第8話・ネネの提案
ハルイチの尋問により、重度の名前が明らかとなった。いまだに俺を威嚇しているこいつの名前は、コウマ。ハクマとは、もう一体の巨犬の名前で、双子の兄弟なんだそうだ。
牢鎖境と俺の存在を脅しに使って、ハルイチは時間をかけながら少しずつ、確実に情報を集めていく。
前髪を切ったのが間違いだった。顔が隠れていればカンタのままで押し通せたのに。もう誤魔化しはきかないだろう。こんな時に何も手伝えないなんて歯がゆくて仕方が無い。
イツキは尋問部屋に残って、他は別室で待機した。その間にタモン様からもらった情報を青島隊長に伝える。重度の狙いが俺であるということを。
「やはり、か。私と赤坂もそうではないかと考えていた。お前を狙う理由は、もしかするとコウマの言葉通りなのかもしれんが……。しかし、戦争は起きていない。ましてや、お前の誕生はタモン様も私も知っている。国民もな」
「でも、この事をあの子に伝えたところで、相手は子どもだし理解できないですよね」
「重度をただの子どもだと考えてはいけない。私が応急措置を施したのは実年齢が不明だからだ。見たまんまならまだしも、牢鎖境に映し出された最後の誕生はお前が生まれるよりも前のもだった。重度の身体の成長は人間と比べてが著しく遅い。またその程度もわからない」
このままゆっくりと成長するのか、あるいはどこかで止まるのか。原因や理由は何もわからない。もし情報があるとしたら、それは――。
「王家の地下室……。なんとかしてあそこに行くことができればな」
「タモン様に頼むとかはどうっすかね?」
イオリがそう提案すると、どこに隠れていたのかネネが現れた。俺と青島隊長の間で正座していて、足を崩すと俺の肩に腕を置いてもたれ掛かってくる。
「心の底からタモン様を尊敬し愛してやまない私が断言するわ。客人、タモン様はダメよ」
「尊敬してるからって否定する理由にはならないっつーの」
「これならどうかしら」
口癖や好きな食べ物、嫌いな物も把握済み。眠るときの姿勢は仰向けであることが多く、起床時間はずれることなく朝の5時。なお、ショートスリーパーという体質で、短い睡眠時間である。
また、南光の国出身でオウガ様の実の息子。母親の詳細は不明。最初の重度発見時期に誕生し、額の黒点が隆起していることから鬼の子孫と恐れられ、北闇の玄帝就任時に南光を出ている。
追加として、ネネがタモン様へ今までに送った恋文の数は数万通。返事はなし。
「タモン様に関する情報なら誰よりも持っていますわ」
「振られてるじゃねえか」
「お黙り。愛が伝わっていればいいのよ」
「ちまたではそれをストーカーっていうんだぜ」
「愛の冒険家と呼んで。タモン様は秘境の地にいる幻の存在。私はそれを発見し手に入れる一途な冒険家なの」
「妄想もそこまで育てば現実ってか。もうわかったから、説明してくれよ」
青島隊長が反論しないあたり、ネネの情報は事実であるようだ。顔面蒼白で苦笑いしている。俺はというと、濃すぎる内容に言葉もない。
「タモン様は王家と深い繋がりにあるわ。先程の話し、実に興味深い物があった。混血者としては王家には何の情報も流してほしくないのが本音ね」
「タモン様は味方になってくれるかもしれねぇだろ」
「ハルイチ様の話を聞いてなかったのかしら? 王家は国民の支持を得て成り立っている。貴族とは名ばかりで、あれは組織のようなものよ。人体実験が良い例かしら。秩序を保つためなら手段を選ばないわ。今はまだ走流野家や混血者を手中に収めているような形ではあるけれど、実際はそうでなかったら? 世界中で暴動が起きるわ」
タモン様はその引き金になる可能性があるとネネは続けた。
タモン様が情報を伝えたことで王家が動けば、問題を鎮圧する方法がないのだと人々に知れる。そうなれば治安は安定しなくなり戦争が起きる。真っ先に狙われるのは混血者だ。
「そう懸念を抱いているのは私どもだけではないはず。そうでしょう? 青島様」
「ハルイチ殿はそこまで読んでおられたか」
「ええ。そして、味方を探しておられますわ。ここで提案がございます。先程の件、私どもに一任してみてはいかがでしょうか。重度に関する情報があるのなら、喜んで手をお貸しします」
「しかし、これは反逆だ。わざわざ身を危険にさらす必要はない。私1人で十分だ」
「反逆……ですか。ハルイチ様が好きな言葉ですわ。なにせ、あの大地震が起きてからずっと、ハルイチ様は王家を恨んでいますから」
にんまりと笑みを浮かべながら、そんなことを口にする。だが、明らかに作り笑いだ。
「救助に駆けつけた王家は、五桐家の方々を見捨て、国民を優先しました。それどころかハルイチ様のお父様をや他の者まで見殺しにした。この時、ハルイチ様は確信したのです。王家の眼中に混血者は映し出されていないのだと。重傷を負った幼い妹を腕に、彼がどれだけ空へ叫んだか想像もつかないでしょう? 空に声が届かないように、山の頂にある城へ声は届きません。だからこそ、ハルイチ様は目前へ静かに叫ぶのです。……王家は敵だと」
あの日の突拍子もない話しに色がついた瞬間であった。まさか、実体験をもとに話していただなんて思ってもいなかった。
「私どもの意志は常にハルイチ様と共にあります。ハルイチ様が王家を敵だとみなすのなら、王家は敵です。あなた方を味方だと判断するのならば、私どもは疑問なく味方だと判断します。そうですよね、お前達」
部屋中にハルイチの配下が姿を現した。腕を組んで立っている者もいれば、ネネの意見に同意し頷く者もいる。彼らは皆が大人だ。
「ご覧の通り、私どもに残された未来はハルイチ様とその妹しかございません。故に、再度提案させていただきます。青島様、どうか私どもの恨みを買っていただけないでしょうか」
この時、妙に納得した。ハルイチが俺を味方につけたいのは、仲間の恨みを発散させる術の一つとしてなのだと。
鋭い目が、はびこる青筋が、そんな凶暴な顔つきが青島班に集中していた。




