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ACTion 74 『DEAD OR... 7』

 他者の目を気にすべきだとは、十分に承知している。だが手段が限られているならば、大胆な手に打って出るしかないこともまた致し方ない現実だ。

 フルオートのチケットブース裏側、壁面との間へ潜り込んだトラは、デミに言ってのけたとおり拳を高く振り上げる。なんともオーソドックスな生体認証パネルめがけ、叩き付けた。

 一部始終を隠すといえども、有り余るトラの巨体に背後をカバーするだけがせいぜいのスラーにライオンは、そうして続く不穏な音を聞くたび、忙しなく辺りを見回す。

『こんな場所で器物破損に不法侵入罪などと、わたしは捕まって恥をさらしたくないぞ』

 皮肉もヤケクソ混じりだ。ライオンが湿気て黒光りする鼻先をヒクつかせる。視界を二手に分けたスラーもその隣、ライオンと間逆の方向へ視線を走らせただ笑った。

『んなワケ、ねーっつうの。まだ警察に突き出される方が、よっぽどマシだぜ』

 定期的にエレベータから吐き出される客たちは、すでに始まってしまった試合へ駆け込むでもなく、チケットブースへ歩み寄るでもなく、最上層全体に気ままと散っている。この場を仕切る黒服の影はその隙間から見え隠れしていたが、混雑もピークを過ぎたせいだろう。すっかり緩んだ警戒心に、小悪党三体の実力行使にまだ気づいていない。

『まだか、テラタン』

 スラーが背中越し、トラを急かした。

『任せたなら黙っていろ』

 突き返すトラの手元で、力任せと引き剥がされゆくパネルがショートすると、ピーチクパーと鳴っている。

 だからに違いない。それまで安穏と棒立ちを決め込んでいた黒服の間に、突如、緊張は走った。内線でも仕込んでいたのだろう。豹変ぶりがトラの実力行使にシンクロすればするほど、セキュリティーの発するアラートが彼らの耳へ届いた事実をスラーとライオンへ知らせる。

『気づかれたのでは?』

 見据えたライオンの両肩に緊張は張り詰めた。

『気づかれたのでは?』

 真似てスラーがすぐにも声を裏返す。

『じゃねーだろ! もう、しっかり気づかれてやがるぜ』

 間にも黒服たちは、チケットブースへ動き始める。

 その目と目が合えば、ライオンの義顔に像の乱れは走っていた。



『イルサリ! おまえさんも手伝わんかい!』

 そしてこちらも、冷静ではおれない。サスだ。しかしながらイルサリが優先させているのは、今まさにセキュリティーを突破しようとしているトラへの警告だった。

『侵入先の対象に警戒ください』

『おいちゃん、開いたの?』

 揺れる船に翻弄されながら、デミも鼻溜を揺らす。すぐにもイルサリのよこしたマップへ目を落とすと、素早く進路を読み上げていった。

『なら、ドアの向こうを直進。右側、最初の入り口だよ』

『申し訳ありません。着艦シークエンスへのオンライン介入は、回線状況から現在不可です。衛星による航行ガイドは可能ですが、音声が父上に関するレポートの妨げになることをご了承ください』

『ええい、なんじゃいっ』

 冷たいイルサリに、両手足も硬直状態でサスは悪態をつく。やおら鳴り響いた警告音に、身を跳ね上げた。

『外部通信がアクセスの許可を求めてるんだよ、おじいちゃん』 

 ひしめく周囲の状況に、もうサスはそれどころではない。

『こんな時に、なんとなっ?』

『むはっ! だっ……、ひら、けっ!』

 ならスピーカーからは、臨場感もたっぷりとトラの荒い鼻息が漏れ聞こえてくる。

『模擬コロニーからだ!』

 素早く手元を手繰ったデミが、声を跳ね上げた。だからして迷うことなく許可したなら、アクリルへ窓は開く。そこへ仏頂面もホラーじみた『レスミット』の顔を映し込んだ。  とたん利用格納庫記号と侵入速度を読み上げる『レスミット』には、愛想というものがまるでない。だからして繰り返すようなサービスもないまま、通信をブツリ、切る。

『聞いた? おじいちゃん』

 デミが念を押していた。

『聞こえたが、頭には残っとらんわい!』

 同じく振り分けられた格納庫へ向かうべく、周囲で船が次々と、進路を分けて旋回してゆく。地面もなければランドマークひとつない宇宙空間で、完全に空間失調となりつつあるサスの手足は、なおさらおぼつかなさを増していった。

 だとして責めたところで状況が変わるはずもないなら、デミは咄嗟と見慣れていても使い慣れぬだけの計器類へ目を走らせる。出来るという根拠など、後からいくらでも探せばいい。言い聞かせて、ただ鼻溜を尖らせた。

『おじいちゃん。ぼくが格納庫までナビするよ。いうとおりに飛ばして!』



 ならこれもまた決断だった。

『ここは任せろ』

 形式程度のセキュリティーが守っていたドアは、重要度に見合った薄さでついにトラの前で開け放たれる。同時にイルサリがこの先に待ち構えているだろう輩をトラへ告げたなら、背後でのたまうスラーの申し出を断る理由こそ、トラにはなくなる。

『頼んだぞ。通すな!』

 振り返りもせず返していた。

 がしかしライオンに承諾した覚えはない。

『な、どういうシナリオだ』

 などと牙を剥き出したところで、トラはすでに巨体を震わせ伸びる通路を奥へ走り出している。

『一度は言ってみたかっただけ、ってやつよ!』

 どこまでが本気なのか。背に両手をこすり合わせたスラーは、ともかく調子だけがよかった。

『まったく葬儀屋もジャンク屋も、あなたたちといるとロクなことにならん』

 吐き捨て、ライオンは正面を睨みつける。そこには一塊と詰め寄る黒服が四体、いや五体いた。その手は容赦を大幅カット、すでに懐にもぐりこんでいる。

『我々は丸腰なのだぞ。一体、どうするつもりでいるのだ』

 目ざとく捉えたなら、スラーへ問わずにおれなくなっていた。

 と、喪服の襟を正したスラーの目から、やおら一切の表情は剥げ落ちてゆく。

『いいか』

 落ち着き払った声でライオンへと、こう続けた。

『エブランチルってのは、だから厄介なんだぜ』

 その手を万歳よろしく持ち上げる。ライオンへも促し、その片眉を吊り上げ笑った。

『まぁ、黙って見てろっての。パラシェントの旦那』



 それら会話の一部が頭蓋内に舞い戻ってきたのは、アルト自身、どうやったのか覚えのないまま立ち上がったその後だ。

 放り込まれて染み入った膨大な刺激は、四肢を問わず張り巡らされた血管の端々まで行き渡ると、アドレナリンと共に気化、焼却され、今やアルトの中に薄氷がごとき気力だけを残りカスと置いている。

 おかげであれほど明瞭だった視界は半分以下に狭まるっていた。観客の罵声さえ、くぐもりぼんやり響くと、身体感覚そのものがこのまま宙へ舞い上がってしまうのではないかと思えるほどに、ふわりふわりと危ういものへ変わってしまっている。その中で唯一、皮一枚でつながった左腕だけが、アルトを引っ張り現実繋ぎ止めるアンカーのようにぶら下がっていた。


 上 聞こえますか? 父上?


 ……よお。

 思い出したように聞こえてアルトは、おぼろの中で答えて返す。


 何が起きたのです?

 アクセス不能が二一〇セコンド

 続くようであれば奪回にも支障をきたします


 立て板に水の口調は、まったくもって遠く頭上を流れる雲のようだ。

 トラは、ネオンを、見つけたのか?

 上の空と聞いて、アルトはただ問いかける。そのつながらぬ会話にイルサリが多少の不信感を覚えたかどうかは別としても、いかなるときもイルサリはアルトに忠実だった。


 チケットブース裏 セキュリティーを突破


 手短に述べて、アルトの反応を待った。


 相変わらず、とろいヤツだぜ。なぁ、イルサリ。


 だがしかし返された答えは論理的側面からも反応速度の面からも、イルサリに警告を発する。


 どうされました? 父上?

 様子が変です


 だとして真摯と問いただされれば問いただされるほどに、アルトは笑いを堪えることはできなくなっていた。それが想像の中だけであったとしても、鼻先を鳴らしてただ笑う。

 変、か。

 何しろ現実はそもそも、変も何もあったものではない状態なのだ。

 やがて笑いも枯れていた。

 指一本、触れられてないってぇのに、それでも死んじまうって、馬鹿げたことも、あるのかよ。

 さらに視界が狭まったような気がして、ふわふわと浮き上がる体を持て余す。なら視界へ棒切れのような影はにじんだ。動き出したチャンピオンが、アルトの元へと歩み寄ってくる。


 バイタル低下?

 そうなのですね 父上

 アクセス不能だったのではなく 出力の低下が無信号状態を……!


 声は甲高くアルトの中で響き、遠くでトラの罵声にデミとサスの掛け合いがこだまするのを聞いていた。それぞれにそれぞれが奮闘を続けているらしい。だがその詳細までもを聞き取る事は、もうかなわない。


 直ちに分岐点より奪回を試みます


 イルサリが動き出す。

 待て。

 押しとどめていた。だがバイタルの低下もあってか、急くイルサリには感知できなかっ様子だ。


 ルート分岐点に 擬似刺激を投入 優位を置換……


 一方的に手順を羅列し始める。アルトはたまらず、ありったけの力でもってしてイルサリへと絞り出していた。

 ま、てッ!

 棒切れだったチャンピオンは、今やぼやけていた輪郭を取り戻している。

 俺が抜けちまえば、この体はもぬけのカラ、だろうが。


 バイタルを維持するためにも 一刻も早くここを去ることが先決です


 トラが、まだだ。

 そうして瞬きを繰り返した。二つに分かれ飛んでいたチャンピオンの像が、どうにか吸い寄せられて一つと重なる。瞬間、遠近感は取り戻されると、世界はぐっとアルトへ押し迫った。

 ならば、とハラへ力を込める。

 まだなら、もぬけのカラで負けちまうわけには、いかねぇだ、ろッ!

 割れそうな気力の底が、これでもかとたわんでいた。ままになるに任せて掴んだのは、ぶらぶらと邪魔でしかない左腕だ。これでもかとそこへ右の指を食い込ませる。


 ですがそれでは父上が!


 言ったろ。

 大きく息を吸い込んでいた。

 ありったけの力を右腕へこめる。

 ぶっ倒れるまで、暴れてやるって、なッ。

 張り上げた声と引き換えだ。皮一枚でつながっていた左腕を、アルトは力任せに引き千切る。

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