第3話・最弱、決断する
「ヒロトはいつも言ってたよな。前髪を切れって。父さんも言ったよね。目が悪くなるって。ツキヒメも、不気味だって言った。……俺が前髪を切らないのは、人の目を直視できないからだ。あの時の恐怖が、死んだ両親が、ずっと悪夢になって出てくるから……」
そして、俺は父さんとヒロトに謝った。
呪われた双子――。 違う。呪われているのは俺だ。本来なら、誕生するのはヒロトだけだったんだ。もう一つ、俺が冬を知っているのは、前の世界では春夏秋冬があったから。
「ただの夢……じゃないのか?」
父さんが震えた声で問うてきた。質問に答えたのはタモン様だ。
「こいつの言霊が真実だと語っている」
言霊は実際に触れたことのある物質でないと発動しない。中心となる力は、地・水・火・風・空。この中で空は幻の能力、火はよっぽどの事がない限りまず触れない。だから父さんは、水・風・地に絞って考えていた。この3つのどれかに選ばれると、そう信じていた。
ヒロトを気にしながらソウジが話す。
「水・風・地は常に触れているものだ。この性質の混血者は多くいる。それに比べて、小さな火傷程度では火の性質を得ることはできない。俺だって相当な覚悟を決めた上で、両親の目を盗んで手に入れた力だ。白炎なんて代物は異常だし、やけに不安定だとは思ってはいたが……」
俺の安定剤はウイヒメだった。この安定の意味は、言霊の能力を持続させるという意味だ。よって、ソウジが言った不安定とは言霊のことではない。
「貴様の言霊は爆発的に威力を発揮し、勢いよく鎮火する。なぜなら、性質はよくても精神が追いついていないからだ。到底理解は出来ないが理由はわかった。だが、闇影隊である以上、過去を捨てろとしか言えない。貴様は戦力だ。俺がそうしたように、貴様もそうするべきだ」
「……ダイチのことか?」
「そうだ。あれはもう過去だ」
「よく過去にできたな」
「勘違いするな。ダイチは今も生き続けている。俺が過去にしたのは起きた出来事だ」
また同じ過ちを繰り返すところであった。ソウジに家族のことを言ったところで彼には関係がない。
過去にできないのは、前の家族と今の家族を混合してしまうからだ。俺にとってはどちらも両親であり、ヒロトは兄だ。けれど、俺は心の何処かで比べている。
いつも素直に接してくれた前の両親と、何かを隠している今の家族。平和だった世界と、混沌だらけの世界。死が見え隠れしていた世界と、常に死が寄りそう世界。
彼が言ったように、前の世界を一度過去にするとしよう。でも、また新たな問題がでてくる。
「…………なあ、父さんとヒロトは何を隠してるんだよ。こんな世界で母さんは生きてるのか?」
そう、過去にしたところで比べていた片方が残るのだ。つまり、何の解決にもならない。結局のところ、俺には家族が付きまとう。俺にとって家族の形は昔も今も変わらない。同じだ。
2人は何も答えなかった。ユズキが正しかっただなんて、信じたくなかった。
❖
執務室へ移動した。部屋には俺とタモン様しかいない。
「ユズキはこの事を知っているのか?」
「いえ、知りません。探ってはいたみたいですが」
「それでもお前はあいつを友として信じるのか?」
「はい。誰よりも信用できます」
断言すると、タモン様は深く息を吐き出した。
「セメルには時間をくれてやれ。色々あるんだ」
「家族なのにですか?」
「もはや、この件については家族だけの問題ではない。国の問題だ」
どういう意味だろうか。なにやら胸騒ぎのする発言だ。タモン様が続ける。
「ある日を境に捜索を断念した。強化合宿を行う前だ」
「断念って……。どうしてですか!? 上級試験に受かればって話したじゃないですか!」
「あの決定に変更はない。しかし、情報が消えては捜索は不可能だ」
「母さんが死んだってことですか?」
「そうじゃない、思い出せないのだ。俺を含め、彼女に関わった者、皆の記憶から突然として消えた。少しも思い出せないんだよ……」
彼女の姿を――。
目眩がした。タモン様が冗談を言っているようには思えないからだ。
「誰も話さないのではない。お前が青島に聞いたなら、あいつならすぐに答えただろう。しかし、答えられないはずだ。もしこれが言霊の一つだとしたら、直接脳に働きかける技を持つ者の仕業だ。例えば、フードの男とかな」
「だけど、資料は残ってますよね? 写真だとか、そういったものが」
「言っただろう。消えたんだ。だから国の問題だと話している」
この国には内通者がいるとタモン様は言い切った。
誰にも気づかれずに国ごと幻覚に陥れるなど不可能。フードの男が現れたあの日から始まっているのだと、そう言って舌打ちをする。
フードの男は、今度こそ本当の家族を手に入れると言い残して去って行った。この発言は本気なのかもしれない。だとしてもだ。
「隠していたのは事実です」
「その理由を知っているはずなんだが……。すまない」
タモン様は情報を引き出す天才だとユズキは言っていた。ならば、まだ信用はできない。青島隊長に聞くまでは頭の隅に置いておく。
「こんな時だが、お前とイオリには任務にでてもらう」
「2人でですか?」
「ああ、場所は東昇だ。青島とイツキを保護したと報告があった。……迎えに行って来い」
「――っ、はい!!」
ふと、扉の前で立ち止まった。大事なことを確認し忘れている。
「重度の狙いは俺ですか?」
「…………そうだ。んで、今後どうする気でいる?」
「もう誰も死なせない。家族とも、ツキヒメとも、距離を置きます。家も別にしてください」
「戻ってくるまでにヘタロウの自宅を整備しておく。言っておくが、監視付きだぞ」
「構いません。ありがとうございます」
隠し事をされていたって、家族は家族だ。事情があるのなら、話してくれるその日まで俺は待つ。
執務室を出ると、ツキヒメがそこに立っていた。聞こえていたようで何か言いたげだ。
「ごめん。絶対に守るから」
「――っ、ナオト!!」
イオリは本部の外で待っていた。任務内容を伝えてもあまり嬉しそうではない。
「なあ、これでいいのかよ」
「もっと他に聞きたいことがあるんじゃないの?」
「どうでもいいわ。俺の脳みそじゃ整理できねえし。正直、今でもちんぷんかんぷんだっつーの。まあ、噂は本当だったってことだろ? だからなんだよ。聞き飽きたっつーの」
「気持ち悪くないのか?」
「だあー!! やっぱド陰キャだな!! 気持ち悪いのはお前の前髪だって!! 話して少しはすっきりしたなら切っちまえよ。もう必要ないだろ」
「そうだな」
「そうと決まったら、出発する前に俺の家に寄ろうぜ」
「なんで?」
「あれ、言ってなかったっけ? 俺の家、理容店なんだぜ」
こうして、俺はイオリの母親に前髪をカットされた。自分の顔がはっきりと見えるようになった。
「金髪に染めたらヒロトと同じ顔じゃん」
眉間にシワを寄せて、怒った時のヒロトの顔を真似する。
「…………そうでもないぜ。俺にはナオトにしか見えねえよ」
「そうか? 双子なのに変な奴」
「さ、行こうぜ。青島隊長とイツキが待ってる」
北闇を出発すると、イオリは青島隊長の号令を口にした。三種への警戒を怠るな、と。そして、たくさんの花が添えられた道を走りながら、四種へ言い直したのだった。




