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第5話・本当の敵

 まず始めに、東昇が討伐したとされる猪について尋ねてみた。討伐は殺害を意味する。だが、あいつは元気よく人を牙に串刺しにしていた。それどころか、北闇にまで攻め込まれた。




「ふむ。君が思う可能性はなんだい?」

「巨犬みたいに猪が二体存在するか、討伐したのがただの猪か、だ」

「後者だよ。俺達が討伐したのは森の主だ。王家に誤報を伝えたのはあの能なし、蒼帝殿だよ」




 そう言って、ハルイチは肩をすぼめた。そして、その誤報は自分にも非があるのだと話した。


 猪と最初に交戦したのは待機していた闇影隊だったそうだ。混血者は軍事食料調達班のリーダーと共に森の奥深くまで進行していたらしい。そこで出くわしたのが大猿。待機していた闇影隊の悲鳴で大猿は目標を変え、混血者が後を追ったときには手遅れだった。




「これは俺ではなく、ネネの言葉だ。死に際の仲間が対象の特徴を伝えようとした時、8メートルだと言っていたような気がする、と。体長をきちんと伝える前に彼は死んでしまった。だから俺は、確証のない情報を蒼帝殿に伏せた」




 8メートルなら、西猛と北闇を襲撃した猪で間違いないだろう。それに、タモン様の情報をも合致する。王家に報告したのは蒼帝だと話していた。




「討伐した猪の大きさは?」

「2メートルないほどだ。しかし、これもまたおかしな話しなんだよ」




 青島隊長とイツキの方を眺めながら、糸をたぐるように言葉を紡ぐ。




「木に残されていた痕跡を見て、リーダーは主で間違いないと断言した。いくらなんでも急成長しすぎだ、ともね。しかも、主の性格は温厚で、軍事食料調達班に支障はでてなかったんだ。それが突然人を襲い始めた」




 この事件は、ハルイチの中で人生最大の失態らしい。ジコク様に「民の命までは保証できない」と約束したものの、予想を遙かに上回る死者をだしてしまったそうだ。




「それに比べて、青島班は本当に素晴らしい功績を残したね。ハンターの性質を2つも発見し、重度の捕獲に貢献した」

「大猿にはやられた」

「それはまだ君の力が弱かったからだ。今後どうなるか、それは重度にもわからないことだよ。俺はね、期待しているんだよ。上級試験があったあの日、ナオト君の言葉を聞いて胸を打たれた。わかるかい?」

「いや……」

「誰かが動かない限り、人と混血者の溝は埋まらない。俺ははっきりと覚えている。その考えは俺にはなかったものだ。良い言葉だと思う。だけど、感動したものの納得はしていない」




 ハルイチが俺に向いた。




「なぜ人間を守らなければいけないのか。果たして、その行為に意味はあるのか。ずっと疑問に思っている。おそらくこれは混血者の誰しもが疑問に感じていることだ」

「王家は違う。あの人達だって失態こそあったものの、昔から人と混血者の調和を図ろうと頑張ってるのは事実だ」

「……それは本心かい?」




 イオリが俺の両肩を掴んだ。驚異の眼差しでいて瞼をぱちぱちとさせている。




「お前、どうしちまったんだよ」

「なにが?」




 ハルイチが肩を上下に揺らせて笑った。




「面白いね、君は。まさか気づいていないのかい? 泣いているよ、心がね」




 頬を触ると濡れていた。俺は無意識に涙を流していたらしい。




「君はもう王家に対してなんの期待も抱いていないはずだ。上級試験から始まり、帰国途中に重度に襲われ、西猛の次は北闇。そして、月夜。君は一度でも、王家が動いたのをその目で見たのかい?」




 無言で首を横に振った。無邪気に走り回るウイヒメの姿が脳裏に浮かぶ。


 実は、試験の帰り道の時からずっと疑問に感じていることがあった。それはカケハシの言葉だ。国民の不安を煽るような言動、一回しか証明されていない事への確信、情報隠蔽に人体実験。これらの全てに何らかの形で俺は関わっている。


 それに、初めてオウガ様に会ったとき、王家が命を守ると言った。実際に守られたことは一度もなく、試験や襲撃の時だって自分で自分の命を守ったのだ。それどころか、走流野家に関する書類が地下室で発見されている。




「そもそも、王家ってなんなの?」




 この一言に尽きる。




「俺達混血者の安定剤は様々だ。人であったり、物であったり、記憶であったり。では、人間の安定剤はなんだい? という話になるわけだ。それが王家。大半の人間が自国にいる闇影隊ではなく、王家に心を寄せている。この時点でズレが生じているんだよ。俺達は相容れることのできない異なる種族同士。ということは、敵も違ってくる」

「敵は重度だっつーの。人間だって殺されてるじゃねえか」

「重度はあくまで被害者の敵にすぎない。そして重度は、被害者をほとんど残していない。なぜなら、村や町は壊滅し、人間は全員が死亡。残されているのは西猛の被害者と月夜の姫君たった1人だからだ」

「頭が悪い奴にもわかるように説明してくれ。吐きそうになってきた」

「つまり、王家や人間の敵は重度ではなく、もっと記憶に鮮明に残る者達だということ。実際に肌で感じ、己の目で脅威を体験し、尚且つ近しい存在。……混血者と走流野家だよ」




 話しを戻して、試験に参加したのは俺やヒロトに会うためだったと説明した。本当の敵を見誤るなと伝えたかったのだそうだ。それどころではなくなってしまったが。




「さて、最後だ。俺はナオト君の言葉に胸を打たれ、期待していると言ったね。俺が期待しているのは、君が玉座に座る日のことだ」

「「…………え?」」




 またイオリと言葉が重なってしまった。




「人でありながら混血者と同じ力を持つナオト君なら、きっと上手く統治できる」

「父さんとヒロトだって同じだ」

「重要なのは、誰があの台詞を口にしたかということだ。俺はね、そのつもりでいるんだよ。君の感情を無視するくらいに」




 ハルイチの真っ直ぐな瞳に吸い込まれそうになる。それくらい見入っていると、どこからか父さんの声が聞こえてきた気がした。


 薄紫色の瞳を持つ者は、必ず命を狙われる――。


 俺はずっと重度のことだと思っていた。けれど、この言葉は重度だけを指しているわけではないのかもしれない。

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