぜー」
悪さをしている気分なのか、八重歯をみせて「ニシシ」と笑う。自然と首飾りから手が離れた。
他愛のない会話をしたり、東昇での話しを振り返ったり、過去の事件を整理したり。とにかく話題が尽きることはなかった。
「へえー、ここが爺さんの家なのか。想像してたより小せぇのな」
「爺ちゃんと婆ちゃんと父さんだけだからね。母さんが身籠もってからすぐにあの家を建てたらしいよ」
「まあ、入りきらねえわな。にしてもよ、コレなんだ?」
言いながら、畳や壁の焦げた跡を指でなぞる。
「爺ちゃんの言霊も火だから、それじゃないかな」
「わざわざ家の中でか? 自ら放火するイカれた爺さんってわけじゃないだろ? 修行なら外でやればいいっつーの」
「イカれてるとまでは言わないけど変わり者ではあるかも」
言動が不可解な人だ。家に焦げ後があっても不思議じゃない。すると、しばらく焼け跡を見ていたイオリが何かを発見した。
「なあ、コレさ。なんだかアレみたいだぜ」
「全然わからないんだけど」
「天使ちゃんの手紙。何ヵ所か文字が濃くされてたんだっけか?」
「そうだけど」
「それと同じだ。見てみろよ」
焦げている壁に両方の手の平を置いて、徐々に幅を狭めていく。数センチ開けたところで手を止めた。
「ほら、ここ。他と比べて若干濃いんだ。わかるか? 地図だったりして」
言われてみれば、微かに違う。イオリの肌色のおかげで次第にはっきりと見えてきた。
いったい何だろうか。そう思って、両手の間にある濃い部分を指でなぞった。すると、部屋中の焦げ跡が光ったではないか。
「同じ性質だと化学反応みてえになるのか? ビックリした……」
「どうにかして調べなきゃ」
イオリは自宅から大量に保管されているトリートメントをいくつか取ってきた。これを塗って線をより明確にするらしい。
手分けして、壁と睨めっこしながら塗り回った。しかし、そこに図らしき物はなく、とんだ夜更かしとなってしまった。わかったのは、イオリが発見した線が四角だったってこと。部屋の四方の壁に四つある。
「なんか飾ってたのかもな」
「まだまだ! 俺は諦めねえぞ!」
「何をだよ」
「いや、楽しくね?」
「人の家を液体まみれにするのが?」
「おう」
夜風に当たって虫の音を聞きながら横たわる俺。6畳の部屋でいたずらという名の作業にあたるイオリ。ボーッと眺めながらイオリが飽きるのを待った。彼の言う通り、同じ性質だから反応したのかもしれない。だとしたら、俺が触ると家が燃えてしまうかも。
睡魔が襲いかかってきた頃、イオリが突然大きな声を出した。
「ナオト、眠るな!」
「なに……」
「とんでもない物を発見しちまった!」
目を擦りながら重たい瞼を無理矢理開くと、眼前にはおぞましい光景が。どこもかしこもトリートメントでできた白線だらけではないか。思わず飛び起きる。掃除をすれば確実に朝を迎えるだろう。
「まだやってたのか!?」
「やっぱ地図なんじゃねえかと思ったらドンピシャ! これ地図だわ!」
どこにも地図らしきものは見当たらず、俺には細長い白い虫のように見える。
「どんな風に見えてるんだよ」
「まだ完成じゃねえの! 手伝え、ほら!」
何をするのかと思いきや、畳の場所を交換するよう言ってきた。2人で6枚の畳をはがし、一度庭に並べて、それをまた違う場所へ戻していく。すると、そこには地図が現れた。
「なんだよ、これ……。完成?」
「最後にもう一仕事。ちょっと待ってて」
最初に発見した四角。その中にまだ線があったようで、丁寧に塗っていく。
「…………これでよし! 正面と左の壁だけ文字があるんだわ」
背筋を冷たい汗が流れ、言葉が漏れた。
「ジン……キ……」
正面に書かれた文字は、亀。イツキが話していた自身に宿る生き物の正体だ。
足もとを見渡した。白い線は世界地図を描いており、その中心に大きな丸印があった。四角から伸ばされた一際太い線は、全てそこに繋がっている。その付近は、試験の帰りで重度に襲われた場所だ。
「ここって何かあったか?」
「あるぜ。神霊湖。前人未踏の地だ」
「爺ちゃんは、ここに……?」
「どうだろ。でも、一つだけわかることがある」
そう言って、イオリは部屋の隅にあるタンスの所へ俺を連れて行った。動かしたようで、元から置いてあった場所と少しずれている。そのタンスを退かす。
「これを見つけたから、止めなかったんだ。この地図はお前宛だ」
隅っこにとても小さな字で殴り書きされていて、プスプスと煙りをあげながら燃えて浮かんでいる。
「我が息子からの信用を完全に失ってしまった。私は王家に引き渡されるだろう。愚かなる息子は魂を売った。ナオト、これを発見できたなら私を解放してくれ。奴が解き放たれる……」
急いでいたのだろうか。伝えたいことだけを書いたような、そんな大雑把な内容だ。けれど、これでコウマの記憶は正しいと証明されてしまった。
「イオリは青島隊長とイツキを本部に連れてきてくれ。俺は先に執務室へ行く」
無言で半獣化し、縁側から外へ出て行く。
自己暗示を両足にかけた俺は、最大限のスピードで執務室へ向かった。




