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十年後の僕へ

「……ん」

 遠い日の、何か胸を抉る様な夢に口元から涎を垂らし、僕ははっとして目を覚ます。


 わずか十五分の行程で眠りこけてしまった僕は、中野から伸びる東西線の、大手町の駅でギリギリ降りると、ふうと溜息を付き出口を目指した。千代田、半蔵門、三田、東西、丸の内の五つの私鉄が交わる大手の駅は、とりわけ人の波が多い。最近は流石に慣れたが、それでもこんな風に寝ぼけ(まなこ)だと少々キツかった。


 もう十年以上は前になるだろうか。遠い田舎の、今では誰も住んでいない――、と言うより人手に渡ってしまった土地の、おぼろげで、そのくせ原風景の様に強いオレンジの記憶。つい懐かしさに思いを馳せながら階段を上る最中、うっかりと僕は蹴躓き手すりを握る。まったく年は重ねたってのに、何かに引っかかる癖だけは抜けないままだ。




 あれから時は過ぎ、今では僕は東京の大学に通っている。馬場の私大の哲学コース。結局ああだこうだ考えてばかりの僕にはこういう道しか思い浮かばず、兄を追っての上京だった。試験には兄のノートが役に立ったし、学費の問題もそうだった。奨学金は一種と二種を併用したが、それでも足りない分は兄が持ってくれたのだ。


 一方の兄はとっくに東大を出て、茅場町の証券会社に就職。そのまま順調に出世コースを進むと、二十の半ばには大手町に居を構えていた。リーマン・ショックとポンド危機を売り切って乗り切った結果、数千万のあぶく銭が手元にあったからだ。


 最初こそは兄とは別の、中野の寮に住んでいた僕だったが、今年の春先からはこっちに移って暮らしている。十三階建てのマンションの最上階からは東京タワーが見え、システムキッチンを中心とした2LDKの間取りは充分を通り越し奢侈(しゃし)の域だ。一学生が手に取るには高価な専門書、下らない思索の為の余暇。それらを僕が得られているのも、全ては兄の恩寵所以(ゆえん)だった。




 晩梅の黄昏に染まる街を、照りつける太陽のなか歩く僕は、やはり脳裏に過るオレンジの光景が拭いきれず、ぼんやりと思考を巡らせながらエレベーターのボタンを押す。ビジネスマンが多いこのマンションの住人は、まだ誰一人として帰ってきていないらしい。


 或いはもしかすると、今の僕の置かれている状況が、昔日の風景を思い起こさせているのかも知れない。そんな事をふと思い、僕はルームキーをガチャリと回した。


 このドアをくぐれば、僕はもうユウイチ(・・・・)だ。そう心に言い聞かせて。


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